わたしは、おぼえている。
 宙組大劇場公演『ファントム』初日。
 銀橋で抱き合ったふたりの男。
 エリック@たかこと、キャリエール@樹里。
 鳴りやまない拍手。
 芝居の進行が止まり、ただ拍手だけに満たされた瞬間。
 人々の感動が、爆発した瞬間。

 おぼえているさ。
 萌えたからな(笑)。

 なにかで、樹里ちゃんの退団を決めた理由を読んだ。いろいろ語っていたけど、きっかけとしてあげていたのが、この『ファントム』初日の拍手だった。

 ほんとうのことなんて本人にしかわからないし、それがほんとうならあの拍手がなければ樹里は辞めずにいてくれたのかとか、でもすばらしい舞台だった舞台人として最高の瞬間だったろうとか、いろいろ考えはするけど、それら全部置いておいて。

 感動したのは、想いは伝わるんだってこと。

 客席にいるわたしたちの想いだって、舞台に届くんだってこと。

 退団公演っていうのは特別で、客席をも巻き込んだ一体感がある。
 でもあのときの『ファントム』はスターの退団公演じゃなかったし、千秋楽でもなかった。
 タカラヅカの舞台は、スターが出てきてうれしいの拍手や、お約束手拍子と、客席の人間も忙しく参加させられたりするもんだけど、それらともまったく別。
 どこでどんなふうになるかわからないまま、拍手のタイミングすらわからないまま観ている初日。

 そこで、拍手が起こった。

 お約束でもお義理でもなく、自発的な拍手。
 熱い熱い拍手。
 感動した。それを表現する拍手。

 あの音をおぼえている。

 うれしくてしあわせで、そしてどこかせつない音だった。

 感情を表現する楽器となり、手を叩いた。
 芝居は止まり、銀橋で、長い間愛に飢えつづけた青年が、はじめて愛するひとに抱かれていた。
 自分から抱きしめることのできない、愛し方も愛され方も知らないエリックを、キャリエールが強く抱きしめていた。
 鳴り続ける音の中で。

 あの音をおぼえているから。

 そのことを退団を決めたきっかけだと言われれば、うなずくしかない。
 そうか、と。

 だってそれくらい、すばらしい瞬間だった。
 客席にいたわたしは、そのことを伝えたくて拍手をした。みんなみんな、拍手をした。
 伝わるんだ。まっすぐな想いは。

 そして、花組公演千秋楽。
 はっち組長さんが読み上げる樹里ちゃんの経歴の中で、改めて語られた。『ファントム』初日、銀橋のシーンで、芝居が止まるほどの拍手を受けた。そのとき退団を決意したと。

 それは、誇りだね、樹里ちゃん。そして、樹里ちゃんを好きな人たち。役者としてあれほどの拍手を得て、役者として次の道に進むことを決めた人なんだ。それは、誇りだよ。

 サヨナラショーのクライマックスは、その『ファントム』の銀橋シーンだった。
 深い慈愛の歌声、キャリエール。
 彼の愛を受けるのは、あの繊細な少年のような男ではなく、静かな強さを持つ青年だった。オサちゃん演じるエリック。
 劇団を代表する「歌手」ふたりのデュエット。

 春野寿美礼に、『ファントム』を歌って欲しい。それは多くのタカラヅカファンがのぞんでいたことのひとつだろう。彼の声で、あの名曲が聴きたい。
 その願いは今、最良のカタチでかなえられた。

 旅立っていくひとを祝福し、見送る。
 その愛しくもせつない想いをこめて。
 オペラ座の怪人が歌う。愛の歌。響きわたり、包み込む声。

 樹里ちゃんと寿美礼ちゃんの、『ファントム』!!
 ほんとに、ものすげーものを聴かせていただきました。
 鳥肌もの。

 そしてそして、最後の、抱擁シーン。
 エリックはキャリエールの胸にもたれかかり、キャリエールがエリックを抱きしめる、あの抱擁。

 しっかりと、双方が相手の身体に腕を回して、抱きしめあってましたっ。鼻息っ。

 本気で抱き合う、黒燕尾の男たちっ!鼻息っ。

 最高です。いいもの見せてもらいました。
 さらにこいつらときたら、カーテンコールでも愉快にラヴいことをしてくれたんで、ヲタクも大満足な展開っすよ。
 カーテンコールで、樹里ちゃんになにか喋るよーに前へ押し出した寿美礼ちゃん。でも樹里ちゃんは、マイクを持っていない。「持ってないんだ?!」と、めっちゃ素な、そして男の子っぽい声をあげた寿美礼ちゃん、自分のマイクを貸してあげたくても、彼のマイクは頬に装着されているタイプ。手渡すことはできない。
 結果。頬を近づけて、樹里ちゃんに喋ってもらうことに。頬のマイク万歳。このマイクをこれほどすばらしいと思ったことはなかったよ(笑)。
 ショーの「アランフェス」のシーンとかも、ぜんぜん萌えたことないのに、サヨナラショー以降で萌えてどうするよ……もう終わりだよ……。

 ほんとうに、すばらしいサヨナラショーであり、最後のご挨拶だった。
 樹里ちゃんは樹里ちゃんらしくて、最後まであったかく笑わせてくれた。

 チェリさんと一緒だったこともあり、過去の傷がうずくことなく樹里ちゃんを見送れたと、自分では思っていた。
 友だちとお喋りするのがたのしくて、けらけら笑ってばかりの1日だった。そりゃまー、公演観ながらだだ泣きして、今回は何故か涙より鼻水がすごくて鼻の下がひりひりするくらい拭き続けていたけど、それはべつに、あたりまえのことなんで、特にどうということもなく。
 ああ、たのしい1日だった、とご機嫌で帰ったのに。

 何故だ。
 翌日、ぼろぼろ泣いた。いつまでたっても、泣けて泣けて仕方なかった。
 千秋楽当日は、あんなに笑ってたのに。ただせつない幸福感があっただけなのに。

 樹里ちゃんの笑顔は、じわじわとわたしを浸食したらしい。
 忘れられない、あのせつない音と共に。


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