愛の矢印の方向と。@ドン・カルロス
2012年5月12日 タカラヅカ 今さらだけど『ドン・カルロス』のいろんなこと。
カルロス@キムとレオノール@みみの関係、心の矢印の証し方がうまいなあと。
わたしは片想いスキーなので、今回カルロスの爆裂片想いっぷりがツボ。
オープニングの狩り場からひとりはぐれた形で銀橋に登場したカルロスは、その孤独を歌い「こんな自分が愛する人は……」と話を展開させる。
ここではまだ、「愛する人」の名前は出さない。
だけど、「♪その人の名は……」のあとに、登場した女官を見て、「レオノール」と呼ぶんだよね。
名前は言っていない。でも、言ったのと同じ。
うれしそうに笑う。
子どもの頃の話なんかをはじめる。
カルロスが、現れた女官に友好的なことがわかる。
なのにその女官……レオノールは、聞いちゃいねえ。
レオノールはお役目大事。主のイサベル@あゆみをエスコートすることしか考えてない。
「思い出の場所でなつかしい子に会えた」とうれしげなカルロスとの、温度差。
カルロスの愛する人は誰なのか。
わたしたちはトップスターの相手役はトップ娘役だと知っているから、最初からネタバレしているわけだけど、ふつうに作品だけ脚本演出だけ見ると、わざと伏せられている。
タカラヅカで、「愛しているし、それを隠すわけではないけれど、この場ではあえて伏せている」という構成はめずらしいと思う。
全年齢対象のわかりやすく短時間で起承転結するエンタメであるタカラヅカでは、トップスターが誰を愛しているかは、いつだって即表現が基本。誰を愛しているのかわからない状態を作る時間もなければ、観客にそんな機微を求めもしない。
スターはいつも、愛に一途、一直線。愛を表現しない・できない状況……「恋に落ちたけど気づいていない」とか「禁断の恋に耐えている」とかならアリだけど、それ以外はアモーレ、ジュテーム、愛をうるさく訴える。
カルロスが誰を愛しているのか。
それは次の場面、王の謁見に引き継がれる。
結ばれない相手との恋をほのめかすカルロスに、フェリペ二世@まっつはイサベルとの関係を疑う。
ミステリ的な展開ですな。
ちゃんと段階踏んで疑惑が大きくなるようにしてある。
カルロスがようやく心の内を言葉にするのはさらにあと、学友たちと別れ、自室にひとりになってから。
……ひとりにならないと、愛する人のことも想えない。家族にも、友だちにも、真実は打ち明けられない。そんな孤独な王子。
仲間とはぐれたひとりぼっちの銀橋で、心の内を歌っていたように。
銀橋で「みなに愛されうらやまれる立場だが、本当は孤独だ」と歌った、その歌が真実であると、なんの誇張も嘘偽りもないと、実際に父や民、友人たちとの関係を見せることで、観客に提示したんだよね。
マドリードの民たちはあんなにカルロスを慕っている。フアナ@リサリサやルイ・ゴメス@がおりもカルロスを愛し、かわいがっている。友人たちからは尊敬と愛情を受けている。実の父フェリペ二世とは隔たりがある。
銀橋の歌、そのままだ。
同じ様式で表現して見せ、そこから「愛する人」の話へつながる。なんて計算された構成。
「♪その人の名は……」と、銀橋の歌の続きを、歌う。
ここではじめて、ようやく。
「レオノール」と名を呼ぶ。
あの女官がそうだったのか。観客ははじめて知るわけだ。
フェリペ二世がイサベルとの関係を疑ったように、観客も「ひょっとして?」と揺れるわけだから、正解を得て記憶を振り返り「そういえば、冒頭で会ったときにやたらうれしそうだったし、イサベルの勝手な行動でレオノールが責められないか、やたら気にしてたよな」と思い、「なるほど、そういうことだったのか」と納得する。
主人公の愛の矢印をあえて伏せて、疑惑とそれゆえの行動を周囲に起こさせる。
構成上伏せてあるだけで、主人公にブレはない。
