『マラケシュ・紅の墓標』博多座版のヒロインって、実はレオン?

 千秋楽の日になって、思った。

 博多座版『マラケシュ』は、決まったヒロインがいなかった。オリガ、イヴェット、ソフィア、アマンがそれぞれ同じくらいの比重でリュドを囲んでいた。
 21日に観たとき、オサ様絶好調でトバしまくり、ものすげーアツいリュドと舞台だったので、こりゃ楽日はさらにものすげーことになるのかと期待半分恐怖半分で臨んだんだが、意外にも楽は「端正な」舞台だった。
 暴走せず、ニュートラルに、丁寧な舞台。疲労が過ぎているよーにも見えたし、リュドとしての生を噛みしめているよーにも見えた。
 テンションが異常暴走していないせいもあったかもしれない。丁寧で落ち着いたリュドだったせいかもしれない。
 リュドの魂のエコーであるオリガ、リュドの過去の傷イヴ、現在の生活ソフィア、異世界との接点アマンと同じように、レオンがヒロイン線上に浮かび上がって見えた。

 
 レオンが、過去のリュドヴィークに見えた。

 
 「リュドヴィークのテーマ」という曲がある。
 この曲が、リュドと合っていない気が、ずっとしていた。

 ♪何かが在ると この手に掴む筈と
  幼い夢を見てた 夢しか持てなかった♪

 リュドヴィークは孤独な魂。
 こーゆー「若気のいたり」系の青い詩(うた)はチガウ気がするんだ。
 彼に相応しい詩じゃない。
 たとえ青い過去を振り返っているにしろ、この歌の「青さ」とは微妙に違和感がある。

 博多座のレオンを見て、「この曲は、実はレオンの曲なんじゃないか」と、感じていた。
 「少年」であるレオンが、闇雲に「何かがある。何かを掴める」と「幼い夢」を見、「怯えた心」を必死に隠し、棘だらけに張りつめて自分を守っているくせに、実は「優しさ」を探している。

 「リュドヴィークのテーマ」の歌詞の、レオンが前半部分を現在進行形で受け持ち、リュドはその前半を「思い出」として苦く眺めている後半部分を受け持っている。
 ……ように、思えたんだ。

 独立した「大人の男」(それゆえの哀しさ)に見えたムラ・東宝版のレオンとちがい、博多座レオンは「少年」だった。リュドとは明らかに立ち位置がちがった。
 少年であるレオンの「青さ」と「愚かさ」は、「リュドヴィークのテーマ」に描かれている若者の姿と重なった。

 オリガ、イヴ、ソフィア、アマンがそれぞれ同じ比重でリュドを取り巻く中に、過去のリュドヴィーク自身レオンが加わったと思った。

 そして、鳥肌が立った。

 主要な登場人物すべてが、リュドヴィークが向かう先は彼岸だと、静かに指さしていることに。

 なにもない空っぽの舞台に。
 アマンが立つ。
 彼女は、舞台の奥、彼方を指さす。
 ソフィアが立つ。
 彼方を指さす。
 イヴェットが立つ。
 彼方を指さす。
 オリガが立つ。
 彼方を指さす。
 そして、レオンが立つ。
 彼もまた、彼方を指さす。

 音はない。表情もない。
 ただ、誰もが彼方を指さす。なにもない、この世の果てを。

 そこを、リュドヴィークが歩く。
 わたしたちに背を向けて。あちら側、彼の岸へと。

 たったひとりで。

 ……そーゆーイメージ。光景が、浮かんで。

 こわかった。
 ただただ、こわかったよ。

 リュドが歌う「リュドヴィークのテーマ」が今のレオンにそのまま当てはまってしまうなら。
 レオンのキャラとしての役割は「リュドの過去の姿」だろう。

 そして、現在のリュドと現在のレオンがシンクロする瞬間が、とてつもなくこわかった。

 リュドは自分の魂のエコーであるオリガと、ひとつになろうとした。
 現実で生きることをやめ、自分の内側だけを選ぼうとした。
 その瞬間、リュドは「もうひとりの自分=クリフォード」の声を聞く。
 「オリガ」と呼ぶ声を聞くのが、リュドだけなんだよ。オリガにはこの声が聞こえていない。
 ムラ・東宝版では、ちょうどそのとき探検隊……ぢゃねえ、測量隊のひとり@りせが生還した、すなわち他隊員の死を証明するエピソードが挿入されるので、ここでクリフォードの声が聞こえるのもわかるんだ。
 死ぬ間際に、近しい者に声が聞こえるというのは、物語ではよくあること。
 でも博多座版ではそれがない。クリフォードの死を証明するエピソードは冒頭で使われてしまっている。
 なのに、クリフォードの声がする。しかも、聞こえるのは妻オリガにではなく、会ったこともないリュドに。
 リュドとクリフォードが「鏡の内と外」なんだな、とわたしは素直に考えたさ。だからリュドにだけクリフォードの声が聞こえるんだと。
 クリフォードの声を聞いたリュドはオリガを抱くのをやめて、かわりに言う。

「パリへ行こう」と。

 リュドがクリフォードの声を聞いたとき、博多座版では警察長官ジェラールが現れる。彼が指揮するのは、街にはびこる小悪党の一掃。
 長官の言葉が誰を指すかを示すように、レオンがせり上がってくる。
 恋人ファティマを抱いて。凄絶な絶望をその瞳に宿し。

 レオンは言う。

「パリへ行くんだ」

 リュドヴィークと、レオン。
 同じ空間にいるわけではないふたりが、会話をする。

 リュドにとってオリガは「顔のない女」。女の姿をしているが、リュドはオリガを見ていない。彼が視ているのは、彼女の奥にある自分自身の影。
 だからリュドが話している相手は、オリガじゃない。
 リュドが言う。

「パリへ行こう」

 レオンが答える。

「パリへ行くんだ」

 自分自身のエコーでしかない影に話しているふりをしながら。過去へ行こう、とほんとうの意味で問いかけている相手は、過去の自分自身であるレオンなんじゃないの?

 失ってしまった自分に、汚れてしまった自分が言う。過去へ行こう、と。やりなおそう、と。

 な、なんか、絶望的なんですけど。
 それまで別の物語だったはずのリュドとレオンが、時空を超えて「会話」している。シンクロしている。
 その瞬間の、こわさ。

 そしてリュドヴィークは、「リュドヴィークのテーマ」を歌う。前向きな歌詞を、とても哀しい乾いた瞳で淡々と歌う。
 歌詞が表しているものは、やはりレオンに思える。リュドヴィークでありながら、レオンを歌う。
 リュドが「君と二人で」と歌う「君」は、レオンのことじゃないの?
 だってリュドは、オリガと会話してない。彼が「パリへ行こう」と言った相手は、レオンだ。歌詞だって、そもそもはレオンの青さや愚かさを歌っている。

 リュドヴィークが、一緒にパリに行きたかった相手、すなわちヒロインは、レオンだろう?

 だからこそ、そのあとでパリを求めるレオンに対し、「パリへなんか行けるわけがないじゃないか」という台詞につながるんだ。

 リュドの魂のエコーであるオリガ、リュドの過去の傷イヴ、現在の生活ソフィア、異世界との接点アマン、そして過去のリュド自身レオン。
 リュドはレオンを選び、そしてその手を離す。レオンは死に、リュドは過去を殺す。
 過去、この世につながるものを断ち切り、薔薇を葬り、リュドは旅立っていく。

 壮絶な孤独。
 清涼な解放。

 最後のリュドヴィークの背中に、慟哭する。


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