「嫌い」物語・20。~パリ進駐を嘆く人々~@ベルサイユのばら-フェルゼン編-
2013年7月11日 タカラヅカ 『ベルサイユのばら-フェルゼン編-』という作品・脚本の嫌いなところだけを記すシリーズです、はい。演じているジェンヌには無関係、植爺だけの話。
なんで2幕を時系列順にせず、オスカルの死を「回想シーン」にしたんだろうねえ。
ジェローデルに「今宵一夜」を語らせるとか、おかしすぎるだろ。
ただでさえおかしいのに、「現在」から「回想」に入るときの導入台詞の酷さときたらもお……。
第2幕
第2場 フェルゼン邸の庭園
はるばるスウェーデンまでやって来たジェローデルが、フェルゼンにオスカルの死を告げる。
ジェローデル「アンドレと共にバスティーユの戦闘で…」
フェルゼン「オスカル…」
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
フェルゼン「可哀想に…。オスカル…オスカル…君はどれだけ苦しかったことか…」
ジェローデル「そのことでジャルジェ一家をどれだけ悲しませたことか…」
フェルゼン「オスカル…」
そのことって、どのことよ?
「オスカルの戦死」だと思うよね? 話の流れ的に。それしか語ってないんだから。フェルゼンはオスカルの死を知って「可哀想」と言っているわけだし。
「パリ進駐」を「可哀想」と言っているとは思えない。ここではまだ、オスカルが王家を裏切ったことを語られていないのだから。しかも、「隊長はアンドレと強く結ばれ」と言われているんだ、「可哀想」なのは進駐ではなく、戦死だろう。
この台詞に続いて、カーテンが閉まり、ジャルジェ家の人々……ジャルジェ夫人とオルタンスの場面になる。
「オスカルの戦死で、ジャルジェ家の人々が悲しんだ」と解説されたんだから、「オスカルの戦死を悲しむジャルジェ家の人々」が描かれるんだと思うじゃん。
なのに、そうじゃない。
オスカルがパリ進駐することを、嘆くジャルジェ家の人々、だ。
だからわたし、無駄な説明台詞とか記述の混同とか嫌いなのよ~~っ!
「オスカルがパリ進駐することを、嘆くジャルジェ家の人々」を描くなら、フェルゼンとジェローデルに関係ない説明台詞を言わせるなっ。
「戦死」と「進駐」、そして「家族が悲しんだ」。家族が悲しむのは「戦死」だろそりゃ。戦死で悲しむ以上に、進駐で悲しむはずがナイ。「進駐」につなげたいなら、相応の誘導が必要だ。
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
フェルゼン「パリ進駐……それがどれだけ危険なことか、オスカルもわかっていただろう…」
ジェローデル「はい、ジャルジェ家の人々は、オスカルのパリ進駐に反対していました。でもオスカルの決心は揺るぎませんでした」
とか言っておけばいいんじゃん!
きちんと説明出来ないなら、説明台詞なんか使うな言うな。
ジェローデル「アンドレと共にバスティーユの戦闘で…」
フェルゼン「オスカル…」
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
だけで残りカット、そのままカーテン閉めてジャルジェ家の人々にすればいいじゃん。
「進駐していった」という台詞のあとを受けて、「進駐に反対!」とわめくオルタンスに続くから、スムーズにつながる。
余計に行数を稼いで、中身をぶち壊すのが植爺。
それとも、この小賢しい小細工は、スズキくんの手によるモノだろうか?
