「……はじめから、みなさんを騙していました。金庫の金はいただいて行きます……」
 オテルの女主人が置き手紙を読み上げると、場に集まっていた人々は、一瞬静まりかえった。

 その次の瞬間、爆笑した。

「なにを言っているんだ? 騙す? なにを、どうやって?」
「いやあ、すばらしい冗談だ。塔の竣工式の日に、『塔建設は詐欺でした』って……じゃあ、完成しているあの塔はなんなんだ?」
「丸3年も一緒に塔を造ってきて、なにをどう騙したと?」
「完成した塔で儲けが出るのはこれからでしょう。金庫の中は空っぽのようなものなのに、なにを言っているのかしら」
 女主人も集まった客たちも、両手を打ち鳴らし、身をふたつに折って笑った。
「ただ去るだけではつまらないから、こんな冗談を言って去っていったのね……奥ゆかしい人たち!」

 笑い転げる人々の中、塔の設計者だけは、寂しげにしている。

「行ってしまったんだ……別れの言葉も交わさず……」

 
 さて、ふたり組の詐欺師はというと。
「これっぽっちの金じゃあ、帰りの汽車賃にもならないじゃないか!」
 金庫の中身が少なすぎることで仲間割れをしていた。
 帰り……どこに帰るんだろう。3年もパリに住んでいたのに、どうやら家がどこかにあるらしい。まだ無事にあるのかねぇ。
「俺たちは、詐欺師だ。みんなを騙していたんだ」
 あの置き手紙を見て、みんなは憤慨しているだろう。警察が出動しているころだろうか。でも、それでいいんだ。俺たちは詐欺師なのだから、こうすることが正しいんだ。
 と、「詐欺師の美学」に酔ってオテルをあとにし、彼を慕う花売り娘をも振りきってパリを出た。

 まさか、爆笑されているとも知らずに。

 笑われていることも知らない、そもそも騙したことにもなっていない、ことすら気づかない、まぬけな男たちの愉快な物語でした。ちゃんちゃん。


             ☆

 素敵に植爺クオリティ、『パリの空よりも高く』

 ストーリーはめちゃくちゃです。や、植爺ですから。
 オチはありません。や、植爺ですから。
 キャラの人格はありません。や、植爺ですから。
 人間関係、希薄です。や、植爺ですから。
 作劇まちがいまくってます。や、植爺ですから。
 物語と無関係・無意味なシーンが冒頭から25分続きます。や、植爺ですから。
 不自然な説明台詞が続きます。や、植爺ですから。
 下級生に出番はありません。や、植爺ですから。
 主役が魅力的に見えません。や、植爺ですから。

 どこまでも、植爺クオリティ。

 ああ、この作品でヅカ初めしなくてよかった、と胸をなで下ろした。

 でもね、植爺作品なのにひとつだけいいところがあったの。

 生理的嫌悪感がなかった。

 おぞましさに鳥肌が立つ、ということがなかった。すごいわ植爺! やればできるじゃないの。
 とりたててムカつかない。腹も立たない。

 ただ、つまんないだけで。

 そして、植爺が「ここがいちばんいい場面」「じーんと感動させる場面」だと思って描いているところで、気持ちよく爆笑させてもらえたので、まだよかった。
 植爺的「いちばん感動」シーンって、嫌悪感や怒りで気分が悪くなるのがスタンダードだからなー。失笑できただけでも、めっけもの。

 なんのアテもなくなんの考えもなく「オラ、都会さ行くだ!」と大都会パリへやってきた詐欺師コンビ。「エライ人の息子だっつーことにしてたら、信用してもらえるべ」と、わざわざ下準備をして。でも、コンビの片割れはほんとーにその「エライ人」の息子だから、別に詐欺ではないよーな? ま、いいか。
 ふたりがたまたま出会った設計士は、世界一高い塔を造る計画を持っていたが、誰からも相手にされずにいた。詐欺のネタを見つけた詐欺師たちはパリの人々を扇動し、塔を造るために出資させ、巨額の資金を手元に集めることに成功した。

 えーと。
 ここで金を持ち逃げしていれば、たしかに詐欺師。絵空事を語り金を集め、それを盗んで逃げたならば。

 ところが。
 何故だか3年も経過。3年だよ3年。なんて気の長い話。真面目に塔建設に尽力しているらしい詐欺師たち。
 塔が造られている段階で、もう詐欺ではないし、彼らは詐欺師ではない。
 3年間も逃げられなかったはずがない。監禁されていたわけでもないんだし。
 逃げずに一緒に塔を造ったのだから、詐欺師じゃない。

