彼らは、びんぼーな小劇団です。それぞれ別々の田舎から都会へ出てきて、ひとつの志を胸に劇団を旗揚げしたのです。
 みんなで力を合わせ、誠実に興行をしてきました。
 ところが、団員のひとりが弱気になりました。
「どんなにがんばって演技をしても、ちっとも客が来ない。世間は俺たちを理解せず、勝手なことばかり言っている。このままびんぼー劇団にいて、野垂れ死ぬのは嫌だ……故郷へ帰りたい」
 それを聞いて、リーダーのヴィセントくんがキレました。
「この田舎者の負け犬め! そんなに役者をやるのが嫌なら勝手に帰れ!!」
 温厚なジョルジュくんが、間に入りました。
「まあまあ、落ち着けよ。みんなそれぞれ志を持って集まった同志じゃないか。怒るにしても出身をどうこう言うのはやめようよ」
「お前はただの裏方だろう! 実際に命懸けで舞台に立っているのは俺たちだ、お前に劇団のなにがわかる!」
 あんまりです。
 舞台を作るのは、役者だけではありません。裏で支えるスタッフがいてこそはじめて、興行が成り立つのです。舞台の真ん中でスポットライトを浴びる人だけがエライわけないじゃないですか。
 多くの人の力が集まって、はじめて成り立つのです。でもそんなこと、キレているヴィセントくんのアタマにはありません。
 ヴィセントくんの言葉に、センチメンタルな団員は「ああ、故郷へ帰るよ!!」と叫んで飛び出して行ってしまいました。
 それに追い打ちを掛けるよーに、ヴィセントくんは言うのです。
「所詮お前らは、田舎者だもんな。都会で失敗したって、故郷へ逃げればそれですむ。この都会で生まれ育った俺とはチガウんだ」
 あんまりです。
 自己を肯定し、他者を否定する理由が「生まれ」です。「レジのお金がなくなったのは、生まれの卑しいバイトの娘の仕業にちがいないわ!」とか、そーゆーレベルの根拠です。
 ヴィセントくんが怒りのあまり我を忘れ、人として言ってはイケナイ類のことをまくしたててしまっていることは、誰にでもわかります。べつにヴィセントくんはそれほど悪人ではないし、ただちょっと言葉が過ぎてしまっただけでしょう。
 だから大人なジョルジュくんは、ゆっくりとヴィセントくんを諭します。
「思い出そうよ、お前たちはこの澱んだ世の中だからこそ、尊い志を持って劇団を作ったんじゃないか。名誉のためでも金のためでもなく、真に素晴らしい芝居をと、がんばってきたんじゃないか。その姿に俺は感銘を受けたんだ」
 ヴィセントくんは話せばわかる人なので、落ち着いて道理を説かれて、とりあえず怒りを収めました。
 ま、謝りませんけどね。どれだけ非道なことを言ったか、理解していないのでしょう、「ごめんな(笑)」「うん(笑)」程度のやりとりで終わります。
 きっとヴィセントくんの心の中には、差別意識とかふつーにあるし、仲間のことも信じているわけではないのでしょう。思っていなければ、激したからと言って口に出すこともないでしょうし。
 なんだかなし崩しに仲間たちは馴れ合って、「俺たち、同志だもんなっ」と盛り上がります。えーと、根本の解決はしてないんですが……ま、いいか。
 そしてこの「同志ってすばらしい!」に、大人だと思っていたジョルジュくんものってしまいます。

「俺も裏方はやめて、舞台に立つよ!」

 裏方で舞台と劇団を支えるなんて、ナンセンス。やっぱり、スポットライトをあびてこそです。汗と埃にまみれて大道具を作ったり、力仕事をしたって、「裏方のお前は劇団のことなんてなにもわかっていない」と断言されちゃうわけですから。舞台に立つ役者以外は下層民ですから。
 それなら、舞台で華やかに活躍した方が絶対いいです。
 今日まで裏方としてがんばってきたジョルジュくんの功績は、役者さんたちからすればなんの意味もなかったみたいです。えらいのは役者で、裏方は裏方ですから。スター様と下働きですから。みんな等しく同じ小劇団の「同志」だと思っていたのは、まちがいでした。
 つーことでジョルジュくんも無事に役者宣言をしたので、これで晴れて「同志」です。
 まったく同じことをしないと、「同志」だと認めてくれないのは、どこの社会も同じです。ほら、小学校のとき、流行っているおもちゃをひとりだけ持っていないと仲間はずれにされたでしょ? アレと同じですよ。仲間みんなが万引きをしたら、同じように万引きをしないと排斥されます。アレと同じですよ。
 役者は舞台の上で、裏方は舞台の裏側で、ひとつの志のためにそれぞれの方法で戦う、なんて、ありえませんよ。
 みんな同じ方法でなきゃ、みんなみんなわかりやすく同じでなきゃ、「同志」ではないのです。

 「同じ」でなければ、ひとはわかりあえないのですよ。

 ……変だなあ、別々の故郷から出てきた人たちが、ひとりずつはまったく「ちがった」人たちが、ひとつの目的に向かって団結したのが、劇団結成時だったのになあ。特技とかもみんな「ちがった」んだけどなー。
 「同じ」でなきゃダメなんだ……「ちがった」考え方は許されないんだ……。

 ジョルジュくんがどーしてヴィセントくんと「友だち」なのか、よくわからなかったけれど、ここで答えが出ました。
 似たもの同士だったんですね。

 ジョルジュくんなら、「裏方には裏方の戦い方がある。舞台と劇団を愛する気持ちは変わらない」とか、「いろんな考え方や、いろんな人たちがいるからいいんじゃないか。だから争いも起こるが、協力し合ったり愛し合ったりも出来るんだ」とか、言ってくれるかと思ったんだけど。

 「所詮田舎者だ」「所詮裏方だ」と、他人を「生まれ」だとか「立場」で並列に排斥した、その同じ会話で「所詮裏方なら、裏方をやめるよ! これで問題なし!」でハッピーエンド。

 おめでとう。
 君たちの未来は明るい。


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