「必要最低限の改稿」で「玄宗の人格を矯正する」『玄宗救済計画』の続き。

 
 玄宗が「働いているらしい」シーンは、ふたつある。
 皇甫惟明が出てくるシーンと、安禄山がオウムを持ってくるシーン。

 ただしどちらももれなく愚痴をたれているし、仕事に対して意欲もなく、後者のシーンではミスまでしているというバカっぷり。
 これでは「仕事をしている」うちに入らない。

 皇甫惟明との会話では、結局話題は楊貴妃の美しさに流れていってしまい、「えっ、あの、政治の話はどーなったんですか?」で終わる。
 皇甫惟明と安禄山、ふたりの意見が対立するのはいいから、それをただバカ面して聞き、結局自分の意見はナニもなし、というのはあんまりだ。
 のんきに牡丹の話をする前に、政治の話のケリをつけろ。

Aくん「ぼくは机のぞうきんがけは、先にやった方がいいと思います!」
Bくん「それは古いやり方だよ。先に机を並べてから、一気にぞうきんがけした方が効率がいいんだ!」
先生「AくんもBくんも熱心だね。ふたりがいい子だってことは、先生、よーっくわかったよ。ふたりともがんばってお掃除してね」

 あの、それで? ぞうきんがけは先ですか? あとですか?

「ふたりの国に対する忠誠心には感謝している」
 という玄宗の台詞のあとに、ひとこと付け加えるんだ。ふたりの意見を吟味した上で、「玄宗自身が」判断を下す、という意味のことを。

 思慮深さと決断力、そして皇帝の権力を見せつけろ。
 言い争っていたふたりの将軍は「ははーっ」と頭を下げるのだ。

 雑談はそのあとで。牡丹でも母親でも、好きに語ってヨシ。

 さて、これで1回は「仕事をしている」シーンができた(笑)。
 問題はそのあと。
 せっかく仕事をしていても、愚痴をたれては全部ぶちこわしになる。

 主人公の立場を解説する、という手法に、「周囲の人間に喋らせる」というのがある。
 子ども向けマンガ雑誌に1頁ぐらい載っている「マンガの描き方/ストーリー編」の初歩に載っている手法だ。

李林甫「陛下、そろそろ次の職務の時間でございます」
玄宗「もうそんな時間か」
高力士「李林甫殿は仕事と時間のことしかおっしゃいませんな」
李林甫「それが私の勤めでございます」

 ここで、玄宗の「つらい立場」とやらを、誰か別のモノに説明させるのよ!

「それでは陛下には、あまりにも自由がないのでは……」

 それを受けて玄宗が、

「いいや、それが皇帝の勤めだ」

 と応えれば、「可哀想な皇帝陛下」のできあがり。「辛い立場なのにがんばっている人」のできあがり。

 楊貴妃は、そんな玄宗を黙って見つめるのだ。

 
 次の「お仕事しているかも」シーン。

 アラビアの国使への親書とやらを書いているとこね。
 この親書が、楊貴妃恋しさで「楊貴妃ラヴラヴ」な内容なのは、いい。
 有能な男が、恋に壊れていくっちゅー設定なんだから。
 先のシーンで「政治をちゃんとやっている皇帝」「自由時間すらなく仕事をがんばっている男」という要素を表現しているのだから、ここで呆けていてもかまわない。「あんなに有能な男が、こんなにラヴっちゃってるの?!」と思わせるエピソードとしてはヨシ。

 「不老長寿の薬」の話も、くだらねーエピソードだが、まああってもいい。
 ただ最悪なのは、そのあと。

玄宗「私は少し疲れている。国使との謁見は後日だ」
李林甫「しかし、不老長寿の薬“だけ”はいただいて、それはちょっと……」
玄宗「宰相は少しの時間も、私を休ませてはくれぬ」

