欲望は生きている。
 生きて、うごめいている。
 心に巣くいながらも、勝手に蠢いている別の生き物であるのかもしれない。
 俺は欲望を否定しない。
 他人の欲望も、己れの欲望も。

 安全な場所から生贄の血を見たいという、あの弱き者たちの欲望も。
 己れの美貌と広大な後ろ盾をエサに、生贄を求めるあの蜘蛛女の欲望も。
 美姫と豊饒な国を手に入れんと、蜘蛛の巣に自らかかるあの生贄たちの欲望も。
 奪い、殺し、心のままに生き、求めるままのすべてを欲する、この俺も。
 欲望は、等しく醜い。
 そして、等しく滑稽だ。
 そして。

 等しく、正しい。

 生き方の美醜なぞ、興味はない。心正しく美しく生きても、凶悪に醜く生きても、大した差などない。
 生きている間など、一瞬のことだ。
 己れのうちに欲望を飼い、それをあやしながら、あるいは翻弄されながら一生を過ごす。
 愉快だろう?

 俺はその日またひとつ、愉快なものを見つけた。
 堂々たる物腰の長身の男。今は亡き国の王子だという。
 腕が立つことは一目でわかった。俺の手下どものかなう相手じゃない。争乱を止めに入ったのはひとえに手下どもの命を惜しんだからだ。
 男には俺の意図がわかったのだろう。なにも言わずに引いてくれた。俺はそのことに頭を下げた。
 強い者は好きだ。
 男でも女でも。
 賢い者も好きだ。
 子どもでも老人でも。
 男は強く、賢かった。数にものを言わせようとした俺の手下どもを一掃できる強さ。そして、そいつらを瞬時に許し剣を引く賢さ。
 気に入った。
 そばに置きたいと思った。
 この男が俺のそばにあれば、どれほど心強いだろう。また、危険だろう。
 この男は俺のものになど、ならないだろう。たとえそばに置いたとして、手下どものように俺に心酔し服従しはしないはずだ。男の腰に穿いた剣は、簡単に俺の喉元に突きつけられる。風に吹かれた紙がその都度ちがう面を向けるように、男の剣は俺を守り、また殺すだろう。
 俺は舌で唇を湿らせる。欲望。そうこれは、欲望だ。
 この男が、欲しい。
「仲間に入るか」
「やめろ。私を巻き込むな」
 俺の求愛は簡単に退けられた。女のように整った横顔には、月のような冷ややかさがあるだけだ。
 その乾いた風情が、俺にある女を連想させた。
 生贄を巣におびき寄せて殺す、美貌の蜘蛛女を。そう、その女の名は。
「王女トゥーランドット。そこに書かれた通りだ。王女がかける三つの謎を解けば、妃にできる。もし解けなければ、首を切られる」
 しかし男は、なんの興味も持たなかった。俺が差し出した絵姿を突き返してくる。ここへは生き別れた父を捜しに来ただけであり、その父を見つけた今は、この街に長居する気はないと言う。
 男の父親は、しょぼくれた老人だった。その姿からは、王座にあった昔日の姿は想像できない。なまじ男が美丈夫であるだけに、差は歴然としている。
 そのぼろぼろの老人を、男はとても愛しそうに労っていた。……きっと母親が長身細身の美人だったんだろう。父親に似なくてよかったと、俺は余計な感慨を持つ。
「残念だ」
「なにがだ」
「お前を俺のものにしたかった」
 男は口の端だけをあげて笑う。冷笑が似合う顔立ちだ。父親に対してはけなげないい息子の顔をするが、他の者に対するこの態度はどうだ。相当根性が歪んでいそうだ。
 かく言う俺は、嘲笑が似合う顔立ちだと言われる。「酷薄と傲慢が暴力で混ぜられたような顔」と、わけのわからない形容をした女に意味を問えば「色男だってことよ」と答えが返ったので、そういうものかと思う。「あんたが本気で口説けば、堕ちない女はいないわ」とその女は言ったが、男はその限りではないらしい。
 目の前の男は、俺になんの興味も持たない。乾いた砂のように、俺の前を素通りする。
 まあいい。愉快なものなら他にいくらでもある。
 欲しかったのは事実だが、それに固執する気はない。
 俺は肩をすくめて男に背を向ける。ひとつのものに執着するほど、一途な性質ではない。好ましい女がいくらでもいるように、好ましい男もいくらでもいる。
 この流浪の王子が俺のもとを通り過ぎたからといって、どうということはない。

