「恐るべし、任天堂」

 と、弟は言った。

 
 先日弟が、新しいゲームソフトを手に入れた。
 ゲームは天下の回りもの、いろいろ貸してもらえるんだもの。
 彼が新たに借りたゲームは、キューブの『どうぶつの森+』だった。

 一時期、ゲーム売り場も担当していた弟は、首をひねっていた。
「この『どうぶつの森+』ってのはいったいなんなんだ? やたら売れるんだが」
 ゲームではなく、トレカ。ぜんぜん知らないタイトルなのに、とてもよく売れる。
 どうやら同名のゲームが人気で、それゆえに新発売のトレカもよく売れるらしい。
 ゲームの方は知らない。そのゲームが発売されたころは、弟はゲーム売り場担当ではなかった。
 あまりにトレカが売れるので、アンテナを伸ばしてみると、どうやら『どうぶつの森+』というゲーム自体がとてもよくできていて、おもしろいらしい。
 絵を見る限りでも、なかなか愉快そうな世界観だ。
 さて?

 姉弟そろって「一度やってみたいよねえ」と言っていたゲームだ。
 よーやくプレイすることができる、つーんで、期待も高まる。

 一足先にプレイした弟に、
「『どうぶつの森+』は、どうよ?」
 と聞くと、彼はにやりと笑った。

「恐るべし、任天堂」

 腐っても鯛。
 腐っても任天堂。

「もしも子どものときにこのゲームがあれば、絶対ハマってたと思う。……よくもこれだけ、子どもがたのしめるものを考えつくもんだ」
 素直に賞賛した。
 そして、
「ねえちゃんもすぐにプレイしてくれ。アレは大人がひとりでやるにはつらい」
 と言う。

「ていうか、大人がやるようにはできてない。仕事が終わってから、さあやってみよう、ってスイッチ入れたら、村は夜中で、動物はみんな寝てた」
 彼は速攻リセットし、キューブの時計設定を12時間進ませた。つまり、昼と夜を逆転させたわけだ。
「子どもがプレイするのが前提だから、子どもが遊べる時間に合わせて作ってある。働いている大人がプレイすることは念頭に置いてない」
 ゲーム中には、わたしたちの世界と同じように時間が流れているらしい。
「昼夜逆転、ねーちゃんも夜中にプレイしてくれ。ゲーム世界ではそれが昼間だ」
 ……大人は大変だ。

「プレイヤーはどうぶつの森のある村に家を借りて、そこで生活するんだ。村にはどうぶつたちがいて、勝手に生活している。プレイヤーは村の一員となり、アルバイトをしたり他の村人とおしゃべりをしたりして過ごすんだ。手紙を書いたりもできる」
「バーチャルライフをたのしむってわけね」
「そう。すごいのは、同じ村にプレイヤーが4人まで住めるってこと」
「バーチャルな世界を共有できるの?」
「そう。しかも、べつのメモリーカードを使えば、チガウ村を作ることもできるし、またそこに遊びに行くこともできる。つまり、ひとつの家庭で、兄弟で同じ村に住んでそこで遊び、友だちの作っている村に遊びに行くこともできるってわけだ」
「ゲームというより、コミュニケーション・ツールなわけだ」
「そういうこと」

 ゲームばかりしている子どもは、友だちが作れない。
 ……とゆーのは、ゲームを知らない年寄りの考えること。
 現実のゲームは、「対他人」。ひとりだけじゃたのしめない。自分以外の誰かがいてこそ、たのしめるもんなんだ。
 話を聞いていると、たしかにおもしろそうだ。
 ひとつの家庭でひとつの村。兄弟や親子で協力して村を発展させていく。
 そして、友だちの村に遊びに行ったり、友だちが遊びにきたりする。共通の異世界、だけど「自分」が関与しなかった世界をたのしむ。
 ……それって、すごいかも。
 子ども、という現実。
 まず、家庭。それをひとつの村として表現。
 そして、子どもが次に接する現実。
 友だち。それを別の村として表現。
 家庭という社会、友だちという社会。それをゲームのなかの「バーチャル・ワールド」にもってくるか。
 発想がすごいな。
 

 とゆーことで、わたしもさっそくプレイしてみた。
 弟からキューブ本体ごと借りて。

 後ろで弟が見物しているなか、スイッチを入れる。
 サイケな色彩の奇妙な動物が、わたしを出迎える。
 わたしの名前は「ポスト」。……いや、なんとなく(笑)。意味がなくて字面と音がかわいいから。
 弟の名前は「だいぶつ」。大昔、彼がいちばん太っていたころにつけられた渾名で、当時はそう呼ばれるのを嫌がっていたが、大人になってからも何故かその渾名をゲームのキャラにつけている。実は気に入ってたのか?
 弟のネーミングセンスは微妙に奇妙で、村の名前は「まめさまむら」だった。まめ、というのはわたしが飼っている猫の名前だ。何故、わたしの猫の名に「さま」をつけて村の名前にするかな……。字面も音も変だ……。

