しあわせな時間だった。

 『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴』『TUXEDO JAZZ』を、楽の昼公演と楽を続けて観劇。

 ヒト月ぶりの花組。
 ドリーさんが「本日のオサ様報告」をしてくれるたびに「観たい〜〜っ、行きたい〜〜っ!!(顔文字省略)」とメールを返し、ひとりじたばたしていた。
 「そんなに観たいなら、来ればいいのに」とkineさん他にあっさり言われ、そりゃーたしかにその通りなんだけど、現実がソレを許さない、とまたひとりじれじれ。
 まっつ恋しさに彼の写真をPCに取り込んでいろいろ加工して、ひとりでたのしんでみたり。……えへ、オサ様とツーショットまっつ♪(まっつ単体じゃないのか)

 我慢に我慢を重ね、恋心も発酵しきったころの、よーやくの観劇だ。

 
 ただもう、幸福で。

 
 春野寿美礼と出会えて良かった。

 過去でも未来でもなく、「今」出会えて良かった。

 円熟期を満喫する自在な歌声を味わうことの出来る「今」が愛しい。

 なんてすごい人なんだろう。
 「音」を「遊ぶ」力。
 ドラマを織ることのできる声。

 今、ここで、ナマで、ライヴで、春野寿美礼の絶唱に魂ごと浸ることができる、しあわせ。
 理屈を手放して、ただ、耽ることのしあわせ。

 しあわせでしあわせで、涙が出た。

 遅くなくて良かった。早過ぎなくて良かった。この人と同じ時代に生き、タカラヅカなんつー独特の文化に出会い、タカラヅカで男役をやるこの人の絶世期に立ち会うことが出来て、良かった。

 出会えたことが、うれしくてならない。

 
 千秋楽のときはそんなことはなかったと思うが、昼公演で寿美礼サマは、ときどき立ちつくしていた、

 どこでだったかな。わたしの海馬は、細かいことを見失っている。

 だがあちこちで、「あ」と思った。

 オサ様はときどきなにをするでもなく立ちつくし、あるときは舞台を、あるときは劇場を、眺めていた。

 彼もまた、この「空間」に酔っているのか。
 この感動を味わうひとりなのか。

 音楽は、自身の歌は、そして仲間たちの姿は、どんなふうに彼の心に届いているのだろう。
 そして、わたしたちの拍手の音も。

 立ちつくし、視線をめぐらす彼の姿が愛しくて、切なくて。
 このひとのために、なにかできればいいのにと思う。や、なにもできないけどな。彼ののぞむものも、わかりっこないけれど。

 ただもう、感謝でいっぱいで。
 気持ちがあふれてどーしよーもなくて、夢中で拍手をした。

 良席だったし、「まだあと1回ある」と心に余裕があった昼公演の方が、入り込んで堪能したと思う。
 楽は「もう最後なんだ」という想いでぐちゃぐちゃで、「全体を観るの、『TUXEDO JAZZ』を魂に刻みつけるの!」と心に誓っていたというのに、まっつガン見して、他のことが吹っ飛んでしまったのよ……あうあう。敗北感。

 まっつの話はまた欄を改めるとして、今は寿美礼サマ。

 昼公演はねえ、『TUXEDO JAZZ』の「仕立屋」場面にて超ご機嫌なの、オサ様。いつもなら、次々差し出される衣装を拒絶しまくって最後にタキシードに行き着くのに、この回は全部OK!
 出てくる服+着ている人を、「ステキ!」「大好き!」とオサ様が満面の笑顔(てゆーか笑顔通り越してだらしないカオ)で肯定していくの!!
 宮廷服もモーニングもオレンジスーツも、トサカリーゼントのジーンズも、みんな大好き!
 ひとりひとり、出てくる人みんな、関わる人みんなに、オサ様が「大好き!」を繰り返す。
 フロックコートの王子には、キス寸前だったぞ(笑)。

 くちゃくちゃに壊れた笑顔で、すべてを肯定していく。

 みんなステキ。
 みんなダイスキ。

 あんまり全員にOK出すもんだから、店員@まっつはちがう意味で困惑しているし(笑)。

 ボロ服でくちゃくちゃに笑うオサ様が、キラキラ輝いていて。
 あーもー、なんて愛しい人なんだろう。

 楽はちゃんと?いつものよーに、差し出される服に「NO!」とバッテン作ってたよ。
 まっつもふつーに困っていた。

 
 おたのしみだった『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴』のドライブシーン、明智くんと波越くんは、昼公演はふつー。仲良し程度。
 楽もやはりふつーに仲良し、遊びすぎることもなく、真面目になにやら話している様子だったが……。

