思い出話。

2002年8月29日 その他
 わたしは過去に一度だけ、自分から絶交をしている。
 あ、この一度だけ、てのはあくまでも、「同性の友人」限定。ここに恋愛とか男とかを入れるとややこしくなるから、「過去に一度だけ、同性の友人を自分から絶交した」という意味っす。

 元来忘れっぽく、のど元を過ぎたら熱さを忘れる性格なので、多少「こいつとはもうダメだ!」と思っても、またなにかしらその人のいいところとか見ると「ま、いっか」と思ってしまう。
 そして、よいところのない人なんてこの世にはいないから、たいていの人とはこうやってつづいてしまう。

 だが、唯一「こいつとはオサラバだ! こいつにどんないいところがあったって、二度と会いたくねえ!!」と思った相手が光田さんだ。

 光田さんは、学生時代の友人だ。
 クラブが一緒だった。
 変な人だなとは思ったけれど、個性だと思って深くは考えなかった。

 光田さんと会うと、話すと、いつもわたしは悪者になる。いつも、気が付いたら謝っている。
 たとえば、光田さんから電話がかかってくる。
「あ、緑野ちゃん? お願いがあるんだけど。**っていう本、貸してくれない?」
「うん、いいよ。明日学校に持っていくね」
「ありがとう。でも**って本、分厚くて重いよね。持って帰るの大変だなあ」
「そうだね」
「緑野ちゃん、わたしの家まで持ってきてくれない?」
「はあ? それはちょっとできないよ。光田さんち、遠いし。明日学校で会うから、そこで渡すよ」
「でも**は重いのよ。わたしの家は遠いから、持って帰るの大変なのに。緑野ちゃん、ひどいわ」
「ごめん、でもさすがに++市までは持って行けないよー」
「緑野ちゃん、冷たい。ひどい」
「ごめん」
 ……てな感じだ。
 わたしが謝る必要はどこにもないんだが……気が付くと謝っている。
 そして、
「もういいわ。緑野ちゃんがそこまで言うなら我慢してあげる」
「ありがとう。ほんとにごめんね」
 というオチがつく。
 そして電話を切ったあとで「あれ? なんでわたしが謝ってるんだ? わたしは光田さんのためにわざわざ重い本を持って学校まで行くんだぞ、光田さんが読みたいって言うから」と首をひねる。

 いつもこの調子だ。

 光田さんに悪気はない。彼女はナチュラルにこういう人だった。

 友人のミヤビンスキーは、あるとき光田さんにお弁当を作って届けていた。
 女の子が、女の子の友人に手作り弁当? それも自分のを作るついで、ではなく、わざわざ光田さんひとりのためだけに。
 なんでそんなことするの? と聞くと、ミヤビンスキーは首をひねっていた。
「よくわかんないけど、電話で話しているうちに、あたしがお弁当作って届けることになってた」
 …………んなバカな。

 WHITEちゃんは「光田さんと話すと、別れるときには必ずなにかしてあげる約束をとりつけられている」と首をひねっていた。

 光田さんは自分しか見えない人だった。
 そりゃもー、あっぱれなくらいに。
 はじめて会うタイプの人だったので、わたしはとてもびっくりした。

 出会って間もない学生時代に、わたしは一度キレかけたことがある。
 光田さんのわがままのためにクラブの話し合いが頓挫し、みんなでこまりきっているときに、光田さんがこう言ったからだ。
「なにをつまらないことを言ってるの? みんなの都合なんかどうでもいいからわたしの言うとおりにしてよ。みんながわがままだから、わたしはとても迷惑だわ」
 部長をしていたわたしは、部室のテーブルをひっくり返しそうになった。
 この女、ハタチにもなってなにをぬかしとんじゃあ、表へ出ろ。
 ……それでもこらえてしまったのは、とりあえず部長だったからだ。ここでケンカをしてもしょうがない。
 あとで他の子から、「緑野さっき、キレかけたね」と突っ込まれた。
 うん、マジギレ寸前だった。だけど光田さんはかけらも気づいてない。彼女は自分の不幸(みんなのわがままを我慢してあげるのって大変。わたしって可哀想)で手一杯だった。

 まーとにかく、光田さんには引っかき回されつづけた。

 わたしは光田さんに気に入られていた。
 アホウで利用しやすかった、というのも理由のひとつだろう。
 そしてもうひとつの理由はとても情けないのだが、わたしの体格のせいじゃないかと思う……。
 わたしは、光田さんの好きなマンガの男の子と、同じ身長だった。
 光田さんはなにかとわたしと腕を組みたがった。
「kkくんと腕を組んだら、こんな感じなのね」
 光田さんは抱擁や手を握るのが大好きだった。わたしは女の子に抱きつかれてもうれしくないので、逃げ腰だったが、ヘタに断ると「緑野ちゃん、ひどい!」「聞いてみんな、緑野ちゃんがわたしをいじめるの!」とやられるので、ある程度は我慢していた。
 まあ、光田さんは美人なので、なつかれるとそれなりに情もわくんだが……しかしなあ。わたしゃ、女の子と疑似恋愛する趣味はないんだ。わたしを彼氏扱いされてもこまる。

