彼が主人公だったとしたら。@天使のはしご
2012年4月5日 タカラヅカ 『天使のはしご』で気になるのは、視点の混乱。
一人称小説に、突然主人公以外の人の経験や感情が混ざる、気持ち悪さ。
もともと主人公はリジー@はるこ。彼女の心の変化、彼女の経験のみで物語は展開する。
だけどここはタカラヅカ。女の子主人公は許されない。だから無理矢理、主人公の相手役、でしかないダーシーさん@すずみんを主役ということにした。
ダーシーさんが主役でもいい。
それなら、完全に、主役にしろ。
リジー側の事情も心の変化も描く必要はない。だって主役じゃないんだもの。
描く必要があるのは、ダーシーさんのみ。
リジーを描くのは、ダーシーさんを通して。
両サイドの「高慢と偏見」を描く必要がある、なんて言い訳。リジー主役の今でもやってるんだから、ダーシーさんを完全主役にしてなお出来る。
ダーシーさんは、ふつうに主人公に出来ると思うんだ。少なくとも、植爺のフェルゼンよりは描きやすいだろう。
違う階級の者同士が恋に落ちるこの『天使のはしご』という物語にて、ダーシーさんは登場シーンですでにリジーにオチている。
彼女の率直な物言いや、聡明さに惹かれている。
身分違いという偏見を持っているので、そのあとのセレブだけの会話ではツンツン。でもそこからしてほんとは惚れちゃってるのがわかるようになっている。
ダーシーさんが主人公と言いながら、彼の心の変化は描かれない。
一応ツンツンしていたはずなのに、そこからデレへ至る過程が、まったく描かれていないんだ。
リジーの心の変化は全部追っていっているのに、ダーシーさんは事後承諾、次に出てきたときはもうデレ期、リジーにプロポーズしちゃいます。
ちがうだろ? 描くのは主役の心の変化、ダーシーさんがリジーをどう思い、それがどう変化したかを描かなければならない。
いちばん肝心なところをガン無視しといて、どの口が言うの、彼が主人公だって。
スズキケイって、主人公がどういうモノなのか理解せずに創作してるんだねえ……こわいねえ。
主人公と視点となる人が別の場合もあるが、この作品のリジーは視点じゃない。
素直に主人公も視点もダーシーさんにするべきだし、視点と分けたいならビングリーさん@みやるりを使うべき。
メインになるべきは、ダーシーさんの家庭問題、ウィカム@ともみんや妹ジョージアナ@りこちゃんの話、投げっぱなしの友人ビングリーさんのこと。
彼を「主役」に描くべきことは山ほどあるのに。
ダーシーさんがリジーに振られて雨の中絶唱→幕、という構成にしたいなら、そこまでをちゃんと描けよ……。ダーシーさんはいつどのようにナニがあって恋を自覚したんだよ……。
作品中、いちばん浮いているところが、主役の心情を歌った場面ってなんだよ。
リジーとダーシーさんの比重を全部ひっくり返して描くべきだ。
リジーが家族とばたばたやっているところは全カット、そこをダーシーさんサイドの物語にする。
ウィカムの物語を描いてあれば、彼がリジーに嘘情報を教える場面は書けるから、それで彼女が誤解してしまう流れは健在。
リジーについて描くべきは「誤解ゆえに、ダーシーさんを嫌っている」という一点のみだ。後は全部カットしていい。
1幕最初に上流階級の豪華な、されど感じ悪い宴の様子、中流階級以下の人々を偏見だらけでこきおろす。聡明なダーシーさんは自分から悪口は言わないけれど、セレブ様たちの会話を否定もしない。
次にパーティにて、リジーと出会う。
ひと目で好ましく思ったけれど、自覚はしない。
リジーたち一家を悪く言うセレブ様たちと、そんなことにはおかまいなしで恋に浮かれるビングリー。
中流階級の人間にひどい目に遭ったことを匂わしつつ、それゆえにビングリーをたしなめ、ふたりを別れさせる。それに自分の思いも重ねる。リジーへの気持ちにエンドマーク。
