名前表記問題につまずく(笑)。@宝塚音楽学校第105期文化祭
2019年2月23日 タカラヅカ 宝塚音楽学校第105期文化祭の感想を書こうとして、手が止まる。
どうしよう。
名前の問題。
文化祭の感想は何年も書き続けてきたけれど、わたしは今まで一度も「名前」を書いたことがないの。
だって、文化祭の学生さんたちには、「芸名」がない。
プログラムには本名が載っている。
ふつうの、日本人の女の子の名前。
「タカラヅカ」という架空の世界を愛しているわたしは、タカラジェンヌを2.5次元の存在として、彼らが持つファンタジーごと愛している。
男役は男で、舞台の上の彼らは「女同士でラブシーンをしている」のではなく、美しい男性と女性が恋をしているのだと思っている。
テレビドラマよりも、アニメを楽しむ感覚に近い。
アニメだと、男性キャラを女性声優が演じていたりするし、のび太くん(女性声優)がしずかちゃん(女性声優)を好きでも「のび太はレズ」にはならず、ふつーに「男の子が女の子を好き」ってことで通る。「所詮女同士じゃん」とは誰も言わない。それと同じで、タカラジェンヌは舞台では役の性別だと思っている。
そしてそれには、「芸名」は必須だ。
いくら「男役です、舞台では男です」と言っても、ごくふつーの女性名じゃファンタジーが完成しない。
本名まんまの音楽学校の生徒さんでは、「タカラヅカというファンタジー語り」が出来ないんだ。
だから今までずっと、〇田〇子ちゃんがオトコマエだった、とかいう書き方はせず、「丘の上のジョニー」を歌った少年がオトコマエだった、という書き方をしてきた。
だから今年もそう書くべきなんだけど。
なにしろ松岡さんがいる。
今さら「ニュースなどでも話題の某有名人の娘さん」なんて書き方をする方が、変な感じ。
ヅカヲタ以外にも「松岡修造の娘さん、タカラヅカ入ったんだって?」と言われるほどだもの。
ワイドショー騒ぎすぎだー。
松岡さんはもう、松岡さんだなああ。
だとすれば、他の子をどう書けばいいんだ。
他の子が「丘の上のジョニー」を歌った少年、とか、オブリガートの娘さん、とかで、松岡さんだけ松岡さんなのか。
なんだそれ。
……今年はあきらめて、名前で書くか……。
あ、今年は「丘の上のジョニー」はありませんでした。今年の「ジョニー」相当の曲(ポピュラー・ヴォーカルで男役がソロとして最後に歌う曲)は、「さよならは夕映えの中で」でした。
ということで、順番に記憶に残ったことを記す。
第1部、日舞は娘役さんの「清く正しく美しく」のソロではじまる。
ここはもう、毎年うっとりするような美しい歌声を響かせてくれる。伝統っていいなあ!という。
そして、わりときれいな娘役さんが担う役割、というイメージがあるんだが……今年はちょっとファニー?
ソロの田坂さんはこう、インパクトのあるお顔で、1列目センターから見上げているせいもあるんだろうけど、輪郭が強く打ち出されている感じで、記憶に残った。
記憶に残る、というのは舞台人の強み。わたし、小ぶりな感じにきれいな人って、あんまし見分けつかなくて、おぼえられないのね。その点、田坂さんはわかりやすい顔で、表情もよく映る、舞台向きの顔立ちだった。
踊っている人たちは次々変わるのでよくわからず、コーラスをしている人たちを見てみた。
上手側の娘役さんグループに、美女がふたり並んでいた。
そのうちのひとりが特に、顔ちっさくてすらりとしていて、ぱっと目に飛び込んでくる。
第一印象は「わかばちゃん? となみちゃんにも似てる?」と、近年ヅカ史に残る美女スターの名が脳裏に浮かんだ。
でも顎にかなり特徴あって、顔の小ささも加わって「カチャに似てる?」とも思った。
ハーフだということが、ひと目でわかる。
ハーバートさん。
うっわ、きれーだなああ。
チケットが当たったとき、文化祭で1列目でもあんま意味ないなあ……と思ったけれど、すぐに「利点」を思い出した。
1列目なら、明るい。
過去の文化祭でも、プログラム開きながらの観劇だったけど、席によっては文字も読めるのよね。
1列目なら絶対プログラムで確認しながら見られるわ。
そう前もって思った通り、舞台の照明で煌々と照らされて、プログラムで写真と名前を確認しながら観劇出来た。