 すでに本末転倒しているんだが、植爺も詐欺師たちも気づいていない。

 で、いちばんいい場面。

 完成まであとわずか!なころに、大嵐がやってきた! 塔が危ない!
 詐欺師といつの間にか出会って、いつの間にかいい感じになっていた花売り娘が、大嵐の最中、詐欺師たちの宿泊するオテルへ飛び込んでくる。
「塔が危ないわ! お願い、守って!!」
 何故オマエが言う、花売り娘よ。バーーンっと扉を開けて花売り娘が現れたところでまず吹き出す。花売り娘は塔建設とはまったくの無関係っす。
 次に、彼女の言っていることのおかしさがツボに入る。
 嵐で危ない塔、って!! そんなもん、建てるなよ!! 嵐ネタの最初から、笑えて仕方なかったんだが、花売り娘はとくにドシリアスにやるからいちばんおかしい。
 そして、風が吹いたら倒れるような塔を、たかが人間の詐欺師にどーやって守れと? 巨大化して支えるのか??
 神妙な顔をした詐欺師、弟分が止めるのもきかず、花売り娘と共に嵐の中へ飛び出していく!! ちょっと待て、一緒に行くのか! 花売り娘が危ないとか思わないのか! てゆーか花売り娘は無関係なんだってば、工事現場に無関係な女の子を緊急時に入れるなんてありえないっつーの!

 詐欺師は身体を張って塔を守った。なんでも、血を流しながら、鉄骨を支えたらしい。

 高さ300mの塔を、支える詐欺師!! 彼のおかげで塔は倒れずに済んだ!!
 さあ、次から嵐の日には、みんなで鉄骨を支えるんだ、パリ市民たちよ!

 後日、街の有権者が美談として語る内容に、声を殺して爆笑した。
 鉄骨を支える詐欺師……。そんなことで、守れる塔かー、すげーなー。てゆーかたかが嵐で……。

 有権者は、彼らが詐欺師であろーとなかろーと、その心意気は真実であると語るわけだ。
 そう、詐欺師たちは塔が完成してからわざわざ詐欺師だと名乗って、小銭を盗んで逃げ出した。なんでそんなことをしたのかは、大丈夫、塔の設計者や街の有力者さんたちが、全部長い長い説明台詞で懇切丁寧に解説してくれているから問題ナシ。
 問題があるのは、塔が完成した段階でソレをやっても、すでに詐欺じゃないってこことだけで。
 てゆーか、人々がなんで怒るのかわからない。
「みんなでケーキを作りましょう」
 と持ち寄ったお金で材料を買ってケーキを作って、「いただきます」をしようとしたときに、「ケーキを作ると言ったけど、最初から騙してたんだ、材料を買ったおつりを盗んで逃げるからね!」と言われても……意味がわからないのでは?
 なに言ってんの? ケーキも出来てるし、これから食べるとこだし。おつりって、何円残ってた? 「わけわかんないねー」「いーじゃん、バカは放っておいて食べよーよ」で終わりだわな。
 だが何故か人々は怒り出す。それが植爺クオリティ。そーしないと話がつながらないから、生理に反しても無理矢理そうする。
 そして、無理矢理「美談」にする。騙されていたはずの設計士や有権者が、薄っぺらい情を語り、感動的ないい話にする。
 いやあ、あまりのゆがんだ論理に、失笑して、完。

 で、主役のハズの詐欺師たち。なんとも格好悪い、気持ち悪い仲間割れをしているが、たぶんこれは植爺的には「素敵な男の友情・洒落た会話」なんだろう。
 無理矢理登場させた花売り娘との涙の別れで取り繕って終了。
 てか、花売り娘謎。

 
 生理的嫌悪感とか逆鱗とかはとくにないけど、壊れたモノやゆがんだものを観るのはつらい。とくに、何度も観ると嫌悪にまで発展しそうだから、わたしは遠慮した方がよさそうだ。
 
 でも、1回観る分には笑えるからまだいいのではないかと。
 植爺が「コメディ」「ギャグ」だと思って書いている・演出している、ところでは寒い空気が流れて大変だけど。

 出演者はがんばってます。はい。てか、あさこちゃんやかなみちゃんたちががんばっているからこそ、まだなんとかなってる。
 がんばれ月組!


コメント

日記内を検索