そして、「第5場 カーテン」、ジャルジェ夫人とオルタンスの場面。
わたし、この場面嫌いです、カット希望。
前にも書いたけど、『ベルばら』における、ジャルジェ家の場面はすべて嫌い、なくして欲しい。
原作にありませんから。
原作至上主義、原作にないものは一切認めない! というわけではなくて、原作になくても「原作を損なわない」ものならどんだけオリジナルで付け加えてくれても、発展させてくれてもいい。
原作と正反対のモノでも、ちゃんと理由があって存在し、作品をよくするために機能しているなら、かまわないと思っている。
でも、原作を否定する、貶める上に、そうまでして描いたモノが作品に貢献しないばかりか、ぶち壊しているんじゃ、なんの意味もない。原作は冒涜され損ってことじゃん。
ジャルジェ家の最低最悪な場面は、いつも同じ。
自分の信念に従ってパリへ出動するオスカルを「女なのに、そんな危険なところへ行くなんて!」と心配して、大騒ぎする。
オスカルが20年以上軍人をやって来たことも、数々の危険な任務を果たしてきたことも、どんな思いを抱いて生きてきたかも、全否定。
危険だ、心配だ、そんなことを許すお父さまはひどい、と同じ意味の説明台詞を、無意味に何度もくり返す。
新しい情報は、ナニもない。
それまでの場面で、他のキャラがすでに言った台詞を、くり返すだけ。
カーテン前に1列になって、順番に。
今回は、ふたりだけだから、ジャルジェ夫人とオルタンスの掛け合いになっているだけだけど。
オルタンス「お母さま、お願いです。もう一度お父さまにお願いしてみてください。このままではオスカルは行ってしまいます。それからでは遅いんですよ!」
ジャルジェ夫人「でもお父さまがお許しになったのです!」
オルタンス「お父さまは軍人です! フランスを守るためにオスカルを犠牲になさろうとしているのです!」
パリ進駐が危険だ、って話題はすでに、1幕でジェローデルがしている。
もうそれ聞いたよ……また聞かされるの……? うんざり。
そして必ず、話している相手を責めるんだ。
ジェローデルもアンドレを責めていたよね。「誰がオスカルを護るんだ」って。アンドレには護れない、という前提で。
で、責められた相手が哀願口調で説き伏せる。
ジャルジェ夫人「だからこそ! 誰よりもお辛いのはお父さまなのです。毎晩毎晩どれだけ苦しみ、人知れず涙を流しておられるか! あの苦しむ姿を陰ながら見ていたら…お父さまがお気の毒で…私たちが何かを言えば言うほどお父さまを苦しめることになるのです…」
(略・同じことの繰り返し)
ジャルジェ夫人「(強く打ち消して)お願い‐何も言わないで! お父さまの苦しい胸のうちを私たちが理解してあげなければ、お父さまがお可哀想です!」
アンドレの「お願いです! この通り!(土下座)」みたいなもんでな。
この流れが大嫌い。
感情だけでぴーちくわめく無神経さも、情に訴えて論理無視の解決法も。
無駄なお涙頂戴、作為が透けて見える泣かせ演出ほど、心が冷えるモノはない。
植爺のこの「歌舞伎」的姿勢が大嫌い。
へたくそめ。もっといくらでも「泣かせ」に走ることは出来るだろうに、なんでこうアタマ悪いことをするんだろう。
むきーっ。
なんで2幕を時系列順にせず、オスカルの死を「回想シーン」にしたんだろうねえ。
ジェローデルに「今宵一夜」を語らせるとか、おかしすぎるだろ。
ただでさえおかしいのに、「現在」から「回想」に入るときの導入台詞の酷さときたらもお……。
第2幕
第2場 フェルゼン邸の庭園
はるばるスウェーデンまでやって来たジェローデルが、フェルゼンにオスカルの死を告げる。
ジェローデル「アンドレと共にバスティーユの戦闘で…」
フェルゼン「オスカル…」
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
フェルゼン「可哀想に…。オスカル…オスカル…君はどれだけ苦しかったことか…」
ジェローデル「そのことでジャルジェ一家をどれだけ悲しませたことか…」
フェルゼン「オスカル…」
そのことって、どのことよ?
「オスカルの戦死」だと思うよね? 話の流れ的に。それしか語ってないんだから。フェルゼンはオスカルの死を知って「可哀想」と言っているわけだし。
「パリ進駐」を「可哀想」と言っているとは思えない。ここではまだ、オスカルが王家を裏切ったことを語られていないのだから。しかも、「隊長はアンドレと強く結ばれ」と言われているんだ、「可哀想」なのは進駐ではなく、戦死だろう。
この台詞に続いて、カーテンが閉まり、ジャルジェ家の人々……ジャルジェ夫人とオルタンスの場面になる。
「オスカルの戦死で、ジャルジェ家の人々が悲しんだ」と解説されたんだから、「オスカルの戦死を悲しむジャルジェ家の人々」が描かれるんだと思うじゃん。
なのに、そうじゃない。
オスカルがパリ進駐することを、嘆くジャルジェ家の人々、だ。
だからわたし、無駄な説明台詞とか記述の混同とか嫌いなのよ~~っ!
