1998年。
 宝塚歌劇団に5つめの組、宙組が出来た。

 最初の公演は、『エクスカリバー』『シトラスの風』。
 発売日、いつものように梅田へ並びに行ったわたしは、とんでもなくいい番号を引いて、好きな日時のチケットを買うことが出来、やたらめったら興奮していたと思う。
 贔屓組でないと、いい番号引けちゃうんだ。そんな話を、友だちとしていた。

 たかちゃんと花ちゃんが好きだったわたしは、複数回観劇した。雪組ファンだったので、元雪組の宙組っこに客席からエールを送っていた。

 初舞台生公演だったから、もちろん研1生口上とラインダンスがあった。

 しかし、当時のわたしは初舞台生になんの興味もない。出来上がったスターさんに夢中で、全員同じ顔に見えるロケットはただぼーっと眺めていただけだ。

 初日を観たかどうかおぼえていないのだが、千秋楽は観に行ったはず。たかちゃんのアドリブにきゃーきゃー言っていたので。

 今、自分が確実に見たはずの回の、初舞台生口上のメンバーを確認した。

 音月桂・舞城のどか・高宮千夏

 今なら全員わかる。でも当時はまったく眼中にないままだった。

 あそこに、彼らはいた。
 あのとき、あの舞台に、彼らはいた。

 音月桂サヨナラショーにて、『シトラスの風』を歌う84期の4人、みっちゃん、まっつ、キム、ゆめみちゃん。

 あれから、15年。

 長いよ。
 長い時間だよ。

 わたし自身変わった。わたしの周囲だって変わった。タカラヅカも変わった。世の中も変わった。
 その年生まれた赤ん坊が、中学3年生になっている、そんな時間。

 わたしがまだ知らないときに、知らないところで、彼らはいて、歌い踊っていた。彼らはもう、彼らとして存在していた。

 いやそれは、当たり前のこと。
 すべての人が、わたしと出会う前にもふつーに存在しているわけで、ふつーに人生を送っている。
 彼らだけでなく、世界中の人々が、そう。

 でもわたしには、とてつもないことに思えた。

 あの頃、わたしは知らなかった。

 あのラインダンスの少女たちの中に、音月桂がいること。未涼亜希がいること。

 こんなに、大好きになる人がいることを、知らなかった。

 ただぼーっと見ていた。なんの疑問も感動もなかった。あるのが当たり前、与えられるのが当たり前と、なんのキモチもなく受け止めていた。

 当たり前のことなんて、なにもないのに。

 ものすごい確率の偶然だとか努力だとかめぐり合わせだとか、人為と天意が重なって、現在がある。
 きっとなにかひとつボタンが掛け違っていても、現在はなにかしら違った形になっていた。

 15年、と思うと、途方もない。
 15年前の自分を、周囲の人を、思い返すだけで、どれだけ大きく変わっているか。
 その途方もなさを超えて、キムくんがいる。まっつがいる。

 『シトラスの風』の同期並び場面を観たときにわきあがったのは感動であり……感謝だった。

 ありがとう。

 15年前、ただの固まりだった、個別に考えることもない、ラインダンスの少女たちだった。
 そこで終わることなく、ここまで来てくれた。
 こんなに魅力的になり、大好きにさせてくれた。

 ありがとう。

 こんなに、こんなに、好きにならせてくれた。

 出逢えて良かった。
 好きになれて良かった。

 人生ってすごい。
 生きるってすごい。

 なんとも思わなかったあの「ヤッ」の女の子たちの中から、こんなに大好きになれる人たちができるんだ。
 最初から「運命の出会い!!」である必要はない。
 すべての出会いは無駄じゃないんだ。人生は無駄じゃないんだ。
 「ふつう」だったあの頃に、宝物が眠っていたように。

 だからもう、なにもかもが愛しい。


 とまあ、『シトラスの風』に限らず、泣き通しだったんですがね。

 「エメ」@『ロミオとジュリエット』ではじまったサヨナラショー。
 舞台には、キムくんひとり。
 『ロミオとジュリエット』、なのに、ロミオだけ。どうしてソロで歌うの、みみちゃんは?

