シラナイヒト・しってるひと。@宝塚巴里祭2009
2009年7月14日 タカラヅカ あたしきっと、まっつを持ち上げることが出来ると思う。
わたしは体格のわりに非力で、力仕事がろくにできないでくのぼーなんだが。
それでも思った。
このまっつなら、持ち上がりそうだ。
客席降り中、間近で見るまっつはなんかすごく痩せていて、頬のラインとか確実に削げていて、腕とか腰とかすっげ細くって、ついでにまぁその、ちっこくってだ、わたしみたいな非力なおばさんでも持ち上げられそうだった。
こんなに頬が削げるまで、お稽古していたんだなーと思う。
頬骨が目立つくらい、がんばっていたんだなーと思う。
小さな顔に、目がやたら大きくて、それが動いていて、びびる。や、生きてるんだから動いて当然なんだけど、間近にまっつの顔があって目が動いたらびびる。わたしを見る見ない以前にびびる。
生きてるまっつにびびる。
本物のまっつにびびる。
あのー、知ってますか? 本物のまっつって、目ぇでかいんですよ。なんでかなあ、まっつって切れ長のイメージあるんだけど、素顔はマジで目ぇでかい。ちっちゃい顔にアンバランスなほどでかい。
ちっちゃい顔にアンバランスなほど、鼻がでかいのと同じで。
目と鼻のでかさが、なんか変。(ソコが好き・笑)
『宝塚巴里祭2009』最終日。
今まででいちばん後ろの席だった。でも、客席降りのまっつは、横で立ち止まって歌ってくれた。目線は、もらったよーなもらってないよーな。ま、それくらいの感じが、楽でいい。(まともに目が合ったら死ぬ)
真横にいるけど、別の方向を見て歌っているまっつの顔を、しみじみ眺めた。
お化粧は、すげー濃い。本気のヅカメイク。大劇場ぢゃないのに。ここまで描かなくてもいいのに。……てくらい、濃い。
その濃いぃメイクの下に、動いているでっかい目があって、改めてその生々しさにびびる。
なまままっつ体験。動揺しているのか、「ま」が1個多いけど訂正しない。大盛りなまっつっぽくていい。(意味不明)
まっつの歌声は、さらにのびていた。
2回目のときのよーな、なんか行き過ぎちゃった系のぶち切れたゆえの響く声ではなく、実力ゆえの技術ゆえの声だった。
初日は険しく息詰まる感じだったのが、2回目は突き抜けてオーラ放出、そして3回目は慣れたのか安定していた。
そして最後の4回目は、安定した上に、さらにのびやかだった。
ちょっと待った。
まっつって……まだ、のびしろあったのか。
ごめん、ファンのくせに「まっつってこんなん」と決めつけていた。
まっつの実力はこんなで、埋められる空間がこれくらいで、できないこととできることはこれとこれで……と、いつの間にか決めつけていた。
この『巴里祭』にて、まっつははじめて「真ん中」を体験した。
お勉強の場であり、お手本があって、お芝居である、新人公演とはわけがチガウ。ショーの真ん中だ。自分が座長として興行を行うんだ。
通常、ディナーショーの主演をするスターは、そこにたどり着くまでにみんな済ませている。バウなどで自分が主演として興行を牽引すること、その責任を負うこと。また、本公演のショーで1場面センターで踊ったり歌ったり、銀橋をひとりで渡りきったりカーテン前でひとりで歌ったり、台詞があり別の役になる芝居ではない、ショーで自分というキャラで「真ん中」を務めるという経験を、済ませる。ロケットのどさくさセンターとかではなく、ひとりで空間を埋める。
銀橋渡りきったことナイ、カーテン前すら任されたことナイ人が、なんでいきなり興行ひとつ主演打ってんだよ?
ふつーのスターさんが段階踏んでひとつずつ経験すること、すっ飛ばしていきなりですよ。
やったことナイ、見たことナイから、知らなかった。
まっつが「真ん中」をやると、どうなるのか。
学年と実力で、まあやるにはやるだろうと思っていたけれど、ぶっちゃけ「真ん中やりました」止まりかなと、思った。
「真ん中やりました」からまさか、さらにのびてくるとは、思ってなかった。
「真ん中」に立つことで素晴らしい華とオーラが開花し、ぴかーっと発光しはじめた……のではなく、や、残念ながらそっち方面ではなくて(笑)、歌の実力が、さらにのびた。
手堅く失敗しない優等生ラインで留まるのではなく、まださらにうまくなるんだこれが。
のびやかに、深く、心地よく。
歌声が、ぎゅ~~んっ、と、届く。
まだ、のびしろあったのか。いつも聴くあたりで限界なのかと思ってた。
「場」を与えられたら、まだのびるんだ?
