美しいという奇跡。@ファントム
2004年8月12日 タカラヅカ 言葉の裏側を読むなんてこと、知らなかった。
微笑んでいる人は、たのしかったりうれしかったりしているのだろうと思っていたし、親切にしてくれる人はやさしい人なのだと思い込んでいた。
私は子どもだった。
カルロッタが私を陥れようと画策していたなんて、夢にも思わなかった。
やさしく微笑みながら、その裏で爪を研いでいたなんて知らなかった。そんな感情があることさえ、想像したこともなかった。
先生−−エリックからそのことを聞かされても、私はほんとうのところ、理解できずにいた。カルロッタの笑顔ややさしい言葉のひとつひとつが、全部嘘だったなんて。人が、そんなふうに嘘をつくなんて。私には、理解できない。
私がそう言うと、エリックはおどろいたように、やさしく笑った。
「そんな君だから放っておけない。君のことは、僕がここで守る」
そう言ってくれた。
ここ……オペラ座の地下。闇の満ちた異世界。
彼はここで育ったのだという。
外の世界を知らない彼は、無邪気に自分の領地を案内する。森に湖、木々や鳥たち、そしてお城。どれも私の目には彼が言うようなすばらしいものには映らない。いびつで奇妙なものたちに見える。
たとえて言うなら、子どものころにした「ごっこ遊び」だろうか。掘っ立て小屋をお城に見立てたり、積み上げた薪を山に見立てたりして遊んだ。ひっくり返したテーブルを海賊船だと信じてみんなで乗り込んだり、箒の馬に乗って野を駆けた。……あの感じだった。
偽りのお城にいる彼は、大きな子どもだった。本物の森も湖も知らない、あわれな少年だった。
違和感があった。
私はたしかに世間知らずな子どもだけど、それでも「おかしい」と感じることはできた。
エリックは、おかしい。
知り得た事実と、真実の間に齟齬がある。
エリックの生い立ちは聞いた。オペラ座の元支配人キャリエールさんから、全部聞かされた。
彼がどうやって生まれ、何故オペラ座の地下に住んでいるのか。
キャリエールさんが、彼の実の父だということも。
こみあげる違和感を押し隠し、私はエリックに懇願した。仮面を取り、素顔を見せて欲しいと。
彼はその醜さゆえにいつも仮面をつけ、オペラ座の地下でしか生きることができないでいる。真実彼を愛し、共に生きるなら、彼の醜い素顔をも愛さなければならない。
キャリエールさんは無理だと言った。それほどエリックは醜いのだと。エリックから逃げるようにと、私を説得し続けていた。
私はそれに反し、ここにとどまることを選んだ。エリックを愛することを選んだ。
どれほど彼が醜いとしても、私の愛が揺らぐことはない。
だからどうか素顔を見せて。
私の願いを聞き、愛を信じ、エリックはついに仮面をはずした。
ずっと隠されていた、彼の素顔。
その顔は…………。
たしかに、痣はあった。顔の右半分に、痛ましい引きつれたような痣がある。
でもそれは、私が想像していたほどの致命的な醜さでもなかったし、おぞましさもなかった。
むしろ彼は、美しかった。
肖像画で見る彼の母親の美貌を正しく受け継ぎ、父親であるキャリエールさんの端正さを正しく受け継いだ、美しい青年だった。
そのとき私は、すべてを悟った。
私の喉からは、悲鳴が漏れていた。
拒絶が音となり、表情となっていた。
言葉の裏側を読むなんてこと、知らなかった。
私は子どもだった。
あまりにも、子どもだった。
何故エリックは、オペラ座の怪人にならなければならなかったのか。
人としてのよろこびもたのしみもすべて奪われ、こんないびつな地下でいびつな世界で育たねばならなかったのか。
とりたてて醜いわけでもないのに、「醜い」と信じ込まされ、苦悩と慟哭のなかにいなければならなかったのか。
すべては、ひとの心ゆえだ。
欲望ゆえだ。
ジェラルド・キャリエール。
やさしく温厚な紳士。多くの人から頼られる人格者。
私のことを心配し、親身になってくれた人。
それは全部、偽りだった!
周到な陰謀。
キャリエールさんは、仕方なくエリックをここに閉じこめたんじゃない。父親が息子にそんなことをするなんておかしい。いくら顔に痣があるからって、親だと名乗りもせずにただ閉じこめるなんて、ありえない。オペラ座の怪人伝説を作って人を遠ざけるなんて、バカげている。
第一、地下に幽閉しなければいけないほどの醜さって? どれほど醜ければ、そんなことがまかりとおるの?
