風を感じることがある。

 長くヅカファンやっていて、FCにも入らない、入り出待ちもしない、ただ舞台を観に通う日々で。
 客席の熱気、ざわめきで、わかることがある。

 風が、誰に吹いているか。

 朝海ひかる、というほぼ無名だった男の子に風が吹きはじめたのを見た。
 花組時代は、新公主演もできなかった。組ファン以外にはきっと無名。
 宙組設立の際、棚ボタのよーに4番手扱いになった。宙組人気、ずんこ人気に後押しされ、ダンス力よりなによりキュートな容姿と女装の美しさで注目を集める。
 そして、運命の分かれ道。

 『エリザベート』での、ルドルフ役。

 なにかが変わるのを感じた。
 舞台の上でじゃない。
 周囲だ。観客たちだ。

 観客の気持ちが、朝海ひかるに向かって動く。

 あちこちで、コムの名前を聞いた。劇場のあちこち、花の道、喫茶店、電車。
 誰も彼もがコムの名を出す。「ルドルフをやった子」がどれだけステキかを。

 動き出した波に、人事が後押しをする。
 雪組へ、組替え。
 安蘭けい、成瀬こうきとともに研9トリオ結成。ジャニーズのよーにユニット売りだ。

 バリバリ路線だったトウコと成瀬とユニットを組まされることで、ひとりだけ「おまけ」状態。
 組替え直後の大劇場公演でも、芝居ではトウコ、成瀬とはちがい、出番も少ない「いなくてもいい役」。かわりにショーでは女役・娘役・男役とひとりだけ3パターン。トウコと成瀬は2パターンなのにね。コムひとり「イロモノ」扱い。

 それでも人事の動きはヅカ全体の注目をあびることになる。
 「組替え」「研9トリオ」「役替わり」は、とりあえず話題を集める。

 芝居の方は完全にどーでもいい役だから、口の端にものぼらないが。
 ショー『ノバ・ボサ・ノバ』の役替わりは大成功だった。いや、正確には娘役ブリーザが。
 マジで美しい。完璧なプロポーションとあでやかなダンス。

 いろんな人が、コムの名前を口にする。「ブリーザ役の子」「組替えで来た子」「贔屓の相手役になって欲しい」……娘役としての鮮烈なデビュー(笑)。

 基本的にわたしは舞台の上でのことしか知らないが、舞台以外のジェンヌのうわさ話等が耳に入ることがある。並びのときとか劇場とかで。知らない人と会話をしたり、また会話が耳に入ったりして。

 それは、素のコムちゃんがどれほど小悪魔的にかわいらしいかとゆー話だった。

 おねーさん体質のトウコが、どれほどコムの世話を焼き、たのしそーに夢中になっているか。
「トウコちゃんがもー、めろめろで」
 と、何人に聞いたかな……。
 当時のトウコは路線一直線の雪組御曹司、研6で新公卒業し、研7で本公演単独3番手、研8で単独バウ主演とエリート街道を驀進してきた超強気スター。ええ、雪組時代のトウコは攻男だったんですってば、今からは想像つかないだろうけど!(笑)
 あのオトコマエなトウコちゃんが、小悪魔美少年にめろめろって……。
 知らない人の家でお茶会ビデオみせてもらったりしたけど(知らない人についていくのはやめましょう)、トウコとコムがほんとに仲良くいちゃついていたよ……。

 トウコと仲良しだから、コムちゃんと一緒だとかわいいトウコちゃんが見られるから、とトウコファンも味方につけて、コムちゃんはますます勢いに乗る。

 研9トリオでバウワークショップ『The Wonder Three』、そして同年ナルセとW主演で『SAY IT AGAIN』。おいおい、どさくさにまぎれて1年間に主演バウが2本?! 新公主役もしてない脇の子が?

 わたしはこの主演バウをナマで観てきているけれど、コム姫の「基本的技術の低さ」にはびっくりしたクチだ(笑)。
 うっわー、歌下手〜〜。演技微妙〜〜。
 『The Wonder Three』は「歌のショー」だったので、コムちゃんのパートは苦痛だった。ナルセの方がうまいなんて知らなかったよ。
 『SAY IT AGAIN』もコムちゃん目当てで観に行ったのに、ナルセにオチて帰ったし(笑)。

 それでも。
 『SAY IT AGAIN』以来わたしはコムちゃんのことをコム姫と呼ぶことに決めた。
 それまでは「娘役」として好きだったコムちゃんのことを、「男役」として好きになったのがこの公演。
 なんでそう呼ぶことにしたのかは、2002-11-15の日記に書いてあるから省略。

 そうこうしているうちに、まさかのずんちゃん退団発表。
 あれほどの人気を誇った宙組初代トップスターが退団。劇場に詰めかけていたずんちゃんはファンはどこへ流れるの?

