気になったのは、リュドヴィークとクリフォードの相似性。

 寿美礼ちゃんとまっつが似ているのは、周知の事実。ただの現実。
 似た顔のふたりが同じ舞台に立っているからと言って、そこに意味なんかない。
 ふつうは。

 しかし、『マラケシュ・紅の墓標』博多座版においては、意味があるんではないかと考えてしまう。

 ムラ・東宝でまっつが演じていたウラジミールと、今回のクリフォードではまったく役の立ち位置がチガウからだ。(わたしは、ウラジミール役も『リュドヴィークと顔が似ている』ことに意味があると思っているけど)

 クリフォードは、「砂漠の薔薇」を通してリュドヴィークと向き合う、「光と影」「裏と表」の存在だからだ。

 鏡の内と外のような。
 どちらが実像で、どちらが鏡像なのかはわからない。

 博多座版では、それを強調する演出がされている。
 やたら長くなったプロローグで、砂漠で遭難したクリフォードがオリガへの想いをご丁寧に説明し、歌を歌ったあとセリ下がる。
 そのセリ下がりと呼応して、真反対のセリからリュドヴィークが上がってくる。
 ひとりの男が消えていき、同じ顔をした男が現れる。

 植爺お得意の「子役から本役へ変身」のシーンみたいに。
 役者はちがうけど、同一人物だとわかるでしょ的演出。

 クリフォードとリュドヴィークは別人だけど、同じテーマを担っているキャラクタとして、こーゆー演出なのかと思った。

 最後の「砂漠の薔薇」を手渡すシーンなんか。

 向かい合うふたりがあまりによく似ていて、美しいけれど不安になる。

 
 わたしは博多座のオリガを見て、「リュドヴィークの影」だと思った。
 リュドヴィークが今まで見ないふりをして封じ込めていた、真実を語るもうひとりのリュドヴィーク。
 スカーレットに対するスカーレット2のような。

 だからこそ、リュドに対するクリフォードの意味がちがってくる。

 オリガがリュドの心を反響するエコーであり、オリガを救うことができるのがクリフォードならば。

 リュドヴィークを救うことができたのは、クリフォードなんじゃないのか?

 もしも、あのパリでクリフォードが出会っていたのがオリガではなく、リュドヴィークだったら。
 クリフォードは、リュドを救おうとしただろう。
 現在、オリガを救いきれなくて砂漠を彷徨うことになっているように、リュドのことも完全に救えないとしても。
 彼はノマドではない。この世の人間、この迷い多き俗世の人間だ。悩みながら、まちがいながら、それでも自分の手で、愛する者をしあわせにしようとあがきつづける。
 旅の果てにデザートローズを見つけて帰ったように、彼はきっとリュドヴィークにも幸福を差し出すことができるだろう。

 
 リュドとクリフォードが「似ている」と、もうひとつ説明できることがある。

 夫クリフォードを愛しているのかわからない、そう言って迷う人妻オリガ。
 彼女が夫を捨て「過去の傷」に向かって進もうとしたきっかけとなる男リュドヴィークが、夫にそっくりだというのは、ものすげー重い意味が加わるだろう。

 やさしいだけの夫に似た姿の、危険な香りのする色男。
 無意識に夫に対して抱いている不安や不満を、全部解消してくれる男だ。
 そりゃ惹かれるって。

 そして最終的に、夫を選ぶ。
 夫に似た男に惹かれた、ということは、もともと夫を愛していたんだ。

 だってオリガとクリフォードは出会いが悪い。
 泣いているオリガに、クリフォードが手を差しのべた、ってそんな。
 ただの同情? とか思っちゃうじゃん。なまじクリフォードはやさしすぎる男だし。
 オリガは恋愛で手酷い失敗をして臆病になってるから、信じられない。ほんとうにこれが愛なのか。

 相愛なのに、相手の愛が信じられない。自分の愛がわからない。

 作中で、オリガは「自分の気持ちがわからない」と繰り返すが、「夫の気持ち」に関してはなにも言及してないんだよね。それって、すごい不自然。
 自分の気持ちがどうこう言って気取ってるけど、いちばんわからなくて不安だったのは夫の気持ちなんじゃないの?

 博多座版では、わざわざクリフォードがオリガに「夫婦関係への疑問」を突きつけていることだし。
 このままじゃ離婚? とも取れる文面の葉書を残して夫は生死不明。それでマラケシュ行きを決意する博多座版は、「夫婦の危機」にあわてたようにも見える。
 それってつまり、オリガはもともとクリフォードを愛していたんじゃないの?
 「相手に愛されていない」より、「自分が愛しているかどうかわからない」方が、自分が楽だから、そう思い込んで。

 オリガにとってのマラケシュの旅は、そーゆー自分のずるさや弱さを越える旅。

 夫に似た、夫よりも魅力的な男と出会い、最終的に夫にたどりつくことで、「恋愛ドラマのヒロインとして見たオリガの物語」はきれいに答えが出るよ。
 青い鳥は家にいました。彼女がほんとうに求めていたものは、彼女のそばにありました。

 過去の恋の傷のせいで、自分から誰かを愛することに臆病だった女が、夫とやり直す物語。

 生身の女オリガとして考えれば、ソレもありかと。

 
 生身の彼女がどうあれ、リュドヴィークにとってはオリガは実体のない女。顔のない女。
 だって彼ははじめから、オリガ自身にはなんの興味もない。
 リュドがオリガに興味を持つのは、パリの傷の話から。

 オリガがリュドの影であり、もうひとりのリュドヴィークなら。
 そして、そのオリガがクリフォードによって救われたなら。

 リュドヴィークも、救われていると思うんだ。

 デザートローズをクリフォードに渡すことによって。

 だからこそ、ふたりの男が向かい合うあの一瞬は、あんなにも美しいのではないかと。

 
 てゆーか。
 距離が近すぎないか? この、リュドとクリフォードの手を握り合う……ぢゃねえ、薔薇を手渡すシーン。

 このままラヴシーン突入かと思っちゃったよ。

 まっつがたよりなげに少し首を動かしてリュドを見るのがまた、ポイント。
 あっ、クリフォードじゃなくまっつって言っちゃった。いかんいかん。でも訂正しない。

 デザートローズを手にしたクリフォードは、顔が変わる。

 頼りなげではかなげで、「受」とおでこに書かれていたよーな男は、意志を持った力強い表情になる。
 そう、おでこの文字が「男」に変わるのよ(笑)。
 俺は男だ、妻にだって四の五言わせないぜ。そうやってちょっと強引に抱きしめて、「この瞬間からはじめるんだ。そうしてくれ」と言っちゃったりするんだ。
 夫のやさしすぎるところが不安で、ちょいとワルなリュドにフラつきもしたオリガは、男らしくなったクリフォードに胸きゅん、惚れ直してハッピーエンド。

 ……なんてね。


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