今回はじめて与えられて。真ん中を、自分ひとりでステージを支配することを、1曲ひとりきりで歌いきることを、経験して。
のびるんだ。
じゃあじゃあ、これからさらになにか、今までにない場や立場が与えられたら、さらに変わるの? 知らないまっつを見せてくれるの?
すごいな。
なんかもお、すごいよ。
トークは本日が7月14日、まさに「巴里祭」の日であることを語って、まっつ個人タイム終了、下手側の下級生たちの「パリについて」の話は、前と同じ。
ただじゅりあがまた「ジェローデルという貴族」の話をしたので、まっつの美声傲慢台詞とマントさばきを再度堪能できました。
ジェローデルのコスプレしているときは(コスプレ言うな)、言動までジェローデルっぽくなっているのに、ジェローデルのカツラを取るといきなり「すみません、すみません」という、小心な市民モードに変わる……という小ネタが追加された(笑)。
あとのトークは台本通り、そつなく読み上げる(笑)。
カーテンコールは2回。
千秋楽でも、2回。初日からずっと同じ。
アンコール曲「愛の讃歌」を歌い終わったあと、再登場して下級生たちを呼び、みんなはけたあと下手からひとりちょろっと出てきて「気を付けてお帰り下さい」で終了。頑なに、2回だけ。
さすがに千秋楽の今日は、2回目のカテコで下手からひとりちょろっと、ではなく、ステージ中央まで行き、出演者全員で頭を下げた。……が、それで終わり。袖にはけしなに「気を付けてお帰り下さい」と言って終了。
千秋楽でも、この素っ気なさ?!
ふつー楽ってのは、何度もカテコするもんなんぢゃあ……?(笑) や、何回もでなくていいから、せめて通常よりは1回くらいは多く……。
あー……ほんとにまっつだ……とことんまっつだ……(笑)。
まだのびしろが? 知らないまっつが?
と、芸の上では思わせてくれるのに、まっつ個人の部分では、予想通りすぎるまっつが、そこに。
きっとものすごくものすごくがんばって、ちっちゃな顔がさらにちっちゃく、ニクが削げるほど努力して、素晴らしい歌声聴かせて、回数重ねるごとに進化して、深化して、なのにカテコは容赦なく「2回(ヅカ的お約束の最低回数)で終了」して。
過剰な感情も演出もすっぱり拒否って。
クールに、端正に。しれっと。
ええ。
泣きませんともさ彼、ぜんっぜん(笑)。予想通り。
わたしは体格のわりに非力で、力仕事がろくにできないでくのぼーなんだが。
それでも思った。
このまっつなら、持ち上がりそうだ。
客席降り中、間近で見るまっつはなんかすごく痩せていて、頬のラインとか確実に削げていて、腕とか腰とかすっげ細くって、ついでにまぁその、ちっこくってだ、わたしみたいな非力なおばさんでも持ち上げられそうだった。
こんなに頬が削げるまで、お稽古していたんだなーと思う。
頬骨が目立つくらい、がんばっていたんだなーと思う。
小さな顔に、目がやたら大きくて、それが動いていて、びびる。や、生きてるんだから動いて当然なんだけど、間近にまっつの顔があって目が動いたらびびる。わたしを見る見ない以前にびびる。
生きてるまっつにびびる。
本物のまっつにびびる。
あのー、知ってますか? 本物のまっつって、目ぇでかいんですよ。なんでかなあ、まっつって切れ長のイメージあるんだけど、素顔はマジで目ぇでかい。ちっちゃい顔にアンバランスなほどでかい。
ちっちゃい顔にアンバランスなほど、鼻がでかいのと同じで。
目と鼻のでかさが、なんか変。(ソコが好き・笑)
『宝塚巴里祭2009』最終日。
今まででいちばん後ろの席だった。でも、客席降りのまっつは、横で立ち止まって歌ってくれた。目線は、もらったよーなもらってないよーな。ま、それくらいの感じが、楽でいい。(まともに目が合ったら死ぬ)
真横にいるけど、別の方向を見て歌っているまっつの顔を、しみじみ眺めた。
お化粧は、すげー濃い。本気のヅカメイク。大劇場ぢゃないのに。ここまで描かなくてもいいのに。……てくらい、濃い。
その濃いぃメイクの下に、動いているでっかい目があって、改めてその生々しさにびびる。
なまままっつ体験。動揺しているのか、「ま」が1個多いけど訂正しない。大盛りなまっつっぽくていい。(意味不明)
まっつの歌声は、さらにのびていた。
2回目のときのよーな、なんか行き過ぎちゃった系のぶち切れたゆえの響く声ではなく、実力ゆえの技術ゆえの声だった。
初日は険しく息詰まる感じだったのが、2回目は突き抜けてオーラ放出、そして3回目は慣れたのか安定していた。
そして最後の4回目は、安定した上に、さらにのびやかだった。
ちょっと待った。
まっつって……まだ、のびしろあったのか。
ごめん、ファンのくせに「まっつってこんなん」と決めつけていた。
まっつの実力はこんなで、埋められる空間がこれくらいで、できないこととできることはこれとこれで……と、いつの間にか決めつけていた。
この『巴里祭』にて、まっつははじめて「真ん中」を体験した。
お勉強の場であり、お手本があって、お芝居である、新人公演とはわけがチガウ。ショーの真ん中だ。自分が座長として興行を行うんだ。
通常、ディナーショーの主演をするスターは、そこにたどり着くまでにみんな済ませている。バウなどで自分が主演として興行を牽引すること、その責任を負うこと。また、本公演のショーで1場面センターで踊ったり歌ったり、銀橋をひとりで渡りきったりカーテン前でひとりで歌ったり、台詞があり別の役になる芝居ではない、ショーで自分というキャラで「真ん中」を務めるという経験を、済ませる。ロケットのどさくさセンターとかではなく、ひとりで空間を埋める。
銀橋渡りきったことナイ、カーテン前すら任されたことナイ人が、なんでいきなり興行ひとつ主演打ってんだよ?