だから愛の矢印を明かしたところから、物語がふたつ進みはじめる。カルロスが愛しているレオノールとの物語と、カルロスが愛していると周囲が勝手に思っているイサベルとの物語が。
また、カルロス自身の矢印はレオノールに向いていると提示されたが、レオノールがどうなのか、これまたすぐには明かされない。
ヅカではめずらしい。
ここまで引っ張ってようやく「愛する人はレオノール」と脚本上明かしたカルロス。
解禁!とばかりに愛を歌う。
そこへ、愛するレオノール自身が現れる。
これも、冒頭場面と同じ展開。孤独の表現→愛する人の名は→レオノール登場。
切ないことに、そのあとの展開も同じ。
愛する人を思っていたら、その人自身が現れた。愛が通じた?とか、やっぱり運命の赤い糸で結ばれている?とか、盛り上がって当然、実際カルロス、テンション上がりまくり。
なのにレオノールは、お役目大事、仕事でやってきただけで低温。カルロス空回り。
レオノールが来た!とわかった瞬間のカルロスの舞い上がりっぷりと、仕事できただけだとわかったときの落ちっぷりの、差がすごい。
立場的にろくに会えない、会っても言葉を交わせない初恋の幼なじみと、なつかしい場所で再会、でもやっぱりろくに話せなかった……その夜に、部屋まで忍んで来てくれたら、そりゃ舞い上がるって。期待するって。
もっと話したかった、そう思ったのは自分だけじゃなかった。女の身で、男の寝室の下まで忍んでくるなんて、そこまでさせてしまった・してくれるなんて、感激!
大喜びするカルロス。
恋愛モード全開で庭へ降りて。
肩すかしくらったときの、顔。
「ノーラ(はぁと)」と甘さ全開だったのに、またですます調に戻ったり。
切ない。
切ないよカルロス!
レオノールは立場をわきまえ、自分の心を見せない。ついこぼれてしまいそうになるが、凛と律する。
カルロスとしては、ここは愛の告白、プロポーズ場面なんだよね。
子どもの頃の誓い、「生涯懸けて愛し抜く」を口にしたわけだから。
なのに、レオノールには拒絶。
子どもの頃から思い続けた相手に、振られた。
身分を理由にしているし、実際その通りなんだけど、身分を超えるほど愛してくれていないってことで。いや、超えるほど愛されたとして、カルロスになにができるわけでもなく。
あらゆる意味で、失恋。
だから、もう二度と会わない。会えない。
カルロスは笑って、おどけて、「遠く離れてあなたのしあわせを祈ります」と告げる。
相手に負担をかけない。どんなときも、相手を思いやる。それがカルロス。
たったひとつの愛を失ってなお、道化のように笑う。
言葉を絞り出したあと、顔を歪めて走り去る。泣き顔を見せないために。
そんなカルロスの想いを、レオノールはすべてわかっている。
ずーっと伏せられていたレオノールの真実が明かされるのが、そのあとの場面。
カルロスが去ったあとの、レオノールの背中が切ない。
愛する人を拒絶して、傷つけて。強がらせて。泣きたいのに相手のためにあえて笑う、そんなことまでさせて。
ふたりともが、ふたり分、傷ついて。
ひとり歩き出す、レオノールの背中が切ない。
ここまで伏せられてきた、ここまで耐えてきた、レオノールの想いが爆発する。
彼女の愛の矢印がどこへ向かっているのか、正解がようやく明かされる。
うまいよなあ、この構成。
満天の星の中、おなじ旋律で愛を歌うレオノールとカルロス。
愛を拒絶されたカルロスもまた、変わることなくレオノールを思っている。
この愛は、損なわれることがない。相手に否定されたからって、自分の思いは変わらない。
カルロスとレオノールの物語は、互いの矢印の向きが確認されたところで、一旦完結、一部完、はいここでCM、みたいな。
しかし、矢印が伏せられていたことでスタートした、もうひとつの物語が進行している。
すなわち、カルロスがイサベルを愛していると誤解している人たちの物語。
キムシンなのに、構成が密でびびります(笑)。
うまいよね。
