負けるな、戦え!@『1万人の第九』本番
2002年12月1日 その他 毎年、ギャンブルだ。
『1万人の第九』の座席は。
当日になるまで、どこの席になるかはわからないんだよね。係の人の指示に従うこと。わがままは言わないこと。
運を天に任せること。
わたしは佐渡先生と同期なの。『1万人の第九』。
佐渡裕が監督・総指揮をするよーになってから、このイベントに参加するようになったんだ。
そのいちばん最初の年は、大当たり。
スタンドのいちばん前の座席だった。
アリーナはプロだとかセミプロの合唱団の席だから、素人である一般参加者たちのいちばんいい席ってのが、スタンドのいちばん前。
しかも、アルトのいちばん端、わたしたちの隣のブロックは観客席、てなところだったからさー。
目立つ目立つ。
テレビに映りっぱなしの席だった(笑)。
大当たりはその年だけで、あとは良くもなく悪くもなく。
そして今年は。
席の当たりはずれってのは、ステージがよく見えるとか、テレビによく映るとかだけのことじゃないんだよね。
そんなのは二次的なモノで、わたしがいちばん重要視していることは。
後ろに音痴がいないこと。
てなわけで、今年は大ハズレでした、オーマイガッ!!
座席的には、悪くなかったのよ。平井堅がばっちし見えたわ。
でもねでもね。
後ろの列に、ものすごい人がいたのよーっ。涙。
わたしには、絶対音感なんてものは備わってないの。
耳元で破壊された音程をがなられたら、正しいメロディがわからなくなるの。
誰か助けて。
ほんものの音痴の人って、自覚できないものね。自分の音がまちがっていること。
だから自信満々、大声で歌うのよ。
そしてスタンドは急勾配。後ろの席の人の声は、前列の後頭部を直撃する。
わたしが頼りにするのは、隣の席のあらっちの正しい歌声。反対側の隣の見知らぬおばさまは、完璧な発音で美しいドイツ語を歌われる。ああ、よかった。両隣が正しいメロディならなんとか、後ろの音痴と戦えるかもしれない。
そう思った、のに。
歌うときはもちろん起立。
立ち上がれば……うわーーーんっ、両隣はわたしよりアタマひとつ小さいよーっ。歌声がわたしの耳まで届かないよーっ。
そして後ろの音痴さんは、年配のおばさま。当然小柄だ。一段上に立つ彼女の破壊音は、わたしの耳にこれでもかと飛び込んでくる。
ひとより背が高いと、こ、こんなところでもつらいめにあうの……?!
リハのとき、すでに後ろの音痴さんに辟易していたわたしたち。
本番で音痴さんと席が離れることだけを祈っておりました。
なのに、神はわたしたちの願いを聞いてはくれなかった。
席はそのまま。音痴さんはそのまま。あうあう。
「んで、例の音痴はどーなったの?」
と、お昼休憩にやってきたキティちゃんは意地悪く笑う。
「席、そのまま? まー、不幸(笑)」
笑うな、人ごとだと思って。
声楽科卒のあなたは、どんな音のなかでも正しく歌えるのかもしれないけど、素人にはつらいんだぞ。
「緑野、前も言ってなかった? 後ろが音痴だって」
それははじめて参加したとき。まだ歌詞もメロディも今よりずっとアタマに入ってなくて、不安だけはめいっぱいだった年のリハーサルで、後ろの席に音痴さんがいたのよ。どれだけ恐怖したか。
しかし本番では席が替わったので、なんの問題もなかった。
とはいえ、あのときの恐怖は染みついてるのよ。後ろに音痴がいたら最悪、と。
そして、今年はその最悪な座席。
歌のうまいあらっちでさえ「つらい……」と暗い表情をしている。
音痴さんは、あらっちの真後ろの席なんだよなー。
音痴さんは、第九が歌えない。
音程がぶっとんでいる。
とくに、第一音からとんでもない音を出すので、最後まで狂いきっている。ときおり途中で直りかけることもあるけど。
入るところもよく間違える。歌詞もよく間違えている。
だけど、声は大きい。
そのうえ、地声だ。喋っているのと同じ声で歌う。……そりゃ、高い音も低い音も出ないよ……。
