エロワードを書くと、男性陣の検索に引っかかるから、できるだけ避けていたんだが……。

 先日、Be-Puちゃんとふたりして、ある話題で盛り上がった。
 ずばり、「胸の大きさ」についてだ。

 わたしもBe-Puちゃんも、胸は大きくない。……小さい、とは書きたくないぞ(笑)。

 わたしとBe-Puちゃんは、体格がものすげーチガウ。ほんのアタマひとつ分ほど。彼女はわたしを「でかい女」と呼ぶし、わたしは笑顔で彼女のアタマを撫でる。
 一緒にショッピングに行ったときなんか、ワゴンセールのブラウスを、デザインより値段よりまず、わたしが袖の長さをチェックしはじめたのを見て、爆笑しやがった。
「ワタシ、袖の長さなんて気にしたことない! どんなものでもふつーに合うもん!」
 だそーだ。悪かったな、あたしゃなによりまず、袖の長さなんだよ。合う服が極端に少なくてな。
 結局そのときは、わたしがしぶしぶ買うのをあきらめたブラウスを、彼女が嬉々として購入した。……くそーっ、わたしが人並みの体格の女なら……っ。

 てなふうに、体格がちがいすぎるもんで、身体的なことについての話題はほとんどないままつきあっていた。あまりに共通項がないから、無意味なんだもの。

 しかしっ。
 共通項があった。

 わたしたちは、共に胸が大きくなかった。

 話、合うわ合うわ。
 胸が大きくないために遭遇したいろんな経験が、実感を持って発せられる。理解し合える。

 ああ。
 友情の深まるひととき(笑)。

 
 話題は貧乳経験談から、「わたしが出会った巨乳の女たち」になる。巨乳列伝。

 そのなかでいちばんの発見は。

「巨乳の人ってさ、カラダ洗うとき、胸を持ち上げてその下を洗うんだよ!!」

 ということだった。

 ああっ。
 ソレ知ってる。わたしも目撃した。
 巨乳友のダイコと一緒にお風呂に入ったとき、並んでカラダを洗っていたら、ダイコはすっげーあったりまえにハンドボールのよーな乳を持ち上げて、その下を洗っていたよ。その間もずーっと、ふつーにお喋りしながら。
 まだ若かったわたしは、「そ、そうなんだ……」と思って眺めたなあ……あまりに自然に持ち上げるもんだから、日常なんだなってことに、納得しつつもびっくりしつつ。いや、考えてみたら、そんなの当然なんだけど。陰になっている部分は、そーやって洗うしかないけど。それにしても。

「びっくりしたよね……」
「うん。『持ち上げる』っていう概念がなかったからさ……すっげーあったりまえに持ち上げられて、衝撃だった」
「つかわたしら、持ち上げる必要、ないし……」
「ははは。片手で隅々までぴかぴかさー」

 ひとはみな、自分を中心に考える。
 自分が持っているものは知っているが、持たないものには、想像が及ばない。
 Be-Puちゃんが、でか女のわたしが服を買うときにどうしているか知らなかったよーに、わたしもJIS規格より少々小柄なBe-Puちゃんの苦労を知らない。

 そして貧乳女は、巨乳女の日常を知らない。

 彼女たちには、わたしらが想像もつかない苦労があるのだ。
 それこそ、カラダを洗うのに持ち上げなければならないように。

 ええ、この日記は、胸の大きな女性を貶める意図でなど書いておりません。
 いわば、異文化コミュニケーション、出会うまで知らなかった異文化に対しての考察だったのです。
 決して届かない憧憬をこめて、わたしたちは語っておりました。

 
「胸の大きさ、というものを意識したのは、アレがはじめてだった気がする……」

 Be-Puちゃんは遠い目をして言う。

「母親と一緒に温泉に行ったとき、母親が胸を持ち上げて、その下を洗っていたのよ……ショックだった……そうか、そうなのか、って」

 Be-Puちゃんの出会ってきた女たちの中で、いちばんの巨乳は、彼女のママンだという。

「なんであの母の娘なのに、ワタシは貧乳なの……?」

 
 それならわたしも、告白しましょう。
 思春期のころ、わたしも母の胸を見て思ったよ。

 ああわたしは大人になっても、胸は大きくならないんだ、と絶望した。……母の胸の大きさを見て。

 Be-Puちゃん、豪快に大爆笑。

 
 巨乳母から生まれた貧乳娘と、貧乳母から生まれた貧乳娘は、こーして友情を深めたのでした。

         

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