このへんで、ウィカムがリジーにイイ顔しつつ、嘘を並べ立てている描写。
階級ゆえに別次元の人だと切り捨てたはずなのに、なにかっちゃーリジーの話をしてしまい、周囲をにやにやさせたり、あきれさせたりしているダーシーさん。本人無自覚。
で、リジー再登場、姉とビングリーを別れさせたのがダーシーさんだと知り激怒。
そうとは知らないダーシーさん、生身のリジーに再会できたおかげで恋めらめら、プロポーズしてしまう。当然リジーは怒って拒絶。
ダーシーさんは雨の中でハートブレイク絶唱。
……で、いいじゃん。
2幕は微調整必要だけど、ほぼそのままでよし。
ダーシーさん主役なら、これくらい彼サイドの物語にしなきゃだめだ。
なんでこんな間違いをしちゃうのかなあ。
今のままなら、主人公はリジー。
ダーシーさんはその相手役。
別にそれでもかまわない。
主役じゃないけどダーシーさんはかわいいし。(かわいいのはすずみんの手柄で、作者の力ぢゃないけどなー)
リジー主人公ならば、1幕ラストはリジーで締めて欲しかった。物語のバランスとして。
主役の心が激しくなったところで幕、いいじゃないですか。主役じゃない人がいきなり1曲歌うから変なだけで。
ポスターもリジーがアップで、ダーシーさんはその後ろに小さく横顔で載る程度でいいっすよ。
また、はるこちゃんがねえ。
ステキに、主人公芝居。
『メイちゃんの執事』のときもそうだったけど、彼女は「主役」になっちゃうのね。
リアルで地に足着いた女の子。フェアリーっぽさが薄いこともあり、彼女に主役をやらせると、本当に主役になってしまう。
主演であるはずの男役を食ってしまう……リアルさにおいて。
『天使のはしご』、おもしろかったよ。
おもしろかったけど、構成の間違いっぷりは、気になった。
スズキケイめ。
一人称小説に、突然主人公以外の人の経験や感情が混ざる、気持ち悪さ。
もともと主人公はリジー@はるこ。彼女の心の変化、彼女の経験のみで物語は展開する。
だけどここはタカラヅカ。女の子主人公は許されない。だから無理矢理、主人公の相手役、でしかないダーシーさん@すずみんを主役ということにした。
ダーシーさんが主役でもいい。
それなら、完全に、主役にしろ。
リジー側の事情も心の変化も描く必要はない。だって主役じゃないんだもの。
描く必要があるのは、ダーシーさんのみ。
リジーを描くのは、ダーシーさんを通して。
両サイドの「高慢と偏見」を描く必要がある、なんて言い訳。リジー主役の今でもやってるんだから、ダーシーさんを完全主役にしてなお出来る。
ダーシーさんは、ふつうに主人公に出来ると思うんだ。少なくとも、植爺のフェルゼンよりは描きやすいだろう。
違う階級の者同士が恋に落ちるこの『天使のはしご』という物語にて、ダーシーさんは登場シーンですでにリジーにオチている。
彼女の率直な物言いや、聡明さに惹かれている。
身分違いという偏見を持っているので、そのあとのセレブだけの会話ではツンツン。でもそこからしてほんとは惚れちゃってるのがわかるようになっている。
ダーシーさんが主人公と言いながら、彼の心の変化は描かれない。
一応ツンツンしていたはずなのに、そこからデレへ至る過程が、まったく描かれていないんだ。
リジーの心の変化は全部追っていっているのに、ダーシーさんは事後承諾、次に出てきたときはもうデレ期、リジーにプロポーズしちゃいます。
ちがうだろ? 描くのは主役の心の変化、ダーシーさんがリジーをどう思い、それがどう変化したかを描かなければならない。
いちばん肝心なところをガン無視しといて、どの口が言うの、彼が主人公だって。
スズキケイって、主人公がどういうモノなのか理解せずに創作してるんだねえ……こわいねえ。
