わたしが、真の意味で彼の絶望に気づいたのは、彼がわたしの前から消えたときだ。
 それまでも、彼の絶望の深さは知っていたつもりだった。彼の孤独を知っていたつもりだった。
 だけど、ほんとうの意味で気づいたのは、彼がいなくなったあとだ。

 わたしが目覚めたとき、彼はすでに姿を消していた。
 わたしのそばにいたのは、彼の兄だと名乗る男だけだった。わたしはその男に尋ねた。「彼はどこ?」
 わたしは、彼の死を予感していた。彼がここにいないのは、彼が死んだからに違いない。
 しかし、その男は否定した。
「スサノオは生きている」
 生きている?
 嘘だ、と思った。
 反射的に、本能で。

 そのときに、彼の絶望を知った。孤独を知った。

 彼に、行くあてはない。
 彼はこの世界に、どこにも居場所がない。

 彼はどこへも行けない。
 姿が見えない、が、そのまま死につながるくらい、彼にはもう居場所がない。

 裏切られて、傷つけられて。否定されて、見捨てられて。
 
 彼がいったい、どこへ行けるというの?
 ここ……わたしのいるここ以外の、どこへ。

 わたしは、彼の居場所だ。
 彼がいてもいい唯一の場所だ。

 彼がわたしのそばにいない。
 彼はもう、この世にいない。
 彼は絶望のなかで、誰にもどこにも受け入れられることなく、逝ってしまった。
 その事実に気づいた。

 ひどいよ。
 そんなの、ひどい。
 なんて絶望。なんて孤独。

 彼の兄だという男は、わたしに使命を課す。彼の望みだからと。
 わたしがその男に従うのは、言葉を信じたからではない。「スサノオは生きている」と言えば、彼に会いたさでわたしが動くと思っているのか。わたしなど騙すのはたやすいと?
 あなどられていること、真実を偽られていることに、静かな怒りがわく。

 端正な横顔ににじむ悲しみ。あなたも、彼の死を悼んでいるんでしょう?
 なのに言うのね、「スサノオは生きている」と。
 そんな嘘は、彼を貶めるだけだ。
 彼の孤独を深くするだけだ。

 彼に行くあてなんかない。

 それがあれば、彼は暴力に溺れなかった。

 わたしは騙されたふりをして、彼の兄と共に旅立った。
 彼の兄に渡された笛は、わたしの手のひらの上でわずかに浮いていた。そしてまるで鳥の羽のように、ゆっくりとわたしの手に降りた。なにかを確かめるように。
 わたしはそれを抱きしめる。わけもなく涙が出た。
 いいのよ。あなたは、ここにいていいの。そのために、わたしがここにいるの。
 この笛を残して、彼は消えた。最愛の姉の隠る天の岩戸の前で、わたしにこの笛を吹くようにと彼は言い残し消えた。……どこへ消えた? どこにも行くあてのない、ひとりぼっちの彼。
 彼の願いを叶えたくて、彼の姉に会ってみたくて、わたしは旅立った。
 八百万の神々が集う天上界で、わたしの吹く笛の音は、彼の愛する人に届くでしょう。彼の声は、わたしを通じて響きわたるでしょう。
 わたしが彼の居場所だから。なにも持たない彼が唯一得ていたのが、わたしだから。
 なにも持たないわたしが唯一、彼を得ていたように。

 もうどこにもいないあなた。
 わたしがあなたの声。
 わたしがあなたの涙。
 
 わたしが、あなたの力。

          ☆

 イナダヒメ@まーちゃんが好きだなあ。
 少年のりりしさを持った少女。
 姿が可憐なだけに、清冽な言動が際立つの。
 この少女に出会って、スサノオが成長するのが、わかる。
 魅力的な主人公とヒロインを造形し、役者にあてがきできるってのは、すごいことだよなあ。
 主人公とヒロインが結ばれてハッピーエンドという、真っ当な終わり方をする作品なのに、せっかくのラストが作者が力つきたのか不鮮明になっていることが、とても残念。
 テーマばかり叫び、ストーリー性を軽んじたツケが回ってきた感じ。
 本来、テーマを叫ぶのはクライマックスであるべき。
 それまでは問題提起にとどめ、あくまでも「動き」、ストーリーで物語をすすめる。
 そしてクライマックスで最高潮に大きな出来事があり、物語と主人公の気持ちが動き、そこでテーマを叫ぶ。主人公のそれまで出会ってきたこと、その行動などから、叫ぶテーマに説得力が生まれ、感動となる。
 『スサノオ』はなー、最初から最後までテーマばかり叫んで、ストーリー性に乏しいから説得力に欠けるんだよなー。もったいないよなー。キャラも場面場面の演出もいいのになー。
 ただひたすら、作者の勇み足が恥ずかしい。
 好きなだけに、もったいないわ。
 テーマばかり叫びすぎて、いちばんおいしいはずのクライマックスで力つきているなんて。魅力的な主人公とヒロインが結ばれるシーンが、あんなに唐突にのーてんきにしか描かれないなんて。
 改稿を求む。
 心から、求む。
 いつかどこかで(他の劇団でも興行でもいい)、進化した姿を見たい。
 それくらい、歯がゆいわ。「作品」が。

     

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