昔語りをさせてくれ。
 ばばあなもんでな、なにかっちゃー昔の話をしたくなるのよ。

 その昔……何年前か、もうすっかり忘れたが。
 わたしはカラオケボックスで働いていたのだよ。
 店員はわたしひとり。店を開けるまでのお掃除タイムに、わたしはいつも有線の「宝塚チャンネル」を聞いていた。
 そう、当時は有線放送にそーゆーチャンネルがあったのさ。
 プログラムは日替わりで、ショーだったり芝居だったりをのべつまくなし1日中流していた。
 『TMP音楽祭』はあきるほど聴いたわ。いろんな年のを。『戦争と平和』は長すぎて一度も最後まで聴くことができなかったなあ。1本ものはお掃除タイム以上の長さがあるもんだから。『大いなる遺産』はいつも途中でわけがわからなくなる……音だけだとつらいよなあ。『微笑みの国』はとりあえず歌がきれいー。
 てなふうに、観たことがある作品もない作品も、わたしは機嫌良く聴いていた。

 そんななかで、ひとつ、ものすげー気になる作品があった。

 どうやら、日本物らしい。
 お芝居だ。愛し合う恋人同士が主人公……女の方はどうやら遊女らしい。
 お掃除をしながら「ふーん」と思って聴いている。所詮耳で聴くだけだし、仕事をしながらなので、それほど本気で聴き入っているわけじゃない。
 ……わけじゃ、なかったんだが。

 ど、どうなるの、このふたり??

 気がつくと、わたしは真剣に聴き入っていた。

 女は遊女、男はどこぞのぼんぼん、男はなにやら禁を破って、女とふたりで逃げたらしい。
 
 ふたりで逃げて、それでどうなるの? 無事に逃げられるの? しあわせになるの?

 耳をそばだてて放送を聴くのだが。

 わからない。

 結末が、まったくわからないのだ。
 台詞を待っているうちに、あ、あれ? 別の番組がはじまった。
 今の芝居は? ラストどうなったの?

 なにしろ有線放送だ。いつなにが流れるかわからないので、わたしのお掃除タイムにたまたまその芝居が流れる確率は低かったが、それでも何回かは聴くことができた。
 よし、今度こそラストをきちんと聴くぞー。
 と思って聴いていても、やっぱりラストがわからない。
 たぶん、アンハッピーなんだと思う。逃げたふたりは死んでしまうんだと思う……そんな感じだ。
 にしても、ラストがわからないっつーのは、気になるよー。ストレスだよー。
 なまじそこまでがおもしろいお話だからさー。

 ずっと気になってはいた。
 有線放送から「宝塚」が消え、わたしの職場だったカラオケボックスがなくなってしまったあとも。

 気にはなってたけど、どうしようもない。
 なんせ有線放送、プログラムのタイトルもわからない。出演者もわからない。
 きっと古い作品だ。わたしがヅカを好きになる前の上演作品。そんなもの、調べようもないし、二度と観ることもできない。
 当時はインターネットもなかったし、スカステがあるわけでもなかったからな。わたしは潔くあきらめていた。

 
 そして時は流れ。
 わたしは、汐美真帆っちゅー人のファンになっていた。
 なにはともあれ、この人が出ている舞台はとりあえず観る。そういうスタンスだった。
 ……にしても、そのとき彼が出る作品は、えらく微妙な感じだった。
 日本物で、心中もの、しかも昔の作品の再演、主演がわたしのまったく興味のない人、という、「ケロちゃん出てなかったら観なくてすむのに……」とかなしい気持ちになるよーな公演だった。

 仕方ないから、観に行った。1回だけ。
 何故かBe-Puちゃんとふたりで。
 Be-Puちゃんも観る気はさらさらなかったらしく、わたしへのおつきあい程度の気持ちだったはず。
「日本物だしー」
「コウちゃんだしー」
「今さら心中とかいうしー」
「再演ものだしー」
「青天だしー」
「出演者地味過ぎだしー」
 熱意のないわたしたちも問題だが、この公演の企画自体にも問題あるだろう。

 汐風幸主演で、汐美真帆2番手、って、いくらなんでも地味過ぎだろう!(笑)

 チャレンジャーだよ劇団。
 つーか、コウちゃん関係のお客様だけでなんとかなると思ったのか?? ふつー一般のヅカファンはこんな渋過ぎる公演、観たがらないって。
 
 客入りがどうだったかまでは、おぼえていない。わたしの友人たちのなかで、この公演をわざわざ観に行ったのは、わたしとBe-Puちゃんのふたりだけだった。

 そして、実際に観てみて。

 わたしは、昔の記憶がよみがえるのを感じた。

 これ、アレだ!!
 お掃除タイムに聴いていた、ラストがわかんないままのヤツ!!


 時はめぐり、人はめぐって、わたしはふたたび出会ったのだ。
 思わず聴き入っていたあの物語に。
 タイトルもなにもわからなかった、あの物語に。

 音だけでは理解に至らなかったいろんなシーンを、実際に目にすることのできるよろこび。

 ああ、そして。

「……Be-Puちゃん……あたし、目がおかしいのかなあ……ケロちゃんが美形に見える……

 幕間で、わたしはおそるおそる言ってみる。

「おかしくないって。わたしにも美形に見えるから!」

 Be-Puちゃんも断言。
 やっぱりぃぃ? わたしの目がおかしいわけじゃないよね? なんか、ケロちゃんがすっげー男前なんですけど!
 どきどき。
 わたしはケロファンではありましたが、残念ながら彼を美形だと思ったことは、一度もなかったのです。
 ハンサムじゃないけど、好き。……というスタンスだったんだ。『80周年運動会』とか見てたら、無理もないって。

 ああなのになのに、二枚目ですがな、Myダーリン!!
 目からウロコ。

 こんなに素敵な人だったの??

 美形なケロちゃんにめろめろになりつつ。
 わたしはついに、数年越しの物語の結末を、観ることができたのです。

 禁を破り、愛する遊女と逃げた男は、手に手を取って雪の中に消えていくのです……。

 ラストシーン、台詞なし。

 そうだったのか。
 だから、音だけだとどうなったのか、わからなかったんだ……!


 何年か越しの謎が解けました。

 てゆーか。

 ラスト数分間、だだ泣き。

 幕が下り、客席が明るくなったとき、わたしとBe-Puちゃんは呆然と顔を見合わせました。

 ふたりとも、顔ぐちゃぐちゃ。
 泣くとは思ってなかったので、ハンカチ用意せずに油断しきって観てたのね。
 クライマックスで鞄ごそごそできないし、で、ふたりともハンカチ出せないままだだ泣きした結果、ずぶぬれ顔で顔を見合わせる結果に。

「泣いた……すっげー泣いた……」
「泣くとは思わなかった……」

 演目を見ただけだと、あんなにあんなに「誰が観るの、コレ」なタイトルでキャストだったけど。

 名作ですがな。キャストもすばらしいですがな。

 ごめんコウちゃん、すばらしかったよ……。泣かせてもらったよ……。
 おまけに、ケロがばりばり二枚目だし……なんておそろしいんだ、舞台ってやつは。役者ってやつは。嘆息。

 こうして、長年謎だった物語は、わたしのなかで最良のカタチで結末を迎えた。

 その作品の名は、『心中・恋の大和路』
 ケロをはじめて二枚目だと思い、しじみ売り役のいづるんに瞠目し、ハマコの熱唱に心ふるわせた公演。
 忘れられない物語。

   
  

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