それは、『王家に捧う歌』の楽前公演のときだった。
 変だなー、なんか顔がむずむずするなー、と思ったら。

 顔が、血だらけでした。

 折しも、舞台ではフィナーレたけなわ。
 ワタルくんと檀ちゃんのデュエットダンス。

 緑野、パニック。

 なんなの? なにが起こったの?

 真っ暗なので、自分の手も見えない。
 しかし、手が血まみれなのはニオイとベタつきでわかった。

 緑野こあら、『王家に捧ぐ歌』を観て、鼻血を出すの図。

 夢中で舞台を観ていたので、気づかなかったんだ。いったいいつ、鼻血を出したのか。
 おかげで、パニック。
 気がついたときには、血まみれ。
 わたしになにが起こったの?

 最初に考えたのは、服のことだ。
 服は汚れてないか?! 血は落ちにくいし、ここは東京、旅先で血まみれの服なんてどーすりゃいいのよ?!
 次に、どうやって手や顔を拭くかを考えた。
 ベタついているということは、ハンカチやティッシュじゃ落ちない状態ってことよね。そうだ、鞄の内ポケットにウエットティッシュがあったはず。
 ごそごそ。ぱりっ(ウエットティッシュの包装を破る音)、しゅっ(それを1枚引き出す音)。……ああ、どーしても音がしてしまう。周りの人ごめんなさい。
 手を拭いているうちにも、新しい血がたれてくる。うわーん。顔、顔も拭かないと! 口の周りがぱりぱりしてるのは、血が乾いてこびりついてるってことよね?

 ああっ、舞台ではトウコ姫が登場だ、トウコちゃんのエトワールは見なければっ、オペラグラス装着!!
 ああでも、血がっ、血がたれる〜〜。

 パレード開始だ、手拍子だ、拍手だ、ああでも、血がっ、血がたれる〜〜。

 しいちゃんとケロはずっとオペラで見ていたいのにー、血が〜〜っ。

 オペラグラスのぞいて、拍手して、手拍子しながら、鼻血吹いて、押さえて、またオペラのぞいて、手拍子して……。

 わたし、なにやってんのっ?!

「大丈夫?」
 横から、WHITEちゃんが不審そうに声をかけてくる。
 だ、大丈夫。たぶん。

 幕が下りたときには、消耗しきったわたし。

 握りしめたティッシュはもちろん血まみれ。
「なに、鼻血?」
 明るくなってはじめて、事態を知ったWHITEちゃん。
「なにをひとりでごそごそしてるのかと思ったら……」
 あきれた顔。

「なにも、鼻血吹くほど興奮しなくても……」

 ち、ちがわいっ。
 『王家』で興奮しすぎたわけじゃないやい。もともと鼻の粘膜が弱いんだい。
 そりゃ、鼻血に気づかなかったのは、『王家』のせいだけども!

 しばらくは、客席から動けない。
 だってさ。

「鼻にティッシュ詰めて、日比谷を歩きたくないよ、女として!!」
 断言。

「そ、そりゃそーよね……」
 うなずくWHITEちゃん。
 そうなのよ、嫌なのよ、女として!
 血が止まるまで、動けないよ〜〜。

 ぜえぜえ。

 なんとか、客席をあとにして。
 トイレへ駆け込んだ。
 顔と手を洗って、ついでに喉にからんだ血のかたまりを吐く。
 『王家』を見て吐血する女。
 …………泣。

 血の飲み過ぎで胸はむかむかするし、ついでに貧血併発するし、どこまで罪作りなんだ『王家』!!
 どこまで罪作りなんだウバルド!!(えっ、ウバにーちゃんのせいっ?! 笑)

 人生、なにか起こるかわからんよな……。

 

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