 
 光田さんのことをこまったちゃんだと思っているのは、わたしだけだろうか。
 当時、わたしは悩んでいた。
 はきっり言ってあいつ、ムカつく。つきあうのはしんどい。
 でもこう思ってるのって、わたしだけ?
 光田には友だちが多い。みんな上にバカがつくくらいやさしいいい子たちばかりだ。
 あのやさしい子たちは、光田さんのわがままを笑ってゆるしている。あまやかしている。
 わたしが光田さんを「なんかヤだな」と思うのは、わたしがやさしくないから? わたしが嫌な奴だから?
 そう思うと、なにも言えない。

 実際光田さんは、誰かに傷つけられると泣きながら電話をしてくるのだ。
「聞いて緑野ちゃん。タンタンちゃんったらひどいのよ、わたしは悪くないのに……。ねえ、慰めて。このままじゃわたし、哀しくて眠れない」
 いやあ、マンガでもドラマでもなく、泣きながら電話をしてくる奴に会ったのは、20年生きていてはじめてだったから、カルチャーショックだったよ。「慰めて」だもんなあ。
 おかげであのころのわたしは、ひとを慰める語彙を勉強したよ。あまりにしょっちゅーかかってくるもんで。

 
 そしてあるとき。
 光田さんがいないとき、友だち全員で話す機会があった。
 そのときに発覚したのだ。

「光田さんって……ひどいよね?」

 みんなみんな、光田さんをこまったちゃんだと思っていた。思っていたけど、「こんなのわたしだけかな。陰口は言いたくないし、みんなは光田ちゃんと仲良くしてるんだから、わたしが我慢しなきゃ」と全員が思っていた……。
 みんな、オトナだね……。そして、いい人だね……。
 光田ちゃんを変だと思わずに、誰かのことを変だと思うわたしが変なんじゃないだろうか、と悩むあたり。

 みんなも同じ想いだった、変なのはわたしではなく光田さんだった!
 わたしたちは、熱く熱く語り合いました。
 それまで話せなかった数々のことを。
 そして、友人たちの口からも、光田さんにされたひどい仕打ちがいろいろと打ち明けられました。
 ……大変だったね、みんな。
 

 さて。 
 わたしはつい数年前まで、光田さんとはつきあいがあった。
 お互い社会人になってしまえば、会う時間が減るので、彼女が多少イタタな人でも実害が少なくなったからだ。
 もちろん彼女にもいいところはたくさんあったので、そのいいところを目にするたびに「あのことはまあ、忘れることにしよう」と、イタタな仕打ちをされても流してきていた。

 光田さんも社会に出て、丸くなってきていたし。

 が。
 あるときついに、わたしはキレた。
 やっぱり光田さんは光田さんだった。出会ったときからずっと、本質は変わっていなかった。多少トシをとって丸くなっていたとしても、「腐っても光田」だった。

 わたしはにっこり笑って、絶交した。
 さようなら光田さん。

 もうわたしはなにも知らないハタチの小娘ではないのです。
 もしあなたが「緑野ったらひどいのよ、わたしが可哀想」と騒ぎ立てたとしても、関係ないっす。
 わたしが大切だと思う人は、わたしの言い分の方が正しいと信じてくれる人ばかりだよ。あなたがなにを言ったとしてもね。
 そーゆー人間関係を築いてきたつもり。

 つーか、あなたが素っ頓狂すぎるのよ……もし、悪いのがわたしだったとしても、もう誰もあなたの言い分を信じないって。
 

 実は今、わたしは友人のCANちゃんの会社でアルバイトをしている。
 本業が忙しくて、バイトをしている暇はないはずだが、CANちゃんにはいろいろ世話になっているし、大好きな友だちだから、こまっているときは手を貸したい。

 CANちゃんとふたり、仕事をしながらいろいろ話していると、その光田さんの話になった。
 CANちゃんはまだ多少光田さんとつきあいがあるらしい。
「相変わらずだよ、光田さん」
 CANちゃんは笑って言う。

 そういやCANちゃん、わたしたちハタチのころ、やっぱりこうやってふたりで働きながら、光田さんの話してなかった?
「ああ、そういえばそうだねえ。光田はとにかくものすごかったから、笑い話は尽きなかったね」

 光田さんもわたしたちも、変わってないね(笑)。


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