「3階のお客さん、イェ〜〜イ!!」

 『あさきゆめみしII』千秋楽。
 涙が出たのは、この瞬間だ。

 何回目かのカーテンコール。
 総立ちになった客席に向けて、オサ様はほにゃっと笑って「やっちゃおうかなっ」という感じで前に出た。
 あうんの呼吸。
 ファンだけの空間。
 「お馴染みのアレ」です。

 そう。
 あれは2年前。
 同じこの劇場で、同じことをやった。

「3階のお客さん、イェ〜〜イ!!」

 寿美礼サマの声に応え、客席が声と腕を高らかに上げる。「イェ〜〜イ!!」と。

「2階のお客さん、イェ〜〜イ!!」
「1階のお客さん、イェ〜〜イ!!」
 
 春野寿美礼の導くまま、ひとつになる。
 立ち上がり、腕を振る。声を出す。

 狂乱のとき。
 幸福のとき。

 ただただしあわせに満ちていたコンサート、『I got music』。
 その千秋楽でもたしかに、同じことをした。

 ダイスキ。

 その想いを込めて、腕を上げる。声を出す。

 その同じ劇場で。
 別れのときを目の前にしているなんて。

 時の流れを想った。
 刻の霊なんてなくても、「刻」を感じることなんか誰だってできる。それがわからない演出家の無能さに歯がみしつつも、過去と現在を想う。

 二重映しになる世界。
 「これからも続く」ことがわかっていた、幸福な幸福な『I got music』。今現在の舞台がすばらしく、そしてこのすばらしい舞台を作り上げた人を、これからも観ることができるよろこび。
 ゴールの見えない高揚感。
 ついていく。
 この人に、ついていく。
 闇雲に思った。
 ダイスキ。好きであることがうれしい。

 春野寿美礼に出会えてうれしい。

 オサコンはターニングポイント。博多『マラケシュ』とオサコンで、わたしの人生変わったからなー。オサコン追いかけて東京行くくらい、ナニかスイッチ入っちゃったんだよなー。や、その前に『マラケシュ』追いかけて博多まで通っていたけれど。

 オサコン『I got music』は、しあわせの記憶。
 ただただ幸福だった、せつない想い出。

 しあわせな記憶こそが、泣けてくるのは何故だろう。
 かなしいことなんか特に思い出さないけれど、幸福な思い出は何度もよみがえり、胸を締めつける。涙を流させる。

 オサコンのたのしさが、愛が、せつなくてたまらない。

 あの日、たしかにこの場所で。
 同じように、声を出した。

「3階のお客さん、イェ〜〜イ!!」

 あの日は3階席で。
 よりによって1列目だったから、立つと手すりが膝くらいまでしかなくて、こわかった。それでも腕を上げて「イェ〜〜イ!」と応えていた。
 隣にいるのは初見のチェリさんで。たしかチェリさんに取ってもらったチケットぢゃなかったっけか。

 今回は1階席で。
 オペラグラスのいらない、ありがたい席。それでもわたしはオサ様が出てくるとオペラを握りしめていた。
 隣にいるのはやっぱり初見のチェリさんで。チェリさんに取ってもらったチケットで。……チェリさん、オサ様運アリ過ぎ?

 舞台の上のオサ様は同じ、隣に坐っている友人も同じ。
 束の間のタイムトリップ。

 あのとき。
 春野寿美礼をすごいと思った。
 もともと実力は認めていたけれど、そんな認識を吹っ飛ばす勢いで、さらに感服した。
 たしかな技術と空気を動かす力、世界の中心がどこかを示す力、圧倒的な一方的な、ある意味暴力的なまでの大きな力なのに、乱暴にはならない、一種の愛嬌というか、かわいらしさを持つ芸風。キャラクタ。
 それらすべてに、打ち負かされた。ひれ伏した。

 春野寿美礼は、すごい。
 この人をすごいと認め、その前にひれ伏すことが、誇りになる。
 春野寿美礼と出会い、彼を愛することのできたわたしは、その事実に胸を張ることができる。
 彼を知らずに、彼を愛さずに生きることより、はるかに豊かなものを得られたからだ。

 線目をタレさせてくしゃりと笑う、一般的な美形ラインからははずれているよーな笑顔も、軟体動物系くねくねナルシー芸も、愛しくてならない。
 こんなに愛らしい、美しいイキモノがいていいのかと思う。
 好きで、好きで、終わって欲しくなくて、「今」が永遠に続けばいいと思った。

 オサコンは上演時間がどんどん延びていったね。梅芸楽は30分押しだっけ? 東京楽は1時間押しになったんだっけ?
 終わって欲しくなくて、永遠が欲しくて、拍手をし続けた。

 や、あのオサコンでわたし、まっつオチしたんですけどね。だからこそほんとに「終わらないで」と願った。
 まっつオチと、寿美礼サマへの傾倒は表裏一体で。離して語れるものではなくて。

 『あさきゆめみしII』千秋楽。
 ビミョーな黒髪ロング鬘姿のオサ様が、くしゃくしゃに笑っている。

 愛しいキャラクタが、「イェ〜〜ッ!!」と叫んでいる。

 好きで。ダイスキで。
 愛しくて愛しくて。

 このひとが、いなくなってしまうんだ。
 その事実が痛い。

 あの日の幸福さが、痛い。
 

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