家族そろって『プロジェクトX』鑑賞。
 なんでかっつーと、「大阪万博 史上最大の警備作戦」だからだ。
 緑野家の面々は、70年万博にただならぬ思い入れがある。

 当時は健在だった祖父母と、2歳半だったわたしを連れて、両親は何度も万博へ行った。
「おばあちゃんが止めなかったら、もっと行ったのに」
 と言う母は、弟を妊娠中だった。大きなおなかをかかえて、それでもけっこうな回数通ったらしい。

 テレビでは、史上最大の万国博覧会を警備する人たちの汗と涙の物語が、トモロヲの感動ナレーションでつづられている。いつものことながら、すごいわ、『プロジェクトX』。
 番組も半分を過ぎ、どうやら最大のクライマックスに近づいている模様。
「9月5日の話は出るかな」
「そりゃ出るでしょう」
 緑野家、わくわく。

 1970年9月5日。
 万博の最多入場者を記録した日。
 あまりに人間が多すぎて、帰ることができず、多数の人々が会場で野宿したという、未曾有の出来事のあった日。
 ちなみに、弟の誕生日。

 『プロジェクトX』のクライマックスは、この9月5日だった。

 入場者数、83万人。島根県の人口を超えていたそうな。1日で、この数字。
 他のどんなイベントからも想像できないこの人数。
 こうやって21世紀の現代から見れば、正気とは思えない。こいつら狂ってる。
 たかが博覧会に、そこまでしなくても。

 だけど、そこまでしてしまったのが、「時代」なんだと思う。

 70年万博が他のどの万博ともちがうのは、この「時代」というノスタルジーを持つからだろう。

 日本がいちばん夢を見ていた時代。
 人類が月に一歩を踏み出した時代。
 誰もが「なにかできる」と信じていた時代。

 そーゆー目に見えないモノを、カタチにしたのが「人類の進歩と調和」というテーマを掲げた万国博覧会だったのだと思う。

 わたしは当時ガキ過ぎて、真の意味でこの祭りに参加していない。
 70年に人間としての人格や記憶を持ち得た人々が、うらやましいよ。
 この目でこの心で、感じたかったんだ。
 手の届かないものに、今痛切に憧憬を抱いている。

 さて、運命の9月5日。
 正気とは思えない入場者数。
 わたしの弟が生まれた日。

「おばあちゃんが止めなかったら、もっと行ったのに」
 母は繰り返す。

 よくぞ止めてくれたよね、おばーちゃん。
 母のことだ、「大丈夫、予定日まであと少しあるし!」と言って、問題の9月5日に行っていたら……。

「今ごろ、『プロジェクトX』に出てるな」

 万博会場で突然産気づき、交通機関マヒゆえ病院に運べず、前代未聞の万博出産!!

 弟、予定日より早く出てきたんだよね。予定外の日にちだったんだよね。

 弟は苦く笑って聞いている。
 よかったね、万博出産なんておそろしいことにならなくて!
 もしそんなことになってたら、アンタの名前はまちがいなく「博(ひろし)」だったよ(笑)。

 それにしても、こーゆー人数大変大行列モノを見ると、コミケを思い出すよ……。
 スタッフも参加者も、よくできてるよね、コミケ。
 そーゆーことに関しては、一般人の方がルールなしで非常識だからなあ。

 

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