猫の涙。

2002年7月24日
 母はタマネギをきざんでいた。
 強烈に目に染みる。
 涙ぼろぼろだ。

 母はテーブルでタマネギをきざんでいた。
 冬はこたつ、それ以外はふつーのテーブルである、一家団欒の場所だ。お膳、と我が家では呼んでいる、和風のテーブルだ。
 とーぜん母は正座している。
 正座をして、テーブルでタマネギをきざんでいるのだ。
 台所は超絶狭いので(母は整理整頓が苦手だ)、彼女は料理の仕込みをすべて、食卓の上でやるのだ。

 母の足元には、猫がいた。
 わたしの猫だ。
 昼間に連れて行ったら、そこで落ち着いてしまったので、そのままにしてあった。
 テーブルの下の床で、前足を折りたたむようにして、坐っている。
 母の膝の、すぐそばだ。
 狭いテーブルの下は、彼のお気に入りの場所だ。

 母はタマネギをきざんでいる。
 強烈に目に染みる。
 涙ぼろぼろだ。

 そしてふと、テーブルの下をのぞいてみた。
 そこには猫がいる。
 大きな目で、母を見ている。

 その、猫の目に。

 涙が盛り上がり、こぼれた。

 透明な、きれいなきれいな涙。

 …………どーやら猫も、相当染みたらしい、タマネギが。

 涙をこぼした猫は、のっそりとカラダの向きを変え、母におしりを見せてうずくまった。
 相当染みたらしい、タマネギが。

 母はわざわざわたしの部屋にやってきて、鼻息荒く語る。
「あんた、猫の涙って見たことある?!」
 ねえよ。
 つーか、本来なら泣かない生き物を泣かすなっちゅーの。

「長年猫飼ってきたけど、はじめて見たわ。ものすごくきれいだったわ」

 大変だな、猫よ。
 まさか泣かされるとは、お前も思わなかっただろう。

 どーせなら、わたしも見たかったぞ、猫の涙。

 

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