ふつーのスターさんが段階踏んでひとつずつ経験すること、すっ飛ばしていきなりですよ。
やったことナイ、見たことナイから、知らなかった。
まっつが「真ん中」をやると、どうなるのか。
学年と実力で、まあやるにはやるだろうと思っていたけれど、ぶっちゃけ「真ん中やりました」止まりかなと、思った。
「真ん中やりました」からまさか、さらにのびてくるとは、思ってなかった。
「真ん中」に立つことで素晴らしい華とオーラが開花し、ぴかーっと発光しはじめた……のではなく、や、残念ながらそっち方面ではなくて(笑)、歌の実力が、さらにのびた。
手堅く失敗しない優等生ラインで留まるのではなく、まださらにうまくなるんだこれが。
のびやかに、深く、心地よく。
歌声が、ぎゅ~~んっ、と、届く。
まだ、のびしろあったのか。いつも聴くあたりで限界なのかと思ってた。
「場」を与えられたら、まだのびるんだ?
今回はじめて与えられて。真ん中を、自分ひとりでステージを支配することを、1曲ひとりきりで歌いきることを、経験して。
のびるんだ。
じゃあじゃあ、これからさらになにか、今までにない場や立場が与えられたら、さらに変わるの? 知らないまっつを見せてくれるの?
すごいな。
なんかもお、すごいよ。
トークは本日が7月14日、まさに「巴里祭」の日であることを語って、まっつ個人タイム終了、下手側の下級生たちの「パリについて」の話は、前と同じ。
ただじゅりあがまた「ジェローデルという貴族」の話をしたので、まっつの美声傲慢台詞とマントさばきを再度堪能できました。
ジェローデルのコスプレしているときは(コスプレ言うな)、言動までジェローデルっぽくなっているのに、ジェローデルのカツラを取るといきなり「すみません、すみません」という、小心な市民モードに変わる……という小ネタが追加された(笑)。
あとのトークは台本通り、そつなく読み上げる(笑)。
カーテンコールは2回。
千秋楽でも、2回。初日からずっと同じ。
アンコール曲「愛の讃歌」を歌い終わったあと、再登場して下級生たちを呼び、みんなはけたあと下手からひとりちょろっと出てきて「気を付けてお帰り下さい」で終了。頑なに、2回だけ。
さすがに千秋楽の今日は、2回目のカテコで下手からひとりちょろっと、ではなく、ステージ中央まで行き、出演者全員で頭を下げた。……が、それで終わり。袖にはけしなに「気を付けてお帰り下さい」と言って終了。
千秋楽でも、この素っ気なさ?!
ふつー楽ってのは、何度もカテコするもんなんぢゃあ……?(笑) や、何回もでなくていいから、せめて通常よりは1回くらいは多く……。
あー……ほんとにまっつだ……とことんまっつだ……(笑)。
まだのびしろが? 知らないまっつが?
と、芸の上では思わせてくれるのに、まっつ個人の部分では、予想通りすぎるまっつが、そこに。
きっとものすごくものすごくがんばって、ちっちゃな顔がさらにちっちゃく、ニクが削げるほど努力して、素晴らしい歌声聴かせて、回数重ねるごとに進化して、深化して、なのにカテコは容赦なく「2回(ヅカ的お約束の最低回数)で終了」して。
過剰な感情も演出もすっぱり拒否って。
クールに、端正に。しれっと。
ええ。
泣きませんともさ彼、ぜんっぜん(笑)。予想通り。
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