順を追って書けば良かった。

 忙しさにかまけて整理するヒマもなくきちんとブログにUPすることもなく、本能のままに書きなぐっていたテキストも、モバイル用のミニパソコンの臨終と共に消失した。

 つーことでもう、「最初」の感想には戻れない。
 「最初」の感想を書き記すことなく、「次」の感想になってしまう。

 『夢の浮橋』のこと。

 初見ではとーぜん、主人公である匂宮@あさこを中心とした視界で観ていた。彼の物語として、観ていた。
 準主役である薫@きりやんは、よくわかんなかった。なんであんなにきれいじゃないんだろう、なんであんなに棒読みなんだろう、なんかくすんで見える、と思っていた。

 それが、だ。
 次に観たときは、薫の恐ろしさに、震撼していた。

 こわい。こわいんですけど、この人っ。

 罪と聖の物語であると同時に、狂と正の物語でもあるのか、これは?

 薫ってさ、アレ、狂ってるよね?

 正常の範囲には踏み止まっているけど。内側では、壊れてるよね、すでに。

 それを感じているからこそ、匂宮はなにかと薫を気にしているんだと思う。

 
 匂宮、薫、女一の宮の少年(少女)時代から、物語ははじまる。
 彼らの前に立つのは、光源氏@萬ケイ様。
 幼い彼らが愛してやまない偉大な人。

 されどその光る君はもう、この世の人ではない。
 心は壊れ、人形のような姿になっている。

 そして。

 己の罪ゆえに、愛ゆえに、壊れてしまった美しい人形は、ひとりの少年を選んで連れて行く。階段を、上っていく。
 「罪の子よ」……薫を。

 匂宮は、取り残される。
 彼も願ったのに。一緒に行きたいと。

 ……時は流れ、子どもたちは大人になる。
 罪に対しての聖として、無垢な輝きを放っていた子どもたち……少女・女一の宮の姿に、「大人」である女一の宮@あーちゃんの姿が二重写しになる。
「私たちも、罪を犯す年頃となりました」

 無垢だったものも、罪に汚れる。

 
 匂宮はずっと、取り残されたまま。
 薫に対抗し、薫を追いかけて、薫をかまって、現在に至るのに。
 薫は、ここにいない。
 宮中の宴に薫がいないと舞を止める匂宮は、たぶんそーやってずっと、薫を追い続けている。

 あの少年の日、階段を上がっていく薫を見送った……あのときのまま。

 幼なじみの3人。
 女一の宮を語り手に、匂宮を視点に物語は進み、薫はそれらの軸となる。
 匂宮は視点だから、物語という異世界を、観客であるわたしたちにつながなければならない。
 世界説明やらキャラクタ解説やらで、愛人ちゃんたちと愉快に歌い踊ったりして、まず彼は地ならしをする。
 「源氏物語」といったって、「宇治十帖」といったって、そんな特別なモノではなく、現代のわたしたちと変わらない世界なんだよ、と。だって主人公の匂宮は、こんなに「ふつう」の人だろう? と、見せつける。

 そこまではずっと、承前。
 物語がはじまるのは、薫が登場する瞬間からだ。

 紅葉の、暗い赤。
 乾いた血糊のような、禍々しい赤。

 その暗い情熱の中に、薫が立つ。

 薫は、今は亡き愛する人を想って歌う。彼の傍らには、大君の幻。

 えーっと、薫と大君ってべつに、両想いのラヴラヴ・カップルじゃなかったよね? たしか、振られてたよね?
 原作読んだのなんか大昔過ぎて忘却の彼方、しかも宇治まで行くともう飽きててトバしてたんでさっぱりわかんねえ(笑)。
 一度も愛されていない、つまりはいい思いもしていない、プラトニックというかストーカー的思い込みによる一方的な盛り上がりだよな?

 自分のものではなかった女、だからこそ彼の想い……歪みが、大きいのかもしれない。
 生身の女としての欠点だとか問題だとかは、実際につきあうから見えてくるもので、心だけで勝手に愛している分には最強、良いところしか見えない。
 存在しない幻の女じゃん、そんなの。
 バーチャル彼女じゃん。

 この世にないものを、ひとり愛し続ける薫。
 幻の女の袿を抱きしめて。

 壊れている。この男の心はどこか、この世とはべつのところにある。
 その姿は、冒頭の光源氏の姿にも似て。

 人形の、ように。

 その薫に、幻の女の代わりとして囲われた女、浮舟@しずく。
 今は亡き女の袿を羽織らされ、弾けもしない琴を与えられた女。

 匂宮は浮舟に興味を持つ。
 彼が知りたいのは薫だから。近づきたいのは薫だから。薫が大切に隠している女に、近づく。

 薫が狂気の世界にいるのに対し、匂宮はあまりにも真っ当で、ふつうの青年だ。
 だからこそなお、匂宮は薫に惹かれるのだろう。

 わたしたちの視点である匂宮には、わたしたちが理解しやすい「状況の変化」が起こる。
 兄・二の宮@あひの失脚だ。このことにより、匂宮が東宮候補になる。

 皇族と生まれた重責は兄が背負い、弟宮の気楽さで(それが処世術であったにしろ)粋な好男子として、自在に振る舞ってきたのに。まさかの展開。

 匂宮は、ただの軽薄お気楽トンボではない。女好きを装い、恵まれた才能を無駄に過ごしているのは、兄を思ってのことだろうさ。
 二の宮の背負ってきたモノの重さを知っているからこそ、彼の気持ちを知っているからこそ、あえて浮き名を流していた面もあるのだろうさ。
 資質がどうあれ、遊び人の弟より真面目な兄がこの国の王として相応しいのだと、内外に示すために。

 垣間見える、兄と弟の関係。
 凡才を努力で補おうとする兄と、兄を想うゆえに非才さを隠す弟。
 そんな弟に鬱屈したものを抱きつつ、その公正な人格から、なおも弟を愛している兄と。そんな兄だからこそ、愛している弟と。

 どれほど長い間、この兄弟は才能と立場の不相応さを誤魔化して生きてきたのだろう。
 ただ、愛ゆえに。

 二の宮から上宮太子の剣を渡された匂宮。上宮太子だよ、英雄だよ、改革者だよ、1万円札だよ。
 二の宮が人生を懸けて欲していたことを知っているのに……兄はそれを自ら手放すしかなかった、自分がそれを受け取ることになった、これは最悪の結末。

 二の宮と匂宮の関係は、どこか匂宮と薫の関係に似ていたかもしれない。

 匂宮がいるのは「こちら側」、わたしたちのいる側だ。
 現実、正気、常人の感覚、凡人の罪。
 わたしたちが理解できる範囲で彼はあがき、悩む。

 それが、ここではじめて彼は「日常」から外へ出て行く。
 彼にとっての「世界」とは貴族社会、宮中のみだ。そこから出るということは、「現実」の外へ足を踏み入れるということ。

 小宰相の君@あいあいにいざなわれ、彼は聖と闇が混ざり合う傀儡たちの祭りに参加する。
 純から濁へ、正気から狂気へ。

 渡ってはいけない川を渡る。
 見てはならないものを見る。

 あの少年の日、彼は置き去りにされた。
 光る君に手を引かれ、薫は階段を上っていった。

 あの階段の先にあったものを……匂宮は、垣間見る。

 
 続く。

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