『ベルサイユのばら-フェルゼン編-』という作品・脚本の嫌いなところだけを記すシリーズです、ついに1幕の佳境です。
 登場人物勢揃いで臨む、前半のクライマックス。ああなのに、わたしにはこの場面の意味がわかりません。
 だもんで、そのあたりの話。
 あ、演じているジェンヌは無関係、わかんねーのは植爺だけだ。


第1幕
第15場 ベルサイユ宮殿・王座の間

 「婚約するので帰国する」「王妃のためにその帰国を伸ばせないか」という会話の流れで、何故かプロバンス伯爵がわけのわからないことを叫び出す。
 なんでそんなことになっているのかを考える。

 プロバンス伯爵の台詞を中心にこのやり取りを抜き出すと。

ルイ十六世「王妃が悲しむぞ。王妃はそなた一人を頼りにしていたのだ。ただの時ならいざしらず、フランスの国情が騒がしい時だ。王妃の力になってやってはくれぬか?」
プロバンス伯爵「兄上! 兄上はこの男と姉上が…」・・・1
メルシー伯爵「プロバンス伯爵! 国王さまの御前ですぞ!」
プロバンス伯爵「真実を訊ねて何処が悪い!」・・・2
ルイ十六世「どうだ? 駄目か?」
プロバンス伯爵「どうした、フェルゼン。国王さまがお訊ねなのだ!」・・・3
ブイエ将軍「フェルゼン! 何を黙っているのだ!」
プロバンス伯爵「申し上げられないほどに後ろめたいことでもあるのか?」・・・4

 1の台詞にて、彼が「公然の秘密」を思わず口に出しかけたことがうかがえる。
 アントワネットの不倫はフランス中が知っていることでも、公に口にしてはいけないこと、なんだよね? ヘタに口にすれば責任問題だよね? 軽々しくはずみで言っちゃいけないことだよね?
 でもそれを、プロバンス伯爵はここで言いかける。止めに入ったメルシー伯爵へ2の言葉を投げつけるくらい。

 そこまではわたしも理解出来る。軽はずみなやっちゃな、と呆れるだけで、アホキャラならさもありなん、で流せる。
 問題は、3の台詞。

 「真実」を訊ねるんじゃなかったの?
 2の台詞にある「真実」とは、「国王が妻の不倫を知っているかどうか」でしょ? 言いかけて遮られた質問はそれでしょ?
 ルイ16世に向かって質問していたはずなのに、そんなことは忘れてフェルゼンに詰め寄っている。

 王妃の不倫は軽々しく口にしていいことじゃないから、追求はやめたんだな。
 そう思うことは出来る。
 それならメルシー伯爵に反論なんかしないで、「ぐっ」と詰まって、「失敗した、軽はずみなことをした」と表現し、失態を取り戻すように国王の側に付いてフェルゼンへ詰問する……という流れにするべきだろうに。

 メルシー伯爵への反論のままフェルゼンに詰め寄るのはおかしいけど、悪人だしバカだから仕方ない、と無理に納得して続きを見る。

 そしてさらに、わけわかんなくなる。
 4の台詞。

 「申し上げられないほどに後ろめたいこと」って、ナニ?

 はい、整理しましょう。
 国王様の質問というか、お願いは、なんでしたか?

 「王妃のために帰国を延期出来ないか」です。

 この依頼に対する返答を待っているわけです。
 なのに何故、「申し上げられないほどに後ろめたいことでもあるのか?」になるの?

 プロバンス伯爵の脳内では、自分が言いかけてやめた「兄上! 兄上はこの男と姉上が…」という「真実」の話題と、今現実に会話されている内容が、ごっちゃになっているらしい。
 国王様は不倫の話なんかしてないのに。「王妃はそなた一人を頼りにしていた」と言葉を濁しているし、「帰国を延ばしてくれ」としか言ってないのに。

 プロバンス伯爵的には、「不倫に関することを問い詰めている」つもりらしい。

 会話の論旨がズレていることに、生理的な気持ち悪さを感じる。
 わたし、こーゆーのダメなのよ。
 『仮面の男』のときもさんざん書いたけれど、「作者だけが知っていること」と「物語の登場人物が知っていること」を混同する作劇。

 フェルゼンとアントワネットの不倫は、フランス中が知っているけれど、公の場で言及してはいけないんでしょう?

 ヘタに口にすれば、王妃と王家への侮辱、不敬にあたるし、言いがかりではナイ、真実だというなら相応の証拠を立てて王妃を失脚させるだけの覚悟と準備を持ってかからなきゃならないんでしょう? それによって王室がどんだけ混乱するか、他国との関係がどうなるか、全部覚悟の上でやらなきゃいけないんでしょう? 王太子の出生まで疑うことになるんでしょう?
 だから今のところ、「公然の秘密」、みんなが知っているけれど、公に言葉にしないから「ない」ものとして扱われている。

 「みんなが知っている」「観客も知っている」からといって、国王の前、正式な場で口にしていいことではない。
 だからメルシー伯爵は「フェルゼンは婚約のために帰国」と嘘を言うし、「国王さまの御前ですぞ!」と止める。
 国王も「王妃はそなた一人を頼りにしていた」という持って回った言い方をする。

 みんな知ってるけど、言えない。
 そのもどかしさの中での、会話。
 このあとの「私を慕ってくれたその人は白薔薇のような女性でした…」「私が生命を懸けて愛した人は…紅薔薇のようなお方でした…」というフェルゼンの台詞はまさにそれ。
 
 言葉にしている部分と、あえてしていない部分。
 言えない、言ってはいけないことを抱え、精一杯の愛を語る……ところが、この場面の醍醐味よね?

 なのにプロバンス伯爵はここで、最大の失敗を犯す。
 「言葉にしている部分」と「あえてしていない部分」の混同。
 作者が知っていても、観客が知っていても、関係ない。このキャラクタは、ここでそれを言ってはいけないんだ。

 プロバンス伯爵の失敗。
 つまり、植爺の失敗。

 混同しているのは、植爺。
 だからプロバンス伯爵にこんな台詞を堂々と言わせる。気づいてないんだ、論旨がズレていること、破綻していることに。

 わたしの大嫌いな「作劇上の失敗」がどーんと差し出され、生理的に「うきゃ~~~っ!」となる。
 ああもお、嫌い嫌い嫌い~~っ。


 次項へ続く。
 アホなのも無神経なのも、わけわかんないのもプロバンス伯爵だけではないのだ!!

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