ひとりのパーフェクトマンがいる。
 大金持ちのボンボンで、文武両道成績はいつでもトップ、知的な美貌を有し、おだやかで上品でやさしいという、完全無欠のスーパー高校生。まさにパーフェクトマン。
 しかし彼には、秘密があった。
 やさしくていい人、なんて大嘘。じつは外面がいいだけの邪悪で姑息な性格破綻者だった。
 パーフェクトマンの仮面をかぶり、人々に崇拝されて生きていく予定の彼の秘密を知る者は、たったひとり。
 幼なじみの少女だけだ。
 その少女の父は、パーフェクトマンの父の会社の社員。つまり、家族そろってパーフェクトマン一家に頭が上がらない。それをいいことに、パーフェクトマンは少女を奴隷として扱った。子どものころから、ずっと。
 彼の秘密を知るのは、少女ひとり。真実の顔を知るのは、彼女ひとり。
 秘密をばらされたくない彼は、少女を「恐怖」でもって支配する。父親をクビにされてもいいのか? 一家で路頭に迷いたいか? もっと直接的に、暴力をふるわれたいか? オレがお前になにをしても、お前が世間になにを訴えても、世間はオレを信じ、お前を疑うだろう。だから、あきらめて沈黙するがいい。秘密は一生胸の内に。お前は、オレの奴隷として生きろ。

 ……まあ、よくある話っつったら、よくある話ですわな。BLではテンプレ的お約束設定。
 ただし、この設定が赦されるのは、ふたりの間に「愛」がある場合のみだ。
 男がほんとうは少女のことを愛しており、彼女を独占していたいがために、まちがった方向に暴走している、という。欲しいのは隷属ではなく、「愛」。しかし仮面をかぶって生きてきた男は、それに気づくことができず、少女を追いつめ傷つけることしかできない……。
 少女の方も、男に反発し、憎んだり逃げようとしたりしながらも、ほんとうは彼を愛している……。
 とゆー、心の設定までが、「お約束」だ。
 不器用な暴君とその囚われびとが、すれちがい傷つけあいながら愛を探す、そーゆー物語は定番だ。

 だが、まだ若かったわたしが出会ったとあるマンガは、定番設定のお約束物語でありながら、主人公の少女と、彼女を理不尽に支配する男の間に、「愛」がなかった。

 いやあ、不愉快な物語だったね。
 ヒロインはふつーにいい子なのに、ひどいめにばかりあって。性格破綻者のパーフェクトマンが、彼女のささやかなしあわせをひとつひとつ嘲笑しながらつぶしていって。なのに世間はみんなパーフェクトマンの味方で。

 お約束定番設定だなんて、そのころは知らなかったしな。
 生まれてはじめて読んだ「奴隷モノ」が、ふたりの間に「愛」がなかったのよ。「愛」もないままに恐怖で支配される女の子の話なんて、読んでてつらいだけじゃない。彼女が不幸になるさまを笑うことなんて、できなかったわ。

 そう。
 コメディだったんだわ。
 軽妙なタッチでヒロインの不幸を描いてあったの。
 でもわたしには笑えなかった。ひとがひどいめに遭うのを見て、笑える感性は持ってなくてな。

 まだ若かったわたしは、不幸なヒロインがどうやら一生不幸で終わりそうなラストを持つこのマンガを読んで、とてもいやな気持ちになったもんだったよ。

 雑誌で読み捨てる分には、それで終わりだったんだけど。
 そののちわたしは、あるコミックスを買った。その当時、けっこう好きになっていたマンガ家の初単行本が出たんで、いそいそ買いに行ったんだよ。短編集だった。表題作とあと何本かは読んだことのある作品。残りの何本かははじめて読む作品だ、たのしみだなあ、と。
 そのコミックスのなかに、前述の「愛のない奴隷モノ」コメディが収録されていた。

 このマンガ家の作品だったのか!
 ぜんぜん、気づいてなかった。
 なにしろ新人マンガ家なので、絵が落ち着いてなくて、作品ごとにけっこーころころ変わってたんだな。
 好きな作家ならともかく、どーでもいー作家の名前なんかいちいちチェックしないから、奴隷モノの作家名は記憶になかったし。てゆーか、そのときにはもう、そんな作品を読んだことさえ忘れていたよ。
 コミックスを読んで、「このマンガ、知ってる……!」とおどろいたくらいさ。

 なにしろ好きな作家の本なので、何回かは読み返す。
 雑誌で読んだときにはいやな印象しかなかったその作品も、何度か読むうちに感想が変わってきた。

 たしかに、ふつーの意味での「愛」はないだろう。いわゆる恋愛は存在しないし、その他の愛も存在していない。それでも、この作品世界なら、それもアリなのかもしれない。独特の、ほのぼのとしたゆるい世界だからだ。

 愛のない暴君なんて、迷惑なだけだ。愛を言い訳にした物語も嫌いだけど、愛すらなかったらもっと嫌だ。
 だけどもう、いいかもしれない。

 そのマンガのラストのコマ。
 性格破綻者のパーフェクトマンが、唯一「笑っている」。ヒロインは「エクソシスト!」と戦うポーズを取っているが(ヒロインにとって、この迷惑なパーフェクトマンは悪魔そのものの存在なので、こーゆーポーズになる)、パーフェクトマンは笑っているのだ。とてもたのしそうに、さわやかに。
 ……彼は彼なりに、ヒロインを愛しているのかもしれない。だから、こんな笑顔になるのだろう。
 その「愛」は、わたし好みの愛じゃないし、たぶん世の中の人が大好きな「強引攻の愛」ともチガウだろーけど。
 これもまた、アリかもな。

 四の五のいろいろ文句をつけてきたけれど、結局のところ、このマンガはけっこー好きかもしれない。「暴君と囚われ人」のラヴストーリーはヲトメの定番。「ありふれた」ネタとしては好きだけど、料理の仕方が嫌。
 ツボがあるのが見えているのに、それをはずされてばかりでストレス。
 キャラクタだってもっと魅力的にできるのに、どーしてソレをしないのかしら。
 なにもかも、ハズしてばかり。
 ここをこうすれば、あそこでこの台詞があれば、ものすごく好みの作品になるのに……!!

 でも、ラストの笑顔はいいんだよなー、パーフェクトマン。最悪な男だけど、ラストの笑顔で全部帳消しにしてしまうとゆーか……。
 ぶつぶつ。

 
 と、長々語ってますが。

 『それでも船は行く』の2回目を観てきましたのよ。
 『エリザベート』は1回しか観てないくせに、『それでも…』は2回行くのか(笑)。わざわざチケット探し回ってまで。

 もう一度、改めて観て、つくづく思いましたのよ。
 この話、あの「愛のない暴君と囚われ人」のマンガみたいだわ、と。
 ツボな設定とストーリーなハズなのに、ことごとハズされて、ストレスばかり蓄積していく。
 登場人物の性格は、最悪。他人を思いやれる奴なんか、いやしない。とくに主人公とヒロインは凶悪。

 ああ、なのに。

 ジョニー@すずみんの笑顔で、全部帳消しになってしまうあたりまでもが、あのマンガみたいだわ……!

 ラストのキスシーンはなんですかありゃ。
 かっこいいぞ、ジョニー。


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