『大坂侍』で、いちばん泣けたのは、じつはお勢ちゃんだ。
 この子の潔いバカっぷりに、泣けた。

 大和屋のいとはん、お勢@ねねちゃんはそりゃーもー、バカでわがままで猪突猛進、目的のためには手段を選ばない狡猾さと、子どもまんまの純粋な心を持っている。
 やってることはめちゃくちゃで、はた迷惑この上ない。
 「金がすべて」という世界観のファンタジーで、ほんとーに「金」というものがなんなのかを理解した、「金」の力の申し子。

 彼女の、いつも全力疾走、つまずいて顔面から地面に激突するよーな生き方が好きだ(笑)。

 かわいい。
 ほんとにもお、かわいくてかわいくて、どーしようかと。

 バカだけど一生懸命、まちがっているけど一途。
 すごい勢いで転んでは、吠えながら立ち上がる。転ぶときも立ち上がるときも、はた迷惑。

 男子向けマンガなんかによく出てくるタイプのヒロイン。男にだけ都合がいい、男のことを一方的に好きで追いかけ回してくる女の子。
 わたしはこのテの男の妄想具現キャラが苦手なんだが、ソレはキャラ以前に「世界観」が問題なんだと思う。
 客観的に見て、その女のやってること「犯罪」じゃん。ただの自分本位、「好き」と言っている相手の迷惑も考えず、自分が気持ちいいことだけを追求している無神経女。
 やっていることが「犯罪」でも、「世界観」がまちがっていなければいいんだ。わたしが最高に苦手なのは、やっていることは「犯罪」なのに、ソレを「正しい」とする世界。
 男を待ち伏せして、嫌がっているのに拒絶しているのに勝手に家の中に入ってきて、家族に挨拶したり恋人ぶってみたりするとか。男マンガで5万回見た展開だけど、この女の行動を「正しい」とする世界観がダメなの。女の行動自体じゃない。
 「犯罪者」「おかーさん、警察呼んで!」と色めき立つよーな「まとも」な世界なら、なんの問題もない。
 ただその女が「カオがかわいい」というだけの理由で、すべての犯罪行為が許される世界観が、逆ツボなの。
 「美人な女の子に強引に追いかけ回されたい」「なんの苦労もなく、美人とえっちしたい」という、男の妄想が主体でできあがった世界観こそが、問題。
 もちろん、男子向けマンガなんだから、「男だけが気持ち良ければヨシ」という意識で作られていても仕方ないと思っているけれど。

 一方的に男に惚れて追いかけ回す、はた迷惑女がヒロインでもいい。
 彼女を「世界」がどう思っているか、が重要だ。

 彼女を「まちがっている」と認めている世界ならいいんだ。
 ヒロインだから、カオがかわいいから、というだけで許されているのではなく、なにかちゃんとした理由があり、一般常識や倫理、法律から逸脱していることがわかるならば。

 『大坂侍』は「金がすべて」という意識で貫かれたファンタジー作品だ。だから金の力でなんでも手に入れようとするお勢は正しい。
 だが、彼女のキャラクタのかわいらしさは、そこにあるのではない。
 この「金がすべて」という、わたしたちの知る世界とは別の世界「大坂」においても、やはり「大切なモノ」は変わらないわけで。そこだけは変わってはいけない最低ラインはあるわけで。
 ソレが「金で買えないモノ」だ。
 愛とか命とか信頼とか絆とか。
 目に見えない、大切なモノ。
 お勢というキャラクタは、その最低ラインからも、ズレている。
 そしてそのことを、作中でちゃんと指摘されている。

 たしかに「金がすべて」。愛も命も金で買える。
 でもさ、ソレだけじゃないんだよ。
 口ではなんとでも言うけれど、暗黙の了解、言葉にしない、するまでもない最低ラインはあるものさ。
 お勢はついうっかり、ソレすらぶっちぎってしまうわけだから。
 玄軒先生@まやさんに、諭される。

 ただ笑わせるためだけなら、人格なんて関係なく、桁外れな突拍子もない行動だけ取らせておけばいい。
 だけど、そうじゃない。
 「大坂」というこの異世界は、「笑わせるため」だけになんでもありな世界じゃない。
 「人間」が生きて生活する場所なんだ。
 人の心なんてものは、ルールが土地柄ごとに変わっているからといって、根本から変質するものじゃないんだよ。

 さんざんお勢の突拍子もない行動で笑わせておきながら、ちゃんと修正は入る。
 まちがってるよ、と。

 相手の気持ちも考えず、自分の気持ちだけを押しつけていたバカ娘。
 しゅんと肩を落とし、自分が「まちがっている」ことを「自覚」するだけの誠意も素直さもある女の子。
 過ちを知り、認め、反省し……そのうえでまだ、バカを通すしかない、バカ娘。

 まちがっている。
 こんなの、まちがっている。
 でも、これしかできない。
 これが「わたし」だから。

 自殺騒ぎ起こして大騒ぎしているお勢の、レーゾンデートルを懸けたバカっぷりに、大泣きした。

 自分のゆがみを自覚する知能があるくせに。
 ただのサルなら、まだ救われたのに。
 まちがっていることも、みっともないこともわかったうえで、それでもバカを通す。
 「自殺する!」と言って彼女が懸けたのは、生命じゃない。
 彼女の「存在」だ。魂だ。人格だ。
 これ以上は後ろに下がれない。下がったら、落ちてしまう。崩れてしまう。そんなぎりぎりで、虚勢を張るバカ娘。

 世界を敵に回しても、アナタを愛している。

 両手を広げて、バカ娘はそう宣言しているんだ。
 自分の行動が、性格が、世界に対し「まちがっている」と自覚したあとだから。
 愛と世界と、天秤にかけて、彼女が選んだのは愛だった。

 いやほんと、はた迷惑だけど。

 たかが「大坂」、たかが町民たちの愛憎劇。だけどこんなミクロな舞台でも、マクロな愛は表現できる。
 振袖の袂に石を入れて、蝶のように両手を広げるお勢は、名だたる大作ヒロインたちに遜色ない「世紀の恋愛モノ」のクライマックスに立つヒロインっぷりだ。

 かわいいなあ、お勢ちゃん。
 あまりにバカで、おバカ過ぎて愛しい。

 お勢がかわいいことと、異世界ファンタジーであること、又七@きりやんがかっこいいことは、すべてひとつにつながっているよ。
 なにかひとつ欠けても成り立たない。

 それってほんとに、しあわせな物語だ。
 公演として、役者として、役者やカンパニーのファンとして。

 バウはチケ難だったのでリピートするという選択肢はなかったけれど、リピートできたらしあわせだったろうなあ。
 

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