「ずんちゃんのあとは、コムちゃんを応援するわ」

 全部が全部じゃないのはわかっているが、けっこーな割合で耳にした。
 ずんことコムでは、タイプがぜんぜんチガウと思うんだが……いいのか?

 タイプが、というより、「風の行方」なんだと思う。
 風が吹いている人に、流れる層って絶対ある。
 今いちばん力を持ち、伸びていこうとしているモノ。追い風に乗る気持ちよさ。いちばん人気の集まっているモノに、さらに人気は集まる。
 行列の出来ている店には、並んでみたくなる心理というか。
 「動いている」モノに惹かれる本能。ミーハーとか移り気とかいうんじゃなく、本能としてあるんだと思うよ。

 風が吹いている。
 コムに向かって。

 ずんちゃんの退団した年の後半に、ついに堰が崩壊する。
 風によって、牙城が崩れる。

 「路線と呼ばれるのは、新公主役経験者のみ」というタカラヅカの伝統。

 朝海ひかるが、新人公演で主演する。
 研10にもなった男役が。
 「役替わり公演」という、前代未聞のイベントを劇団に用意させてまで。
 絶対に失敗させないよう、ベテラン娘役・貴咲美里を相手役にし、主演経験豊富な同期ふたりトウコとナルセを補佐役に配置。
 コム姫のために、なにもかもが動き出す。

 新公は研7まで、という牙城を崩してまで、コム姫を「路線」に引っ張り上げた。

 コム人気は『月夜歌聲』で絶頂期に突入。男役と絡ませた方が似合う、女装が似合うコム姫に男装の麗人役。相手役が宙組時代からお似合いだったワタル兄貴。

 雪の御曹司トウコの放出。
 月組時代路線として早くから抜擢を受けていたナルセ放出、彼はそのあとすぐに退団。
 研9トリオは1年半で完全解体。

 なにもかもが、コムのために。

 風が吹く。
 コムに向かって風が動く。

 たしかに風を感じた。
 そしてそれは、異を唱えさせない力なんだ。だって風が吹いているんだから。誰にも止められないんだから。

 わたしは長くの雪ファンで、ずっとトウコを見てきたから、この結果に傷ついたしかなしんだ。
 雪組三兄弟が好きだったから、こんなカタチで後味悪く終わるのが嫌だった。
 それでも、そーゆーマイナスの気持ちを吹きとばすくらい、風はたしかに吹いていたの。

 オギーとコム姫の夢のコラボ、『パッサージュ』。

「天使の夢を見たわ 真夜中にひとりきり 白い翼広げ 空に浮かんでいた……」
 ではじまる美しいショー。
 美しく無垢な天使。ときに黒衣の堕天使となり、白い絶望に悲鳴を上げる嘆きの天使となる。

 美しい、という力。
 そこにある絶望と毒。

 風が吹く。
 そして、風からこぼれた人たちの運命が変わる。

 トドがトップから退き、次のトップはブンちゃんだと発表された。
 だが、まさかの1作トップ。劇団の意向だとブンちゃんは会見で口にする。

 ブンちゃんの大劇場千秋楽、サヨナラパレードのときに公式発表が出た。

 雪組トップスター・朝海ひかる。

 ああ、風はここに向かって吹いていたんだ。
 わかっていた。最初の上昇気流からずっと、期待と危惧が一緒にあった。予測していたのではなくて、結果を知ったあとに納得した。

 たしかに、風は吹いていたんだ。

 わたしはあの風を知っている。
 この身で体験している。
 だから、なにも言うまい。
 すべてはなるべくしてなったんだ。

 おめでとう、コムちゃん。
 真ん中より脇にいた方が魅力が発揮できる人だと思うけれど、それでも応援するよ。わたしの大好きな雪組をよろしく。

 
 そーやって、4年。
 コム姫はトップになってからも進化を続け、外見にそぐわないオトコマエな芸風を開花させた。
 真ん中に相応しい人となった。

 トップになってからは、風を感じなかった。
 頂点には、風は吹かないんだね。

 コムを押し上げていったあの風は、ほんとーにすごかった。前代未聞。
 いろんなことが、コム姫のために動いていた、歴史が曲げられていくのを見る驚きと快感。

 でもね。

 風によってたどり着いた頂上で、自分の力で立ち続けたこと。

 あの風と同じくらい、すごいことだと思うんだ。

 あの風のために道が変わってしまったいろんなことの分まで、コム姫は戦い、結果を出した。
 ただのアイドルトップじゃないよ。必然だよ。コム姫は、なるべくしてトップになり、そして実力でトップであり続けたんだ。

 だから胸を張って、最後まで見守りたい。

 風の行きつくところを。


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