 初期入力が終わると、そこは列車の中だった。
 列車の中、見知らぬ猫がわたしのところへやってくる。
「あなた、まめさまむらにいくの?」
 うん。よくわかんないけど、そうみたい。
 ひとなつこい猫は、いろいろ世話を焼いてくれ、住むところまで紹介してくれた。
 列車が駅に着き、わたしはホームに降りる。
 極彩色の世界。「うっきー」と語尾につけるサルの駅員が迎えてくれる。
 雑貨屋を営むたぬきに案内され、4軒ある小さな家を見て回る。好きな家に住むといい、と。

「あ、そこはぼくの家」
 4つある家のうちのひとつ。緑色の屋根の家を指して、弟は言う。
 中に入ってみると、みょーちくりんな家具がいろいろ置いてあった。
「どうだ、広いだろう」
 ……そうなの?
「改築して広げたんだ」
 へー。
「屋根だって、わざわざ塗り直したんだぞ」
 だから緑なのか。

 わたしは弟の家の向かいの、黄色い屋根の家を借りることにした。

 まだなんにもない、小さな小さな家。
 そしてまずはアルバイト。家賃を払わなければならない。たぬきの雑貨屋で働く。

「ぼくの家の前、花が植えてあるだろう。あれは自分で植えたんだから、蹴散らさないでくれよ。それから、雑貨屋の裏の木は勝手に切り倒さないこと。果樹園にするつもりで実のなる木を植えたんだから」
 いろいろとうるさい。
 昔、『どこでもいっしょ』というゲームをふたりでやっていたころを思い出すなぁ。

 すでに弟が数日分創り上げた世界だったので、彼としてはいろいろ注意事項があったようだが、知るか。弟が自宅に帰ったあとは、自由に走り回らせてもらった(笑)。

 ひとつのゲームソフトは、キューブ本体ごと2軒の家を行き来する。
 わたしの家と弟の家。
 1日1回、手渡すのだ。

 そして、ゲーム中でも「だいぶつ」さんから「ポスト」さんに手紙が届く。
 最初に手紙を書いたのはわたし。そしたら弟からの手紙には「プレゼントをやろう」と言って、リボンのついた箱が付属していた。
 なんだろう、と開けてみたら……長靴だった。これって、ゴミじゃん……たぬきの雑貨屋に売りに行ったら断られたよ。
 その旨を手紙に書いたら、「アレを売りに行くか……」とあきれられた。ふん、なんでもいちおー、まずは金になるかどうかを確認するだろう、人として!

 わたしはそうそうに仕立屋に行き、「オリジナルデザイン」の服と傘を作りましたわ。「デザインする」のコマンドを選んだら、ドットを埋める升目が出てきて目眩がしたけど。
 オリジナルの布は、弟にもお裾分け。
「そうとう暇だな……初日からこんなもんを作るなんて」
 うるさい。ひとつのデザイン作るのに1時間もかかったわよ。

 そうやって、日々は流れていく。

 後日、弟からクレームがきた。
「ぼくの植えた花を、散らせただろう(怒)」

 だって、わたしの通り道に植えてあるんだもん。わざわざ避けて通るのうざいから、気にせず花の上を通ってたら、いつの間にか散っちゃったのよ。

 さらに後日、弟からクレームがきた。
「ぼくの植えた桃を、勝手に採ったな(怒)」

 だって、採ってくださいとばかりに実ってたんだもん。ウマー、といただきましたわよ。

「採った桃は、ちゃんと植えただろうな(怒)」

 ええ? もちろん、たぬきの店にたたき売ったわよ。いい金額で売れたわ。わたしの懐が潤ったわ。

「なんてことを! 採れた果実は埋めて育てて増やすのが基本だろう! 次は植えろ(怒)」

 ひとつの世界を共有するのは大変です(笑)。

 ここはバーチャルな世界。
 ひとつの社会。
 協力しあい、足を引っ張ったりしながらも、仲良く生きていく。
 

 なにがどう、じゃないけど、たのしいよう。
 お金を貯めて、家を改築するのが生き甲斐になりつつある……やべえ。

 恐るべし任天堂。
 腐っても鯛。
 腐っても任天堂。

 大人でコレだから、子どもだったらもっとたのしいぞ?
 バーチャルな隣人たちと、マジにコミュニケーションをたのしめるもの。

 恐るべし。


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