 すぐにわかった、わたしたちが、「ジュリエット」だ。

 あそこにいるのはロミオ。
 客席にいるのが、わたしたちが、ジュリエット。

 「永遠」の愛を、彼は誓ってくれている。

 わたしたちに。


 キムくんのサヨナラショーでどの曲があるか、あまりちゃんと考えていたわけじゃないけど、安心していた。
 わたしが聴きたい「ニコライとプガチョフ」「世界の王」は絶対あるだろう。あと、「心から心へ」も絶対ある。これはラストソングで雪組全員で歌い上げかな。
 これだけははずれないと、勝手に思い込んでいた。
 で、これだけ聴ければあとは構成がどうとか演出がどうとか、まったく気にならない。

 なんの根拠もなく、そう思っていた。

 そしてそれは、裏切られることなく、舞台で歌われた。
 望んでいた、以上のカタチで。

 「世界の王」。
 わたしが、最も愛する曲。

 2011年、1月1日。
 この宝塚大劇場で、この曲を聴き、この場面を観て、震撼した。
 心臓がしびれるような感動、高揚感を味わった。

 キム、ちぎ、まっつ。この3人で、新しい雪組を盛り立てていく。

 トップ娘役はおらず、決まっているのはこの3人の序列のみ。

 「世界の王」を歌いながら銀橋を渡る彼らに、「新しい時代」を感じて高揚した。
 胸が高鳴り、きゅーーっと痛んだ。
 拳を握った。

 強い喜びや期待は、切なさに似た鋭さで胸を焼いた。

 あれから、まだ2年経ってない。
 あれは、ついこの間のこと。


 期待と幸せの記憶が生々しいだけに、今、別れの形見として再現される姿に、胸の痛みをもてあます。

 あのとき、幸せだったのに、うれしかったのに、あんなに切なかったのは、未来のこの痛みとリンクしていたのか。
 そう思えるほどに。


 1年と11ヶ月前の姿をそのまま、再現してくれた。
 キムちぎまっつ、そして青チーム。


 そして、「ニコライとプガチョフ」。

 この曲は絶対入っているだろうけれど、キムくん主演作メドレーの中のひとつに差し込まれている、くらいかと思った。

 ガチに1場面来た。

 しかも、銀橋だ。

 ニコライ@キムとプガチョフ@まっつの掛け合いをまんま、銀橋でやってのけた。
 瞬時に役に入るキムくん。
 歌い出すまっつはもとより、その歌を黙って聞いているキムくんの入り込み方がすごい。

 まっつは当時よりさらに歌がうまくなっている。凄みが利いている。
 キムくんとの掛け合いが、ハモりがすごい。

 並び立つ。
 そんな言葉を思う。

 一歩も引かず、対峙する。
 舞台人として。役者として。同期として。

 心の表面が直に「世界」に晒されるような感覚。

 このふたりは、役者としての相性が半端なかった。最初はどうかと思った部分はあった、しかし共に舞台に立つうちに、ふたりで作るもの、その相乗効果は半端なかった。

 キャラクタもスターとしての育ちもまったく正反対のふたり。
 でもこのふたりもまた、見えないなにかに導かれ、同じ舞台に立ったんだろう。


 キムみみのなれそめ作『忘れ雪』から、次の『ノンノンシュガー』の歌い出し「いろんなことがあったね」で、キムくんがみみちゃんに語りかけるように歌った瞬間、隣の席の人の喉が鳴った。
 いずこも同じ、あれは、決壊する。
 客席、泣き崩れ。

 大好きだ、キムみみ。
 握った手を放さない、そんな夢。
 少女のころ見た夢。はじめて好きになった男の子、「この手は放さない」「ずっと一緒ね」……遠い日の夢、儚い夢。
 その具現。


 退団者の場面もあり、キムくんのなつかしい曲もたくさんあり。

 ラストは全員で、黒燕尾と薄ピンクのドレスで、「心から心へ」。

 まっつが、この歌を歌うのか。父上はこの歌、歌ってなかったよね。あの場にはいたけれど、コーラスには参加してなかった。
 今ここで、こんなカタチで歌うことになるのか。

 ラストの衣装で退団者挨拶を見守ることになるはずだから、明日の千秋楽、組子は黒燕尾と薄ピンクのドレスか。『GOLD SPARK!』のギンギラ衣装よりいいか、……なんてこともちらりと考える。


 そして、こんだけ客席大泣きで拍手ものすごくて、空気がひとつになっているのに。
 スタンディングもなくカーテンコールも少なく、ぴたりと終わって席を立つ雪組ファンの行儀の良さに、内心ウケた。
 これもまた、組カラー。
 培われる、伝統。

 愛しい。

コメント

日記内を検索