 ……どうということはなかった。今までならば。

 冷めた月を思わせるその男は、俺の目の前で変わっていった。
 折しも満月の光を浴びて。
 その横顔に瞳に唇に、炎がやどる。
 熱だ。
 熱が見える。

 男は変わった。
 ひとりの女と出会って。
 ひとりの女を見て。

 処刑される生贄、見守る民たちの悲鳴と号泣、そして歓声。
 刑場にあざやかに散る紅い飛沫。
 それらを表情ひとつ変えずに、高みから見おろすひとりの女。
 生贄の血を吸って今なお美貌を輝かせる、あの蜘蛛女。

 あの女を見て、男は変わった。
 孝行息子の仮面をかなぐり捨てて父を振りきり、慈愛深い主人の仮面をかなぐり捨てて従者たちを振り切る。
 己れの欲望のみに、突き動かされて。
「あの女は、わたしだけのものだ!」
 宣言する。
 たった今首を斬り落とされた生贄と同じように、あの女の出す三つの謎に挑むと言う。あの女を得るために。

 欲望。
 それはまぎれもなく、ただの欲望だ。
 自分勝手で傲慢な、醜い欲望だ。
 そして俺は、欲望を否定しない。
 他人の欲望も、己れの欲望も。

 いや。
 欲望こそを、愛しているのかも、しれない。
 もっとも強い欲望が持つ力を、誰よりも欲しているのかもしれない。
 だから、名も知らぬ王子よ。
 俺はお前から目が離せない。
 お前の強い欲望力から、魂が離れない。

 好ましい女くらい、いくらでもいる。好ましい男も、いくらでもいる。唯一無二などというものは存在しない。それはただの幻想だ。
 俺自身ですら、絶対のものではない。俺の代わりとて、大河のように続く時間の中にはいくらでもあるだろう。
 しかし。

 今、代わりのないものが、俺の目の前にある。
 唯一無二、絶対の存在。

 この男でなければ駄目だ。
 他の何でも駄目だ。
 俺が欲しいのはこの男ただひとり、誰より強い欲望力に魂を輝かせ、他人を踏みつけて叫ぶ男。
「聞け、トゥーランドット! 私はここだ! お前の男はここだ!」
 銅鑼が鳴る。
 運命の音が夜の中に響きわたる。

 俺の愛しい男が叫んでいる。

          ☆

 発売日に並んで手に入れたチケットは、1階3列目が1枚と、同じく23列目が2枚。

 今、友情が試されるとき……!!(震撼)

 さ、3列目で観たい……!!
 一瞬ぐらりときましたが、友情を取りました。
 3列目は手放して、23列目で友人と並んで観劇。
 ヅカに慣れた人ならともかく、「ヅカ初体験!」な人を、あの特殊空間でひとりにはできぬ。

 メル友のタワシさんは、興味津々で劇場内を探検。オケボックスまでのぞきに行っていたよ。
 「堪能する!」と言ってプログラムまで買っていた。……わたし、買ってないのにな。
 そして、タワシさんはたかこを見て言った。

「要潤……」

 ええ。あなたで何人目かしら。
 大抵の人はたかこを見るとそー言うよね。
 殿さんだって最初はそう言っていたし。

 
 やっぱりわたしは好きよ、『鳳凰伝』。
 お花様のキレっぷりに心ときめいていたし。
 いーよね、花ちゃん!
 ムラで見たときより一層ぶちキレてたわ。高笑いのすばらしいこと。

 わたしはたかこファンだし、カラフは当たり役だし大好きだし、カラフを見たいと思うのだけど、気が付くとトゥーランドットを見ている。ああ、こまるわ。トゥーランドットに釘付け(笑)。

 タワシさんは、ヅカのことはなんにも知らない人だが、前もって友人から吹き込まれていたらしい。
 曰く「チケット獲得は至難の業。チケットを用意してくれた人に感謝しろ」。曰く「ヅカファンはこわいから、不用意なことは言うな。見終わったあと『おもしろくない』系のことは口が裂けても言うな」。等々。
 そんなに恐縮しなくても、そんなにおびえなくても、たぶんきっと大丈夫だよ。しかし彼にいろいろ吹き込んだ人は、ヅカに対してどーゆースタンスを持つ人なんだ?

 まーなんにせよ、興味深く観劇してくれたようだ。よかったよかった。

 そしてタワシさんたら、「チケットを取ってくれたお礼」だと言って、たかちゃんの携帯ストラップをプレゼントしてくれた。えーと、そんなに気を遣ってくれなくても、ぜんぜんいいのに……つーか、よっぽど吹き込まれてたのか、前もって。

 とゆーことで、わたしの現在の携帯電話には、王様ストラップがついてますわ。


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