実際、文化祭ってふつうの公演と違って、プログラムめくりながら観る人多い。周りがそうだから、わたしもそうすることを覚えた、つーか。「プロのエンタメ公演」ではなく、「学生の卒業記念公演」だからかな。(ちなみに喋る人も多い印象……「観劇しに来た客」ではなく、「授業参観している父兄」が多いためだろう)
さて、松岡さん観ないとな。と、踊り手さんたちにも視線を向ける。や、やっぱそこだけは押さえておかないと、人から「松岡さんどうだった?」って聞かれるのわかりきってるわけだし。
しかし、顔わかるかなあ。わたし、松岡さんの顔って、2年前のニュースぐらいしか見てないんだけど……去年の文化祭で案内役やってるときに、ひとりだけファンに囲まれて写真撮られてるのを遠目に見て「大変だなああ」と思った記憶があるくらいで……あ、いた。
わかるもんなんだ。
30人ぐらい踊ってるわけだけど、松岡さんはわかった。
踊りの善し悪しはわたしにはわからない。
だからわたしが見るのは容姿と「好みかどうか」のみ(笑)。
意外に、はんなりした、控えめな表情だった。
意外と思ったことで気がついた、なんとなくパワフルだのパッションだの、うるさい芸風を想像していたみたい。修造氏のイメージからかな。
松岡さんは、うるさい芸風には思えなかった。
どっちかってーと、おとなしい印象。
「松岡修造の娘」というレッテルがなければ、ふつうに端正な男役さん、ということでスルーしていそうだ。や、どうしても最初は鼻息の荒さというか、パッション系が目立つから。
はんなり踊っている松岡さんより、元気なハーフの男の子が目についた。
小柄で元気良くて、わたしには若い頃のきりやんっぽく見えた。病気をする前のきりやんはほんと、外国人の少年みたいだったからなあ。
カタカナ名前が目に飛び込んでくる、ライスくん。
日舞では、わかりやすい人しかわからない。わたしゃ、目もアタマも残念な人ですから。
続く。
どうしよう。
名前の問題。
文化祭の感想は何年も書き続けてきたけれど、わたしは今まで一度も「名前」を書いたことがないの。
だって、文化祭の学生さんたちには、「芸名」がない。
プログラムには本名が載っている。
ふつうの、日本人の女の子の名前。
「タカラヅカ」という架空の世界を愛しているわたしは、タカラジェンヌを2.5次元の存在として、彼らが持つファンタジーごと愛している。
男役は男で、舞台の上の彼らは「女同士でラブシーンをしている」のではなく、美しい男性と女性が恋をしているのだと思っている。
テレビドラマよりも、アニメを楽しむ感覚に近い。
アニメだと、男性キャラを女性声優が演じていたりするし、のび太くん(女性声優)がしずかちゃん(女性声優)を好きでも「のび太はレズ」にはならず、ふつーに「男の子が女の子を好き」ってことで通る。「所詮女同士じゃん」とは誰も言わない。それと同じで、タカラジェンヌは舞台では役の性別だと思っている。
そしてそれには、「芸名」は必須だ。
いくら「男役です、舞台では男です」と言っても、ごくふつーの女性名じゃファンタジーが完成しない。
本名まんまの音楽学校の生徒さんでは、「タカラヅカというファンタジー語り」が出来ないんだ。
だから今までずっと、〇田〇子ちゃんがオトコマエだった、とかいう書き方はせず、「丘の上のジョニー」を歌った少年がオトコマエだった、という書き方をしてきた。
だから今年もそう書くべきなんだけど。
なにしろ松岡さんがいる。
今さら「ニュースなどでも話題の某有名人の娘さん」なんて書き方をする方が、変な感じ。
ヅカヲタ以外にも「松岡修造の娘さん、タカラヅカ入ったんだって?」と言われるほどだもの。
ワイドショー騒ぎすぎだー。
松岡さんはもう、松岡さんだなああ。
だとすれば、他の子をどう書けばいいんだ。
他の子が「丘の上のジョニー」を歌った少年、とか、オブリガートの娘さん、とかで、松岡さんだけ松岡さんなのか。
なんだそれ。
……今年はあきらめて、名前で書くか……。
あ、今年は「丘の上のジョニー」はありませんでした。今年の「ジョニー」相当の曲(ポピュラー・ヴォーカルで男役がソロとして最後に歌う曲)は、「さよならは夕映えの中で」でした。
ということで、順番に記憶に残ったことを記す。
第1部、日舞は娘役さんの「清く正しく美しく」のソロではじまる。
ここはもう、毎年うっとりするような美しい歌声を響かせてくれる。伝統っていいなあ!という。
そして、わりときれいな娘役さんが担う役割、というイメージがあるんだが……今年はちょっとファニー?