感じていた、違和感。
事実と真実の間の齟齬。
それは陰謀。
キャリエールさんは、エリックを独占したかったんだ。
愛する女性そっくりの息子。
神に背く愛だから、地上では成就できない。
ならば、神の光の届かない場所で。
誰にも邪魔されず、誰の目にも触れさせず、禁忌も法律も倫理もなにも教えず知らせず、その存在を独占する。
やさしい顔をして。親切なふりをして。
私のことを心配するふりをして。
ほんとうは、私を遠ざけたかったんだ。
エリックから。
私は悲鳴を上げる。止まらない。
こわい。こわい。こわい。
いったい何年、ここにいたの、エリック。こんなおぞましいかなしい場所に閉じこめられていたの。
父親であるはずの男の、エゴによって。
ひとりの男の、あまりにも歪んだ愛が、こわくて私は悲鳴を上げた。
逃げ出した。
夢中で走った。
泣きながら、走った。
言葉の裏側を読むなんてこと、知らなかった。
私は子どもだった。
あまりにも、子どもだった。
こんなに恐ろしくも悲しい愛があることを、知らなかった。
☆
よーやく宙組東宝公演『ファントム』を観てきました。ふふふ、感動直撃の1階3列目〜。
『ファントム』に関してはわたし、これまであまりに萌えが先行していたので、冷却期間をおいてこうして改めて鑑賞しますと、とても新鮮でございました。
作品というか、演出に文句は山ほどある。キャストの配役や配分についても文句は山積みだ。
キャラ萌えだけで全部ごまかされるよーなもんじゃない。
それでも。
この作品は、わたしをときめかせる。
思わず『パッサージュ』を観たくなってしまう、最後のデュエットダンスで(『パッサージュ』でトド様が地響きみたいな声で歌っていた曲だよねえ?)、なんか涙が出たよ。
あまりに、美しくて。
ダンスの技量がどうとかいう話ではなくて。
宝塚の男役と娘役、その美しさに涙が出たんだ。
日本刀とかさ、実用を極めるがゆえに実用を超えた美を持つものがあるじゃん。
アレなんだわ。
たかちゃんと花ちゃんは、この世で夢を見させてくれる存在なんだ。タカラヅカという存在なんだ。
踊るふたりは美しい。
その美しさがわたしをときめかせ、また癒す。
美しい。美しいよお。どきどきして、しあわせだよお。
このどきどきが、泣けてくるくらいの感動が、またわたしを幸福にするよお。
うつくしいものは、こんなにも力を持つ。
ひとを、救う。しあわせにする。
それは、すごいことだ。
すごいよなあ。
なんかもー心から、しみじみ思ったよ……。
あー、もう文字数がない……つづくー。
微笑んでいる人は、たのしかったりうれしかったりしているのだろうと思っていたし、親切にしてくれる人はやさしい人なのだと思い込んでいた。
私は子どもだった。
カルロッタが私を陥れようと画策していたなんて、夢にも思わなかった。
やさしく微笑みながら、その裏で爪を研いでいたなんて知らなかった。そんな感情があることさえ、想像したこともなかった。
先生−−エリックからそのことを聞かされても、私はほんとうのところ、理解できずにいた。カルロッタの笑顔ややさしい言葉のひとつひとつが、全部嘘だったなんて。人が、そんなふうに嘘をつくなんて。私には、理解できない。
私がそう言うと、エリックはおどろいたように、やさしく笑った。
「そんな君だから放っておけない。君のことは、僕がここで守る」
そう言ってくれた。
ここ……オペラ座の地下。闇の満ちた異世界。
彼はここで育ったのだという。
外の世界を知らない彼は、無邪気に自分の領地を案内する。森に湖、木々や鳥たち、そしてお城。どれも私の目には彼が言うようなすばらしいものには映らない。いびつで奇妙なものたちに見える。
たとえて言うなら、子どものころにした「ごっこ遊び」だろうか。掘っ立て小屋をお城に見立てたり、積み上げた薪を山に見立てたりして遊んだ。ひっくり返したテーブルを海賊船だと信じてみんなで乗り込んだり、箒の馬に乗って野を駆けた。……あの感じだった。
偽りのお城にいる彼は、大きな子どもだった。本物の森も湖も知らない、あわれな少年だった。
違和感があった。
私はたしかに世間知らずな子どもだけど、それでも「おかしい」と感じることはできた。
エリックは、おかしい。
知り得た事実と、真実の間に齟齬がある。
エリックの生い立ちは聞いた。オペラ座の元支配人キャリエールさんから、全部聞かされた。
彼がどうやって生まれ、何故オペラ座の地下に住んでいるのか。
キャリエールさんが、彼の実の父だということも。
こみあげる違和感を押し隠し、私はエリックに懇願した。仮面を取り、素顔を見せて欲しいと。
彼はその醜さゆえにいつも仮面をつけ、オペラ座の地下でしか生きることができないでいる。真実彼を愛し、共に生きるなら、彼の醜い素顔をも愛さなければならない。