カルロス@キムとレオノール@みみの関係、心の矢印の証し方がうまいなあと。
わたしは片想いスキーなので、今回カルロスの爆裂片想いっぷりがツボ。
オープニングの狩り場からひとりはぐれた形で銀橋に登場したカルロスは、その孤独を歌い「こんな自分が愛する人は……」と話を展開させる。
ここではまだ、「愛する人」の名前は出さない。
だけど、「♪その人の名は……」のあとに、登場した女官を見て、「レオノール」と呼ぶんだよね。
名前は言っていない。でも、言ったのと同じ。
うれしそうに笑う。
子どもの頃の話なんかをはじめる。
カルロスが、現れた女官に友好的なことがわかる。
なのにその女官……レオノールは、聞いちゃいねえ。
レオノールはお役目大事。主のイサベル@あゆみをエスコートすることしか考えてない。
「思い出の場所でなつかしい子に会えた」とうれしげなカルロスとの、温度差。
カルロスの愛する人は誰なのか。
わたしたちはトップスターの相手役はトップ娘役だと知っているから、最初からネタバレしているわけだけど、ふつうに作品だけ脚本演出だけ見ると、わざと伏せられている。
タカラヅカで、「愛しているし、それを隠すわけではないけれど、この場ではあえて伏せている」という構成はめずらしいと思う。
全年齢対象のわかりやすく短時間で起承転結するエンタメであるタカラヅカでは、トップスターが誰を愛しているかは、いつだって即表現が基本。誰を愛しているのかわからない状態を作る時間もなければ、観客にそんな機微を求めもしない。
スターはいつも、愛に一途、一直線。愛を表現しない・できない状況……「恋に落ちたけど気づいていない」とか「禁断の恋に耐えている」とかならアリだけど、それ以外はアモーレ、ジュテーム、愛をうるさく訴える。
カルロスが誰を愛しているのか。
それは次の場面、王の謁見に引き継がれる。
結ばれない相手との恋をほのめかすカルロスに、フェリペ二世@まっつはイサベルとの関係を疑う。
ミステリ的な展開ですな。
ちゃんと段階踏んで疑惑が大きくなるようにしてある。
カルロスがようやく心の内を言葉にするのはさらにあと、学友たちと別れ、自室にひとりになってから。
……ひとりにならないと、愛する人のことも想えない。家族にも、友だちにも、真実は打ち明けられない。そんな孤独な王子。
仲間とはぐれたひとりぼっちの銀橋で、心の内を歌っていたように。
銀橋で「みなに愛されうらやまれる立場だが、本当は孤独だ」と歌った、その歌が真実であると、なんの誇張も嘘偽りもないと、実際に父や民、友人たちとの関係を見せることで、観客に提示したんだよね。
マドリードの民たちはあんなにカルロスを慕っている。フアナ@リサリサやルイ・ゴメス@がおりもカルロスを愛し、かわいがっている。友人たちからは尊敬と愛情を受けている。実の父フェリペ二世とは隔たりがある。
銀橋の歌、そのままだ。
同じ様式で表現して見せ、そこから「愛する人」の話へつながる。なんて計算された構成。
「♪その人の名は……」と、銀橋の歌の続きを、歌う。
ここではじめて、ようやく。
「レオノール」と名を呼ぶ。
あの女官がそうだったのか。観客ははじめて知るわけだ。
フェリペ二世がイサベルとの関係を疑ったように、観客も「ひょっとして?」と揺れるわけだから、正解を得て記憶を振り返り「そういえば、冒頭で会ったときにやたらうれしそうだったし、イサベルの勝手な行動でレオノールが責められないか、やたら気にしてたよな」と思い、「なるほど、そういうことだったのか」と納得する。
主人公の愛の矢印をあえて伏せて、疑惑とそれゆえの行動を周囲に起こさせる。
構成上伏せてあるだけで、主人公にブレはない。
だから愛の矢印を明かしたところから、物語がふたつ進みはじめる。カルロスが愛しているレオノールとの物語と、カルロスが愛していると周囲が勝手に思っているイサベルとの物語が。