ソロの田坂さんはこう、インパクトのあるお顔で、1列目センターから見上げているせいもあるんだろうけど、輪郭が強く打ち出されている感じで、記憶に残った。
記憶に残る、というのは舞台人の強み。わたし、小ぶりな感じにきれいな人って、あんまし見分けつかなくて、おぼえられないのね。その点、田坂さんはわかりやすい顔で、表情もよく映る、舞台向きの顔立ちだった。
踊っている人たちは次々変わるのでよくわからず、コーラスをしている人たちを見てみた。
上手側の娘役さんグループに、美女がふたり並んでいた。
そのうちのひとりが特に、顔ちっさくてすらりとしていて、ぱっと目に飛び込んでくる。
第一印象は「わかばちゃん? となみちゃんにも似てる?」と、近年ヅカ史に残る美女スターの名が脳裏に浮かんだ。
でも顎にかなり特徴あって、顔の小ささも加わって「カチャに似てる?」とも思った。
ハーフだということが、ひと目でわかる。
ハーバートさん。
うっわ、きれーだなああ。
チケットが当たったとき、文化祭で1列目でもあんま意味ないなあ……と思ったけれど、すぐに「利点」を思い出した。
1列目なら、明るい。
過去の文化祭でも、プログラム開きながらの観劇だったけど、席によっては文字も読めるのよね。
1列目なら絶対プログラムで確認しながら見られるわ。
そう前もって思った通り、舞台の照明で煌々と照らされて、プログラムで写真と名前を確認しながら観劇出来た。
実際、文化祭ってふつうの公演と違って、プログラムめくりながら観る人多い。周りがそうだから、わたしもそうすることを覚えた、つーか。「プロのエンタメ公演」ではなく、「学生の卒業記念公演」だからかな。(ちなみに喋る人も多い印象……「観劇しに来た客」ではなく、「授業参観している父兄」が多いためだろう)
さて、松岡さん観ないとな。と、踊り手さんたちにも視線を向ける。や、やっぱそこだけは押さえておかないと、人から「松岡さんどうだった?」って聞かれるのわかりきってるわけだし。
しかし、顔わかるかなあ。わたし、松岡さんの顔って、2年前のニュースぐらいしか見てないんだけど……去年の文化祭で案内役やってるときに、ひとりだけファンに囲まれて写真撮られてるのを遠目に見て「大変だなああ」と思った記憶があるくらいで……あ、いた。
わかるもんなんだ。
30人ぐらい踊ってるわけだけど、松岡さんはわかった。
踊りの善し悪しはわたしにはわからない。
だからわたしが見るのは容姿と「好みかどうか」のみ(笑)。
意外に、はんなりした、控えめな表情だった。
意外と思ったことで気がついた、なんとなくパワフルだのパッションだの、うるさい芸風を想像していたみたい。修造氏のイメージからかな。
松岡さんは、うるさい芸風には思えなかった。
どっちかってーと、おとなしい印象。
「松岡修造の娘」というレッテルがなければ、ふつうに端正な男役さん、ということでスルーしていそうだ。や、どうしても最初は鼻息の荒さというか、パッション系が目立つから。
はんなり踊っている松岡さんより、元気なハーフの男の子が目についた。
小柄で元気良くて、わたしには若い頃のきりやんっぽく見えた。病気をする前のきりやんはほんと、外国人の少年みたいだったからなあ。
カタカナ名前が目に飛び込んでくる、ライスくん。
日舞では、わかりやすい人しかわからない。わたしゃ、目もアタマも残念な人ですから。
続く。
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