彼女が歌えないのは、第九だけではなかった。
『大きな古時計』も歌えない。「おじいさんといっしょに チクタクチクタク」を、お経のように歌われてしまい、周囲になんとも言えない空気が広がった。
なのに。
不思議だなー。
『蛍の光』はけっこー歌えるのよ。民謡みたいな歌い方だけど。
なにはともあれ、わたしとあらっちの握り拳。
「音痴に負けるな!」
大きな声で歌うんだ。
後ろの怪音波をかき消すために。
精神力だ、集中力だ。
ちょっとでも気力が萎えたら、爆笑してしまう。
音痴さんを笑うんじゃないよ。ただ、集中している狭間に変な音が聞こえたら、笑いの発作が起きてしまうの。真剣な分、反動かな。
『1万人の第九』。
それはすばらしいイベント。
そこにあるのは非日常。
わきあがるパワー。
音楽という奇跡。
ベートーベンという、とてつもない力。
1万人という、とてつもない力。
佐渡裕という、とてつもない力。
それらがひとつになる。
「今年はすごかったわ」
と、キティちゃんは言う。
ひとから「『1万人の第九』ってすごいの?」と聞かれ、
「ま、所詮1万人は1万人ね」
と、シニカルに答えていた彼女が。
「今年はすごかったわ。去年なんかと比べものにならない。歌ってる最中に背中がゾクッとしたもの」
と、感嘆するほどの出来だった。
うん、素人のわたしにだってわかるよ。今年はすごかった。
佐渡先生のテンションも、昨年とは雲泥の差だった。
しかし。
わたしは、歌っている最中にあの電流を感じることができなかった。
練習とかでは、ときおり感じることができたのに。
「音痴と戦うだけで、精一杯だったよ……」
肩を落とすわたしに、爆笑を返さないで、友よ。
『1万人の第九』の座席は。
当日になるまで、どこの席になるかはわからないんだよね。係の人の指示に従うこと。わがままは言わないこと。
運を天に任せること。
わたしは佐渡先生と同期なの。『1万人の第九』。
佐渡裕が監督・総指揮をするよーになってから、このイベントに参加するようになったんだ。
そのいちばん最初の年は、大当たり。
スタンドのいちばん前の座席だった。
アリーナはプロだとかセミプロの合唱団の席だから、素人である一般参加者たちのいちばんいい席ってのが、スタンドのいちばん前。
しかも、アルトのいちばん端、わたしたちの隣のブロックは観客席、てなところだったからさー。
目立つ目立つ。
テレビに映りっぱなしの席だった(笑)。
大当たりはその年だけで、あとは良くもなく悪くもなく。
そして今年は。
席の当たりはずれってのは、ステージがよく見えるとか、テレビによく映るとかだけのことじゃないんだよね。
そんなのは二次的なモノで、わたしがいちばん重要視していることは。
後ろに音痴がいないこと。
てなわけで、今年は大ハズレでした、オーマイガッ!!
座席的には、悪くなかったのよ。平井堅がばっちし見えたわ。
でもねでもね。
後ろの列に、ものすごい人がいたのよーっ。涙。
わたしには、絶対音感なんてものは備わってないの。
耳元で破壊された音程をがなられたら、正しいメロディがわからなくなるの。
誰か助けて。
ほんものの音痴の人って、自覚できないものね。自分の音がまちがっていること。
だから自信満々、大声で歌うのよ。
そしてスタンドは急勾配。後ろの席の人の声は、前列の後頭部を直撃する。
わたしが頼りにするのは、隣の席のあらっちの正しい歌声。反対側の隣の見知らぬおばさまは、完璧な発音で美しいドイツ語を歌われる。ああ、よかった。両隣が正しいメロディならなんとか、後ろの音痴と戦えるかもしれない。
そう思った、のに。
歌うときはもちろん起立。
立ち上がれば……うわーーーんっ、両隣はわたしよりアタマひとつ小さいよーっ。歌声がわたしの耳まで届かないよーっ。
そして後ろの音痴さんは、年配のおばさま。当然小柄だ。一段上に立つ彼女の破壊音は、わたしの耳にこれでもかと飛び込んでくる。
ひとより背が高いと、こ、こんなところでもつらいめにあうの……?!