また、カルロス自身の矢印はレオノールに向いていると提示されたが、レオノールがどうなのか、これまたすぐには明かされない。
ヅカではめずらしい。
ここまで引っ張ってようやく「愛する人はレオノール」と脚本上明かしたカルロス。
解禁!とばかりに愛を歌う。
そこへ、愛するレオノール自身が現れる。
これも、冒頭場面と同じ展開。孤独の表現→愛する人の名は→レオノール登場。
切ないことに、そのあとの展開も同じ。
愛する人を思っていたら、その人自身が現れた。愛が通じた?とか、やっぱり運命の赤い糸で結ばれている?とか、盛り上がって当然、実際カルロス、テンション上がりまくり。
なのにレオノールは、お役目大事、仕事でやってきただけで低温。カルロス空回り。
レオノールが来た!とわかった瞬間のカルロスの舞い上がりっぷりと、仕事できただけだとわかったときの落ちっぷりの、差がすごい。
立場的にろくに会えない、会っても言葉を交わせない初恋の幼なじみと、なつかしい場所で再会、でもやっぱりろくに話せなかった……その夜に、部屋まで忍んで来てくれたら、そりゃ舞い上がるって。期待するって。
もっと話したかった、そう思ったのは自分だけじゃなかった。女の身で、男の寝室の下まで忍んでくるなんて、そこまでさせてしまった・してくれるなんて、感激!
大喜びするカルロス。
恋愛モード全開で庭へ降りて。
肩すかしくらったときの、顔。
「ノーラ(はぁと)」と甘さ全開だったのに、またですます調に戻ったり。
切ない。
切ないよカルロス!
レオノールは立場をわきまえ、自分の心を見せない。ついこぼれてしまいそうになるが、凛と律する。
カルロスとしては、ここは愛の告白、プロポーズ場面なんだよね。
子どもの頃の誓い、「生涯懸けて愛し抜く」を口にしたわけだから。
なのに、レオノールには拒絶。
子どもの頃から思い続けた相手に、振られた。
身分を理由にしているし、実際その通りなんだけど、身分を超えるほど愛してくれていないってことで。いや、超えるほど愛されたとして、カルロスになにができるわけでもなく。
あらゆる意味で、失恋。
だから、もう二度と会わない。会えない。
カルロスは笑って、おどけて、「遠く離れてあなたのしあわせを祈ります」と告げる。
相手に負担をかけない。どんなときも、相手を思いやる。それがカルロス。
たったひとつの愛を失ってなお、道化のように笑う。
言葉を絞り出したあと、顔を歪めて走り去る。泣き顔を見せないために。
そんなカルロスの想いを、レオノールはすべてわかっている。
ずーっと伏せられていたレオノールの真実が明かされるのが、そのあとの場面。
カルロスが去ったあとの、レオノールの背中が切ない。
愛する人を拒絶して、傷つけて。強がらせて。泣きたいのに相手のためにあえて笑う、そんなことまでさせて。
ふたりともが、ふたり分、傷ついて。
ひとり歩き出す、レオノールの背中が切ない。
ここまで伏せられてきた、ここまで耐えてきた、レオノールの想いが爆発する。
彼女の愛の矢印がどこへ向かっているのか、正解がようやく明かされる。
うまいよなあ、この構成。
満天の星の中、おなじ旋律で愛を歌うレオノールとカルロス。
愛を拒絶されたカルロスもまた、変わることなくレオノールを思っている。
この愛は、損なわれることがない。相手に否定されたからって、自分の思いは変わらない。
カルロスとレオノールの物語は、互いの矢印の向きが確認されたところで、一旦完結、一部完、はいここでCM、みたいな。
しかし、矢印が伏せられていたことでスタートした、もうひとつの物語が進行している。
すなわち、カルロスがイサベルを愛していると誤解している人たちの物語。
キムシンなのに、構成が密でびびります(笑)。
うまいよね。
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