 最後の最後、歌も終わってあとは暗転だけ、というタイミングで、オサ様がそーっと、壮くんの肩に腕を回す。

 あっ、いかん、役者名で書いちゃった。明智と波越だってば。
 前を向いた神妙な顔のまま、明智くんは波越くんの肩に腕を回し、抱き寄せる。

 それだけで、場内騒然。

 そのまま終わるのかと思いきや。

 壮くんがソレに応えて、アタマをオサ様の方へ寄せる。

 あっ、いかん、役者名で書いちゃった。明智と波越だってば。

 スーツの野郎ふたりが、車の中でラヴシーン。
 ストーリー上あってはならない、行き過ぎた仲良しぶり。
 その姿を一瞬観客の目に焼き付けて、暗転。

 場内、さらに騒然。
 しばらく治まらない。
 なおも演技を続けなきゃいけない少年探偵団と刑事コンビが気の毒なほど。……ごめんね、ちびっこたちと刑事さんたち。

 あーもー、なにやってんだあのふたり。
 かわいすぎ!!

 暗転の間際、壮くんが大笑いしたように見えたんだが……オサ様もきっと笑ってたんだろうなあ。わたしの席からは背景ボードが運転席を隠してしまって、壮くんが笑っているところしか見えなかったんだが。

 オサ様の笑顔が好き。
 美しい笑顔ではない。目を線にして、好々爺みたいに笑う顔が好き。
 とろけそうな幸福な表情が好き。

 他人を寄せ付けない厳しい冷たい顔と、やわらかいやさしい顔をあたり前に同居させる人。
 

 『TUXEDO JAZZ』の、プロローグ、中詰めのショー、そしてフィナーレ。いくつかあるデュエットダンスの前後で、彩音ちゃんに腕を差し出す表情が好き。

 東宝版『TUXEDO JAZZ』での、思い切りよく解除された制御装置。
 世界は、彼の思うがまま。
 「あちら側」でこそ自由に息をつく、別のイキモノ、ハルノスミレ。
 「ナイト・ジャズ」では近づいてくるカオスの予感、その緊迫感に過呼吸気味になるし、カオスの直中では溺れてしまってなにもわからなくなるし。
 なんなのコレ。なんでこんなに異世界へ連れて行かれてしまうの。

 苦しいのに、甘美。
 辛いのに、悦楽。

 たしかにある境を、とびこえてしまう恐怖と快感。恍惚。

 
 終わってしまった。
 もう、『TUXEDO JAZZ』は存在しない。どこにも。

 帰宅して、DVDを眺めて喪失感に呆然とする。
 もう存在しないんだ。
 このおぞましくも美しい世界は。

 しあわせな時間だった。

 風が冷たい2月、粉雪を舞わせていた壮くんが故郷へ帰り着き、仲間に赤い薔薇で迎えられていた。初日だけ、1回だけの演出。

 そして時は過ぎ、5月になり。
 千秋楽の最後の1回に、故郷へ帰ってきた壮くんは、使い古したトランクの他に、紙袋を下げていた。

 袋の中身は、派手な柄の扇。
 それを迎えに来たみわっちに渡す。

 『舞姫』の扇だ。

 受け取ったみわっちは、「タキシード」の上に着たコート姿のまま、扇を広げてポーズを取る。……みわっちほんと、オギーに愛されてるよね(笑)。

 『タランテラ!』から続いた物語は、さらにまた、未来へ続いていく。

 続いていく。

「満足だよ。次に進むよ」

 愛してやまないコンサート『I got music』のラストで、寿美礼サマはそう言っていた。

 続いていくんだ。
 なにもかも。

 喪失感に苛まれても。
 時よ止まれと切望しても。

 完結はない。
 ずっとずっと、続いていく。
 千秋楽だとか、公演の終わりだとか、あるいは退団だとか。そんな区切りとは関係なく、人の心は続いていく。

 そしてそれこそが、ほんとうに愛しいことなんだ。

 
 しあわせな時間だった。
 今、会えてうれしい。


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