さて、ひょっとしたら公園生活者?のヒロイン、シェイラ@さゆ。
 鞄を盗まれ無一文の着た切り雀、のわりにドレスをいろいろ着替えて現れる。どうやってるんだろう……。やっぱり、キング@萬ケイ様から「ジョニーの手当に使え」と言って渡されたお金を着服したのかしら。服は買えても、住むところは買えない……よね? どうしてるんだ?
 最後の最後に「ホテルに宿泊している」ということがわかるのだが、ソレもまた謎だ。そのお金はどこから……。

 なーんて謎がゴロゴロしていてめずらしくもない素敵作品、『ノン ノン シュガー!!』の、あってなきがごとしストーリーを追ってみよう、その2。

 シェイラは超お嬢様で、幼いころから自由に遊ぶことも許されず、えんえんバイオリンのレッスンを強制されてきたらしい。
 家出の直接の原動力は、「ウィーンに留学、1年後には世界的なバイオリンのコンテストに出場」が親に決められてしまったため。
 シェイラの夢はバイオリニストではない。ブロードウェイに立つことだ。

 夢は大きい方がすばらしい。
 ジョニー@キムをはじめとする若者たちは、そんな彼女を仲間として暖かく迎え入れる。

 ……のは、べつにいいんだけど。

 2幕になってまた謎の展開をはじめる。

 シェイラの鞄を盗んだ不良@コマたちが、ライヴハウス「ノン・ノン・シュガー」に現れた。「鞄を返して、あれがないとウィーンに行けない」てなことをシェイラは主張する。
 ここまで言うからには、「鞄」は大切なアイテムなのだろう。
 だが、「鞄」ネタは、これ以降出てこない。

 てゆーかシェイラ、ウィーンに行くのが嫌で家出して来たんだよね? 実はウィーンに行く気満々なのか。

 不良どもは「ノン・ノン・シュガー」で大暴れ、ケンカの弱いジョニーはあっさり敗北。
 不良たちが出ていったあと、ジョニーも店を飛び出す。弱っちい自分が許せなくて、落ち込んでいるらしい。

 ここまではいいんだが。
 ジョニーを心配して追いかけてきたシェイラに、ジョニーは怒鳴り散らす。
「お前とオレは住む世界がちがうんだ。オレがどれだけびんぼーだったと思う、お金持ちのお嬢様にわかるもんか!」

 ケンカに負けたことと、びんぼーに、なんの関係が?!!

 お金持ちのK・BOY@キング蓮城もケンカに負けてましたが、なにか?

「びんぼー経験なんかわかんないわ! わかんなかったらジョニーのそばにいちゃいけないの?!」
 シェイラも負けちゃいない。
 ふたりして、身分違いの恋のクライマックスをやる気満々で演じはじめる。

 えーと……どっからこんな展開に?
 不良にボコられた、かっこわるかった、ってだけだよね?
 それともナニ、わたしの知らないところで、「身分違いの恋」ネタのエピソードが展開されていたの?!

 さんざん怒鳴りあったあと、ジョニーは気が変わってシェイラを抱きしめる。
「『ノン・ノン・シュガー』へ行こう。オレたちが出会った店へ」

 ……展開に、ついていけない。
 なにがあったの?
 いつの間になにがあって、大河ロマンのクライマックスみたいなシーンが繰り広げられているの?

 なんか、公演時間数時間分、話がとんでる?
 これってなにかのダイジェスト?

 くらくらしている間に、舞台ではさらに大変なことが。

 1幕で「愛はタイフーン」つーかストーカーっつーか、男の職場に押し掛けて「愛してるのよ!」「どーして会ってくれないの?!」と大騒ぎをし、でも「歌ってよ」と周囲におだてられるとノリノリで歌っちゃうとゆー、ぶっとんだキャラクタを披露した女優ザザ@ヒメ。
 存在を忘れられたころによーやく再登場、いきなりドシリアス。
 キング@萬ケイ様相手に「大人の恋の破局」をドラマティックに演じる。
「おれはひとりの女を愛することはできないんだ」
「あたしはアナタなしでは生きていけないっ!!」
 てなやりとりののち。
「最後にキスして……思い出にするの」
 なんつー、ベッタベタな展開てんこ盛り、昭和中期気分をさんざん味あわせてくれたあと。

 ザザ、自殺。

 あちゃー。やっちまったよヲイ。のーてんき内容無しコメディなのに、「盛り上げるためには、とりあえず殺しておけ」系の展開。
 てゆーかまぁ、お約束?
 「青春群像モノ」っていったら絶対誰か自殺しなければならないからなー。テレビドラマでも、「青春群像劇」「仲間たちとの友情」をメインに謳う場合は新番組予告段階で「さーて、自殺するのは誰かな」と予想ゲームができるくらい定番だもんな。

 ザザの死が引き金になって、さらにベッタベタ展開スタート。

 1幕で長々と時間を取ってジョニーのママ@圭子女史のエピソードが回想シーンとして挿入されていたが、だからナニ? という、意味のない使われ方をしていたんだ。
 ジョニーにはやさしいママがいたが、死んでしまった。これだけのことを、歌とダンスでえんえん説明するの。で、そこまでやって、なにか現在につながるのかと思えば、ソレはソレで終わり。
 ……なんのための回想シーン?! 圭子女史に見せ場を作るためだけ?! たこ足ドレスを着て、ドスをきかせて歌う圭子女史はすばらしかったけれど! 見せてくれてうれしかったけれど。でも、なんて意味のないシーンなんだ。

 その意味無しシーンのオチが、2幕にあった。
 なんと、あのやさしいママは、男に振られたその足で、我が子の前で投身自殺するのだ。

 ヲイヲイヲイ! 1幕の意味のないシーンで、いやな予感はしていたけれど。
 6才の息子残して投身自殺。
 しかも、彼の目の前で。

 「母親」として、やっていいことぢゃない……。同じパターンでも精神を病んでいた『パレルモ』より、さらにひでー展開だ。正気なのに、わざわざ息子の前で死んでみせるんだから。

 もちろん、ジョニーは母の自殺がトラウマになっている。

 取り乱すジョニーを、シェイラが慰める。はいはいはい。
 なんとか落ち着いたジョニーは、「キングのためにザザは死んだんだ」つーことで、キングの元へ。

 哀れな最期を遂げたザザのために、1日ぐらい喪に服してもいいじゃないか、と言うジョニーに、キング様はまったく取り合わない。
 彼は信念を持ってステージに上がる。何故ならば、彼は「スター」だからだ。彼の歌を必要とする人々がいるのだから、彼はなにがあっても歌い続けなければならない。
 その責任と覚悟を目の当たりにし、甘ちゃんジョニーは猛反省。

「オレはキングにはなれない……歌手になる夢をあきらめるよ!」

 この思考回路が、よくわからない。

 キングはひとつの生き方であり、この世の価値観のすべてではない。
 なのに、あるひとつの行動パターンの真似が出来ないからといって、「歌手」をあきらめるっちゅーのはなんなんだ? キングと歌手はイコールではないぞ?
 いくらジョニーがキングにあこがれていたといってもだな……。

 思考が短絡的すぎて、目眩がする。

 もちろん、ジョニーの夢が「キングになること」であったなら、コレはコレでいい。
 だがその場合、「夢をあきらめる」のではなく、「目が覚めた。オレはオレであって、キングのコピーじゃないんだ」であるべきだ。
 でもって「目が覚める」のだから、「キングを尊敬する」「キングの真似をしたい」というエピソードではそこにつながらない。

 わけわかんねぇ……。

 途方に暮れつつ、続く。


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