キャリエールさんは無理だと言った。それほどエリックは醜いのだと。エリックから逃げるようにと、私を説得し続けていた。
私はそれに反し、ここにとどまることを選んだ。エリックを愛することを選んだ。
どれほど彼が醜いとしても、私の愛が揺らぐことはない。
だからどうか素顔を見せて。
私の願いを聞き、愛を信じ、エリックはついに仮面をはずした。
ずっと隠されていた、彼の素顔。
その顔は…………。
たしかに、痣はあった。顔の右半分に、痛ましい引きつれたような痣がある。
でもそれは、私が想像していたほどの致命的な醜さでもなかったし、おぞましさもなかった。
むしろ彼は、美しかった。
肖像画で見る彼の母親の美貌を正しく受け継ぎ、父親であるキャリエールさんの端正さを正しく受け継いだ、美しい青年だった。
そのとき私は、すべてを悟った。
私の喉からは、悲鳴が漏れていた。
拒絶が音となり、表情となっていた。
言葉の裏側を読むなんてこと、知らなかった。
私は子どもだった。
あまりにも、子どもだった。
何故エリックは、オペラ座の怪人にならなければならなかったのか。
人としてのよろこびもたのしみもすべて奪われ、こんないびつな地下でいびつな世界で育たねばならなかったのか。
とりたてて醜いわけでもないのに、「醜い」と信じ込まされ、苦悩と慟哭のなかにいなければならなかったのか。
すべては、ひとの心ゆえだ。
欲望ゆえだ。
ジェラルド・キャリエール。
やさしく温厚な紳士。多くの人から頼られる人格者。
私のことを心配し、親身になってくれた人。
それは全部、偽りだった!
周到な陰謀。
キャリエールさんは、仕方なくエリックをここに閉じこめたんじゃない。父親が息子にそんなことをするなんておかしい。いくら顔に痣があるからって、親だと名乗りもせずにただ閉じこめるなんて、ありえない。オペラ座の怪人伝説を作って人を遠ざけるなんて、バカげている。
第一、地下に幽閉しなければいけないほどの醜さって? どれほど醜ければ、そんなことがまかりとおるの?
感じていた、違和感。
事実と真実の間の齟齬。
それは陰謀。
キャリエールさんは、エリックを独占したかったんだ。
愛する女性そっくりの息子。
神に背く愛だから、地上では成就できない。
ならば、神の光の届かない場所で。
誰にも邪魔されず、誰の目にも触れさせず、禁忌も法律も倫理もなにも教えず知らせず、その存在を独占する。
やさしい顔をして。親切なふりをして。
私のことを心配するふりをして。
ほんとうは、私を遠ざけたかったんだ。
エリックから。
私は悲鳴を上げる。止まらない。
こわい。こわい。こわい。
いったい何年、ここにいたの、エリック。こんなおぞましいかなしい場所に閉じこめられていたの。
父親であるはずの男の、エゴによって。
ひとりの男の、あまりにも歪んだ愛が、こわくて私は悲鳴を上げた。
逃げ出した。
夢中で走った。
泣きながら、走った。
言葉の裏側を読むなんてこと、知らなかった。
私は子どもだった。
あまりにも、子どもだった。
こんなに恐ろしくも悲しい愛があることを、知らなかった。
☆
よーやく宙組東宝公演『ファントム』を観てきました。ふふふ、感動直撃の1階3列目〜。
『ファントム』に関してはわたし、これまであまりに萌えが先行していたので、冷却期間をおいてこうして改めて鑑賞しますと、とても新鮮でございました。
作品というか、演出に文句は山ほどある。キャストの配役や配分についても文句は山積みだ。
キャラ萌えだけで全部ごまかされるよーなもんじゃない。
それでも。
この作品は、わたしをときめかせる。
思わず『パッサージュ』を観たくなってしまう、最後のデュエットダンスで(『パッサージュ』でトド様が地響きみたいな声で歌っていた曲だよねえ?)、なんか涙が出たよ。
あまりに、美しくて。
ダンスの技量がどうとかいう話ではなくて。
宝塚の男役と娘役、その美しさに涙が出たんだ。
日本刀とかさ、実用を極めるがゆえに実用を超えた美を持つものがあるじゃん。
アレなんだわ。
たかちゃんと花ちゃんは、この世で夢を見させてくれる存在なんだ。タカラヅカという存在なんだ。
踊るふたりは美しい。
その美しさがわたしをときめかせ、また癒す。
美しい。美しいよお。どきどきして、しあわせだよお。
このどきどきが、泣けてくるくらいの感動が、またわたしを幸福にするよお。
うつくしいものは、こんなにも力を持つ。
ひとを、救う。しあわせにする。
それは、すごいことだ。
すごいよなあ。
なんかもー心から、しみじみ思ったよ……。
あー、もう文字数がない……つづくー。
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