まさお、ちゃぴ、トップスターお披露目公演初日おめでとう!

 いろいろへこんだりオフが大変だったりしておりますが、それでも、無事に『ロミオとジュリエット』初日観劇。

 劇場を満たすあの緊張感と熱い大きな拍手。
 まさちゃぴの一心不乱ぶりから、パレードでの笑顔に行き着くまで、いやほんと、こちらも夢中で見つめておりました。

 力のある作品で、若いトップコンビと新生月組が、どう変わっていくのか、心から楽しみです。

 てことで、これはとにかく「初日」の感想。
 これからまたきっと、舞台もわたしの感じ方も変わっていくと思う。

 『ロミジュリ』再演に贔屓が出演しており、ヅカヲタ人生最高のハマり方とリピートをした身ゆえ、偏った見方にはなると思う。
 生まれてはじめてヅカ版『ロミジュリ』を観た人と同じ目は持てないから。

 今回の公演では、主役のロミオと敵役のティボルトが、トップスターと準トップの役替わりとなっている。
 それも踏まえた上で、なんというか。

 まさおとみりおの、特性の差を、思い知った。

 まさおのロミオに違和感はなかった。
 あ、こういうロミオなんだろう、と。

 違和感でどーしよーもなかったのが、みりおくんのティボルトだ。

 わたしは今までに、3人のティボルトを観た。
 初演星組のかなめくん。再演雪組のヲヅキ。再演雪組新公のりんきら。
 みんな、別人だった。
 だから4人目のティボルト、みりおくんが過去のティボルトと別人、新しいティボルトであることになんの疑問もない。

 だが、なんというか……わたしが感じる「ティボルト」というキャラクタから、もっとも遠いティボルトだった。

 痛感したのは、みりおくんがどーしよーもなく、宿命的に運命的に、「ヒーロー」役者だということだ。

 ティボルトは、敵役である。
 是非はともかく、アンチヒーロー、ゆがみ、間違った男である。

 それが……。
 みりおくんのティボルトから発せられる、「ヒーロー」性。
 正しいのはティボルト、ヒーローはティボルト、苦悩も凶行も、彼がヒーローであるがゆえ。

 いや、その。
 ティボルトが心正しいヒーローでもいいのかもしれないけど……わたしが知っているヅカ版『ロミジュリ』のティボルトってそーゆーキャラじゃなかったからさー。

 すごい違和感。

 それなら、正しい主人公はティボルトで、ロミオは間違った人なのか、『エル・アルコン』のように、ゆがんだ男が真ん中で、準主役が正義の人なのか。
 というと、そうでもない。

 まさおロミオもまた、「主役」としての芝居をしている。

 まさおは「ヒーロー」じゃない。彼は「ロミオ」。あまったるいところを多分に持った男の子。

 主役が「ヒーロー」ではないけど「主役」である芝居をしていて、敵役が「誰よりも強く正しいヒーロー」として同時に存在する……。

 なんだこれ。
 すげー、落ち着き悪い……。

 や、新作なら「そーゆー、新しい試みの作品」だと思うけど。

 3回目の上演になる作品だと、「何故今回だけこんなことに??」となる。

 イケコが新しい演出に目覚めたとも思えないので、単にみりおくんの芸風なんだと思った。

 なにをやっても、どんな役だとしても、正しくなる。

 ヒーローになる。

 それは、タカラヅカスターとして、正しい資質だ。
 このまま突っ走ってください。

 しかし、ティボルトはきついわー……。
 早くロミオが見たい。
 みりおくんのこの「ヒーロー」性が、「正しさ」が、ロミオというすばらしい役に出会ったときの開花っぷりを見たい。


 ところで乳母@圭子ねーさまは、あれが演出なんですか……? イケコが新しい乳母像を創ろうとして、あーゆーキャラクタに指定されてしまったの?

 圭子ねーさまスキーとして、乳母という役のファンとして、すっげー期待値が高くて、それゆえ心のハードルが高く設定されすぎてたのかもしれない。ねーさまの歌声大好きなんだもん。

 母性や人間味より、コミカルさに走ったキャラ設定に盛大に肩を落としました……。
 おてもやんメイクのコマの方が、ずっと母性のあるキャラだったよ……。ああこの人はジュリエットの母親なんだ、と思えた。
 しかし圭子ねーさまの乳母は、ただ無神経なだけに見えた……。
 れみちゃんで大泣きし、コマで泣いた乳母のソロで、ぽかーんとしたまま終わるとは思わなかったよ……。
 何故あんなキャラクタなの……ジュリエットを孤独にさせるため? 父にも母にも、そして育ての母にも恵まれなかった子、ということにしたかったのかしら。

 乳母が無神経だと、こんなに虚しい物語になるのか。

 いやその、歌はうまいんですが。うーむ。


 『ロミジュリ』の主要人物って、数少ないじゃないですか。
 その数少ない主要役のうちのふたり、ティボルトと乳母の、作品に対する方向性がえらく違うもんで、バランス悪く感じた。

 ロミオとジュリエットの、「ふたりだけ感」が、半端なく強かった。

 ロミオ@まさおは、マーキューシオ@みやるり、ベンヴォーリオ@マギーと、あんまし仲良くなさそうっていうか、言うほど「親友」とは思えなかった。
 ぶっちゃけ、友だち、いない?てなタイプにも見えた。

 表面的なつきあいの「親友」しかいない、孤独な御曹司。
 だからこそ彼は、恋にのめり込む。
 「親友」にはひとことの相談もなく、ジュリエット@ちゃぴと結婚する。

 ロミオはジュリエットしか見えていない。

 「ロミオとジュリエット」だから、それでいいのかな。
 ヅカ版『ロミジュリ』はふたりの恋愛だけでなく、青春群像っていうか、ロミオの友情面もクローズアップされた作りだと思ってたんだが。

 ロミオとジュリエットがニコイチで、ティボルトも乳母も好きな方向へ走ってるし、ベンマーもそれほど仲良しそうじゃないし……なんかとっても個人芸な感じ。

 きっとここから変わっていくんだろう。
 あとから読み返して「初日ってそんな風に思ったの? 今とぜんぜん違うわ」と思うために、違和感だけメモ。
 や、リピート予定なので、早々に上書きされちゃうと思うから。


 フィナーレはポカーンでした。
 『ロミジュリ』と世界観違いすぎて……パレードもあれでいいのか……? わ、わかいひとには、いいのかな……。おばちゃん、びっくりしたわー。

 個人的に、愛と死が歌いながら降りてくるのは、どうかと。彼らは最後まで「声」を出したらいかんと思うの……「ファンタジー」が崩れるっちゅーか。や、パレードは別モノだとわかっちゃいるが。「作品」ファンとして。


 ラストのまさみりちゃぴのはじけた笑顔に、この子たちがどんだけのモノを背負って、今日の舞台をやり遂げたのかと、勝手に想像して切なくなり、愛しさが増すのことよ。

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