「オスカルがパリ進駐することを、嘆くジャルジェ家の人々」を描くなら、フェルゼンとジェローデルに関係ない説明台詞を言わせるなっ。
「戦死」と「進駐」、そして「家族が悲しんだ」。家族が悲しむのは「戦死」だろそりゃ。戦死で悲しむ以上に、進駐で悲しむはずがナイ。「進駐」につなげたいなら、相応の誘導が必要だ。
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
フェルゼン「パリ進駐……それがどれだけ危険なことか、オスカルもわかっていただろう…」
ジェローデル「はい、ジャルジェ家の人々は、オスカルのパリ進駐に反対していました。でもオスカルの決心は揺るぎませんでした」
とか言っておけばいいんじゃん!
きちんと説明出来ないなら、説明台詞なんか使うな言うな。
ジェローデル「アンドレと共にバスティーユの戦闘で…」
フェルゼン「オスカル…」
ジェローデル「隊長はアンドレと強く結ばれ、ベルサイユからパリに進駐していきました…」
だけで残りカット、そのままカーテン閉めてジャルジェ家の人々にすればいいじゃん。
「進駐していった」という台詞のあとを受けて、「進駐に反対!」とわめくオルタンスに続くから、スムーズにつながる。
余計に行数を稼いで、中身をぶち壊すのが植爺。
それとも、この小賢しい小細工は、スズキくんの手によるモノだろうか?
そして、「第5場 カーテン」、ジャルジェ夫人とオルタンスの場面。
わたし、この場面嫌いです、カット希望。
前にも書いたけど、『ベルばら』における、ジャルジェ家の場面はすべて嫌い、なくして欲しい。
原作にありませんから。
原作至上主義、原作にないものは一切認めない! というわけではなくて、原作になくても「原作を損なわない」ものならどんだけオリジナルで付け加えてくれても、発展させてくれてもいい。
原作と正反対のモノでも、ちゃんと理由があって存在し、作品をよくするために機能しているなら、かまわないと思っている。
でも、原作を否定する、貶める上に、そうまでして描いたモノが作品に貢献しないばかりか、ぶち壊しているんじゃ、なんの意味もない。原作は冒涜され損ってことじゃん。
ジャルジェ家の最低最悪な場面は、いつも同じ。
自分の信念に従ってパリへ出動するオスカルを「女なのに、そんな危険なところへ行くなんて!」と心配して、大騒ぎする。
オスカルが20年以上軍人をやって来たことも、数々の危険な任務を果たしてきたことも、どんな思いを抱いて生きてきたかも、全否定。
危険だ、心配だ、そんなことを許すお父さまはひどい、と同じ意味の説明台詞を、無意味に何度もくり返す。
新しい情報は、ナニもない。
それまでの場面で、他のキャラがすでに言った台詞を、くり返すだけ。
カーテン前に1列になって、順番に。
今回は、ふたりだけだから、ジャルジェ夫人とオルタンスの掛け合いになっているだけだけど。
オルタンス「お母さま、お願いです。もう一度お父さまにお願いしてみてください。このままではオスカルは行ってしまいます。それからでは遅いんですよ!」
ジャルジェ夫人「でもお父さまがお許しになったのです!」
オルタンス「お父さまは軍人です! フランスを守るためにオスカルを犠牲になさろうとしているのです!」
パリ進駐が危険だ、って話題はすでに、1幕でジェローデルがしている。
もうそれ聞いたよ……また聞かされるの……? うんざり。
そして必ず、話している相手を責めるんだ。
ジェローデルもアンドレを責めていたよね。「誰がオスカルを護るんだ」って。アンドレには護れない、という前提で。
で、責められた相手が哀願口調で説き伏せる。
ジャルジェ夫人「だからこそ! 誰よりもお辛いのはお父さまなのです。毎晩毎晩どれだけ苦しみ、人知れず涙を流しておられるか! あの苦しむ姿を陰ながら見ていたら…お父さまがお気の毒で…私たちが何かを言えば言うほどお父さまを苦しめることになるのです…」
(略・同じことの繰り返し)
ジャルジェ夫人「(強く打ち消して)お願い‐何も言わないで! お父さまの苦しい胸のうちを私たちが理解してあげなければ、お父さまがお可哀想です!」
アンドレの「お願いです! この通り!(土下座)」みたいなもんでな。
この流れが大嫌い。
感情だけでぴーちくわめく無神経さも、情に訴えて論理無視の解決法も。
無駄なお涙頂戴、作為が透けて見える泣かせ演出ほど、心が冷えるモノはない。
植爺のこの「歌舞伎」的姿勢が大嫌い。
へたくそめ。もっといくらでも「泣かせ」に走ることは出来るだろうに、なんでこうアタマ悪いことをするんだろう。
むきーっ。
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