千秋楽の日は、雨だった。

 晴れ男まっつのおかげで、彼の主演公演中は傘いらずが当たり前。
 なのにこの日だけ雨が降る、しかも午後からは晴れそうな予報、ってことは。

 誰もが思った通り、楽日の昼公演は天下の雨男・キムくんが、みみちゃんと一緒にご観劇でした。

 キムみみ、2ヶ月前とまったく印象変わらない。妖精さんのままの美しさと透明感。

 終演後のカーテンコール、まっつがキムくんの話をしたくて待ちきれない風なのが、見ていておかしかった。
 「我が愛する同期……」って、決まり文句を言おうとしているのに、途中で笑い出しちゃって。
 音月桂さん、舞羽美海さん、って、ちゃんとさん付けする律儀さ。タカラヅカって、たとえトップスターでも特別出演の専科さんでも、下級生は呼び捨てするのにね。(あれ、つねづね不思議だ)

 キムくんの雨男ぶりを、素で「すごいね」とコメントするあたりもまた。


 キムくんが行ってしまえば、もちろん雨はやむ。つか、空は晴れていく。まっつは晴れ男ですから。青空がお友だちですから。

 友だちとランチして、わりとぎりぎりに劇場へ戻る。
 千秋楽。
 最後の公演。
 もう二度と、『ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌』には会えない。

 まっつは憑依型の役者ではなく、理性と技術で距離感を持って役を作り、演じる。
 そのまっつをして、「BJが自分なのか、自分がBJなのか、わからなくなる」と言わしめた公演。
 前楽の雨について、カテコで雨男キムに触れ、また「『BJ』と別れたくない私の涙雨」とまで言った公演。

 その、最後の幕が上がった。


 月曜日の公演で、今まで声が聞こえなかった1幕ラストで、まっつの声が響いた。
 このまま声はさらに出るようになるのかも、と期待したが、その翌日はまた、いつものコーラスに戻っていた。
 前日のトークショーであれだけ喋っていたし、コンディションは悪くないのだろう。快方に向かっているのだろう。
 だけど一朝一夕にぽーんと治るわけじゃなく、一進一退をくり返しているのかもしれない。

 キムくんが客席にいる前楽だって、演出はそのままだった。
 たぶんこのまま行くんだろう。

 BJ@まっつから、強い意志を、オーラを感じる。
 熱量を感じる。
 最後の公演である、という決意、覚悟のようなもの。

 だけど歌はやはり、カゲコ付きだし、ピノコへの歌はラストが台詞のままだ。

 歌も芝居も、演出は青年館版のまま通すんだろう。今さらDC版に戻すなんて、混乱のもとってもん。
 やたらと怒鳴らないBJはカッコイイし、ソロを盛り立てるカゲコのハモりもきれい。

 このまま青年館演出の集大成として、進み、終わるのだと思った。

 それが。

 1幕、ラスト。

 物語が一旦区切りを迎え、中詰めのショー場面になる。
 アツいアツいバイロン侯爵@ともみんのソロ。
 ずっとあきらめてきた、ただ嘆くだけだった、だが今、彼女への愛のために立ち上がる……! そう決意を歌う。

 それを受けて、影たちが現れ、振り返るとセンターにBJ@まっつがいる。

 ここでカゲコーラスによるテーマ曲……「からわぬ思い」が『BJ』全体の主題歌なら、今回の『ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌』のテーマ曲ポジはこの曲なんだろうな、という、フィナーレでも使われているあの曲。
 カゲコーラスのなか、BJが身振り手振りだけするのが青年館演出。

 ここで、BJが、歌った。

 歌まるまるカットだった部分を、まっつが歌った。
 カゲコのフォローもなく、完全にひとりで。

 まさかの、DC演出版……!!

 ぞわぞわと、肌が粟立った。
 鳥肌立った。

 その、力強さ。
 動き出した物語を、BJが歌の力で収束する、中心としてそびえ立つ、その演出。
 それに応えきった瞬間。

 そのあとの、青年館ではコーラス付きになっていた部分も、まっつはソロで歌いきった。
 それに呼応して、コーラスがはじまる。
 全員の合唱になってなお、まっつの歌声が耳に届く。響く。

 『BJ』だ。『BJ』が、還ってきた!!


 1幕ラストの変更が残念だ、と常々もらしていたわたしは、まさか最後の最後になって完璧なモノを見せられ、息が止まるかと思った。

 しかも、その熱量たるや、半端ナイ。
 今までこらえてきたモノ、熟成されてきたモノを、一気にぶつけてきた感じ。

 ナニが起こっているんだ、この舞台……。


 歌カットだったところが復活しているってことは、2幕もそうなのか? それとも1幕で無理をしたから2幕はセーブするの?
 予測が付かないまま、2幕。

 2幕がまた、すごかった……!

 BJ@まっつの、やわらかさ。

 彼が、この「世界」を愛していることが、わかる。伝わる。
 この空気を吸い、この空間で、自在に存在している。
 怒りも苛立ちも、喜びも安心も、全部全部、自然にある。
 やわらかい。
 それが、自然だから。あるがままだから。

 舞台に満ちる空気は密度を増し、研ぎ澄まされていく。
 目に見える大きさを超え、ブラックホールでも形成しそうな密度を深めている。

 舞台は、イキモノだ。
 今ここで、目の前で、呼吸している。
 肺が、心臓が、動いている。
 それがわかる。
 伝わる。

 生きている。
 『ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌』というイキモノが、いる。

 まっつの歌声は力強く復活した。

 美しくあれ この世のすべて……響き渡る、祈り。

 あの日以来歌えていなかった夜明けの歌を、台詞に変更されていた歌いあげの部分を、堂々と、歌いきった。

 あるがままに立ち向かい めぐるままに悔しがり
 過ぎるままに失って 打ちのめされて つまずきながらひとり


 あるがままに。
 ただ、あるがままに。

 祈りが高まり、爆発するように。

 BJひとりの祈りじゃない。
 ただのDC版じゃない。
 カゲコも入る。か細い声を支えるためではなく、曲を多層的に盛り上げるためのコーラス、ハーモニーだ。

 まっつひとりじゃない。
 みんなが。
 出演者みんなが、声を上げている。

 高まり、祈っている。

 この世界に。
 美しい世界に。
 愛しい人々に。

 DCからアクシデントにより演出変更され、新しく青年館版になり、そして。
 DC版でも青年館版でもない、新たなものが、ここで生まれた。


 未涼亜希、完全復活。

 それは奇しくも、「指が動かなくなる」と絶望を口にしたBJが、復活するように。作中には描かれていないけれど、明言はされていないけれど、想像させる作りになっている……BJの復活……まさに、そのままに。

 最後の、最後に。
 いや、最後だからこそ。
 今まで「主演として、公演をやり遂げる」ためにセーブしてきたもの全部、ここで解放した。

 画面が集約し、ひとりしか見えなくなる。
 オーラが出る、って、こういうこと?
 フレームが動いた。
 空気が動いた。

 そこからラストまで、高密度なまま舞台は走る。

 ざわざわと鳥肌が立ち、治まらない。
 舞台が動く。
 舞台がイキモノとして、立ち上がる。

 そのさまを、見た。


 すごかった。
 ただもお、すごかった。

 自分の感情をもてあまして、逃げるように劇場を出た。

 外はすっかり晴れていて、夕暮れになっていた。
 BJが「美しくあれ」と歌ったような、空。


 世界は、美しい。

 泣きながら、思った。

 世界は、美しいよ、BJ先生。
 わたしはこの世界に、生まれて良かったよ。

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