 作者に「会話のセンスがない」と痛烈に思える箇所。
 玄宗の愚痴はいつものことだが、なかでもこの使い方は最悪。

 何故なら、玄宗はすでに仕事でミスをしていて、それによって観客の笑いを取っている。
 「私は疲れている」という台詞は、愚痴ではなく「笑いのオチ」として使われているわけだな。
 そこに「不老長寿の薬“だけ”はいただいて」という、さらに「笑い」のためのツッコミが入る。
 この流れで行けば、次も「笑い」で受けなければならない。ここは笑わせるシーン、観客を和ませるシーンなんだろう、という流れ。

 なのに。
 「笑い」のツッコミに対し、玄宗が返すのは。

「宰相は少しの時間も、私を休ませてはくれぬ」−−思いっきり、シリアスモードの愚痴!!

 観客は笑ってるんだよ? 
 「不老長寿の薬“だけ”はいただいて」って台詞に。「それは、ちょっと……」って台詞に。だって観客も、「そりゃーねーよな(笑)」って思ってるんだってば。

 なんでそこで、「ボクって可哀想」モードの愚痴なの??

 あまりに空気読めなさすぎ。

 玄宗のつらさや孤独さを表現したいんだろうけど、あまりにも下手すぎる。てゆーか、こんな流れで会話を書いて変だと思わないなんて、ほんとにセンスがないんだろう。とほほ。

 この会話の流れでいくなら、玄宗の応えは「笑いのオチ」にならなければならない。

李林甫「しかし、不老長寿の薬“だけ”はいただいて、それはちょっと……」
玄宗「………………(汗)」
オウム「皇帝陛下万歳!」
 −微妙な間−
玄宗「わかった、すぐに行く」

 とかな。せっかく「歌をうたう鳥」(喋るばかりでまったく歌ってないけどな)がいるんだから、もっと使おうよ。
 笑いのシーンは笑いのシーンとして、流れを考えて書く。

 その次に、誰か別の人間に言わせるんだ。

「陛下はお疲れのご様子。やはり国使との謁見は後日になさった方がよろしいのでは?」

 それを受けて玄宗が応える。

「謁見は国王たる者の勤めだ」

 ほんとーに疲れているよーに、でもけなげに。
 心配してくれる家臣の言葉を退けて、「わかった、すぐに行く」と李林甫に告げる。

 これで「楊貴妃にめろめろになりつつも、それでも皇帝としての勤めを忘れまいと努力する皇帝」のできあがりだ。

 このままカーテン前のシーンになり、そんな玄宗をずっと見ていた楊貴妃との、

「陛下となれば、どんなこともご自分の思いのままだと思っておりましたが……」
「なにもかも思いのまま……世の中に、そんな人間はおらぬ。私は朝から晩まで政りごとの一日だ」

 という会話にスムーズにつながるっしょ?

 仕事仕事で自由がない「可哀想な皇帝陛下」、国のことを考えて「辛い立場なのにがんばっている人」、「楊貴妃にめろめろになりつつも、それでも皇帝としての勤めを忘れまいと努力する皇帝」。

 だからこそ楊貴妃が、「仕事はやめて、夜のデートに行きましょ?」と誘うわけだ。まったく自由のない皇帝に、自由を贈りたくて。
 一本道をひたすら歩いてきた男は、子どものようによろこんで、仕事を投げ出し女へのめりこんでいくわけだ。

 
 さて。
 変更点は、これだけ。

 皇甫惟明と安禄山の言い争いに、皇帝として台詞ひとつ足して決着をつける。

 愚痴は言わず、心配する臣下に対して、
「それでは陛下には、あまりにも自由がないのでは……」
「いいや、それが皇帝の勤めだ」
 と、毅然と応える。

 笑いのシーンは、笑いとしてオチを付ける。

 責任転嫁台詞はなくす。

 台詞にして、ほんの数個。変更箇所はたった4つ、数行。

 これだけで、玄宗は救われると思うんだけど、どうよ?

       

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