主人公と視点となる人が別の場合もあるが、この作品のリジーは視点じゃない。
素直に主人公も視点もダーシーさんにするべきだし、視点と分けたいならビングリーさん@みやるりを使うべき。
メインになるべきは、ダーシーさんの家庭問題、ウィカム@ともみんや妹ジョージアナ@りこちゃんの話、投げっぱなしの友人ビングリーさんのこと。
彼を「主役」に描くべきことは山ほどあるのに。
ダーシーさんがリジーに振られて雨の中絶唱→幕、という構成にしたいなら、そこまでをちゃんと描けよ……。ダーシーさんはいつどのようにナニがあって恋を自覚したんだよ……。
作品中、いちばん浮いているところが、主役の心情を歌った場面ってなんだよ。
リジーとダーシーさんの比重を全部ひっくり返して描くべきだ。
リジーが家族とばたばたやっているところは全カット、そこをダーシーさんサイドの物語にする。
ウィカムの物語を描いてあれば、彼がリジーに嘘情報を教える場面は書けるから、それで彼女が誤解してしまう流れは健在。
リジーについて描くべきは「誤解ゆえに、ダーシーさんを嫌っている」という一点のみだ。後は全部カットしていい。
1幕最初に上流階級の豪華な、されど感じ悪い宴の様子、中流階級以下の人々を偏見だらけでこきおろす。聡明なダーシーさんは自分から悪口は言わないけれど、セレブ様たちの会話を否定もしない。
次にパーティにて、リジーと出会う。
ひと目で好ましく思ったけれど、自覚はしない。
リジーたち一家を悪く言うセレブ様たちと、そんなことにはおかまいなしで恋に浮かれるビングリー。
中流階級の人間にひどい目に遭ったことを匂わしつつ、それゆえにビングリーをたしなめ、ふたりを別れさせる。それに自分の思いも重ねる。リジーへの気持ちにエンドマーク。
このへんで、ウィカムがリジーにイイ顔しつつ、嘘を並べ立てている描写。
階級ゆえに別次元の人だと切り捨てたはずなのに、なにかっちゃーリジーの話をしてしまい、周囲をにやにやさせたり、あきれさせたりしているダーシーさん。本人無自覚。
で、リジー再登場、姉とビングリーを別れさせたのがダーシーさんだと知り激怒。
そうとは知らないダーシーさん、生身のリジーに再会できたおかげで恋めらめら、プロポーズしてしまう。当然リジーは怒って拒絶。
ダーシーさんは雨の中でハートブレイク絶唱。
……で、いいじゃん。
2幕は微調整必要だけど、ほぼそのままでよし。
ダーシーさん主役なら、これくらい彼サイドの物語にしなきゃだめだ。
なんでこんな間違いをしちゃうのかなあ。
今のままなら、主人公はリジー。
ダーシーさんはその相手役。
別にそれでもかまわない。
主役じゃないけどダーシーさんはかわいいし。(かわいいのはすずみんの手柄で、作者の力ぢゃないけどなー)
リジー主人公ならば、1幕ラストはリジーで締めて欲しかった。物語のバランスとして。
主役の心が激しくなったところで幕、いいじゃないですか。主役じゃない人がいきなり1曲歌うから変なだけで。
ポスターもリジーがアップで、ダーシーさんはその後ろに小さく横顔で載る程度でいいっすよ。
また、はるこちゃんがねえ。
ステキに、主人公芝居。
『メイちゃんの執事』のときもそうだったけど、彼女は「主役」になっちゃうのね。
リアルで地に足着いた女の子。フェアリーっぽさが薄いこともあり、彼女に主役をやらせると、本当に主役になってしまう。
主演であるはずの男役を食ってしまう……リアルさにおいて。
『天使のはしご』、おもしろかったよ。
おもしろかったけど、構成の間違いっぷりは、気になった。
スズキケイめ。
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