リハのとき、すでに後ろの音痴さんに辟易していたわたしたち。
本番で音痴さんと席が離れることだけを祈っておりました。
なのに、神はわたしたちの願いを聞いてはくれなかった。
席はそのまま。音痴さんはそのまま。あうあう。
「んで、例の音痴はどーなったの?」
と、お昼休憩にやってきたキティちゃんは意地悪く笑う。
「席、そのまま? まー、不幸(笑)」
笑うな、人ごとだと思って。
声楽科卒のあなたは、どんな音のなかでも正しく歌えるのかもしれないけど、素人にはつらいんだぞ。
「緑野、前も言ってなかった? 後ろが音痴だって」
それははじめて参加したとき。まだ歌詞もメロディも今よりずっとアタマに入ってなくて、不安だけはめいっぱいだった年のリハーサルで、後ろの席に音痴さんがいたのよ。どれだけ恐怖したか。
しかし本番では席が替わったので、なんの問題もなかった。
とはいえ、あのときの恐怖は染みついてるのよ。後ろに音痴がいたら最悪、と。
そして、今年はその最悪な座席。
歌のうまいあらっちでさえ「つらい……」と暗い表情をしている。
音痴さんは、あらっちの真後ろの席なんだよなー。
音痴さんは、第九が歌えない。
音程がぶっとんでいる。
とくに、第一音からとんでもない音を出すので、最後まで狂いきっている。ときおり途中で直りかけることもあるけど。
入るところもよく間違える。歌詞もよく間違えている。
だけど、声は大きい。
そのうえ、地声だ。喋っているのと同じ声で歌う。……そりゃ、高い音も低い音も出ないよ……。
彼女が歌えないのは、第九だけではなかった。
『大きな古時計』も歌えない。「おじいさんといっしょに チクタクチクタク」を、お経のように歌われてしまい、周囲になんとも言えない空気が広がった。
なのに。
不思議だなー。
『蛍の光』はけっこー歌えるのよ。民謡みたいな歌い方だけど。
なにはともあれ、わたしとあらっちの握り拳。
「音痴に負けるな!」
大きな声で歌うんだ。
後ろの怪音波をかき消すために。
精神力だ、集中力だ。
ちょっとでも気力が萎えたら、爆笑してしまう。
音痴さんを笑うんじゃないよ。ただ、集中している狭間に変な音が聞こえたら、笑いの発作が起きてしまうの。真剣な分、反動かな。
『1万人の第九』。
それはすばらしいイベント。
そこにあるのは非日常。
わきあがるパワー。
音楽という奇跡。
ベートーベンという、とてつもない力。
1万人という、とてつもない力。
佐渡裕という、とてつもない力。
それらがひとつになる。
「今年はすごかったわ」
と、キティちゃんは言う。
ひとから「『1万人の第九』ってすごいの?」と聞かれ、
「ま、所詮1万人は1万人ね」
と、シニカルに答えていた彼女が。
「今年はすごかったわ。去年なんかと比べものにならない。歌ってる最中に背中がゾクッとしたもの」
と、感嘆するほどの出来だった。
うん、素人のわたしにだってわかるよ。今年はすごかった。
佐渡先生のテンションも、昨年とは雲泥の差だった。
しかし。
わたしは、歌っている最中にあの電流を感じることができなかった。
練習とかでは、ときおり感じることができたのに。
「音痴と戦うだけで、精一杯だったよ……」
肩を落とすわたしに、爆笑を返さないで、友よ。
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