「……それで? それで結局のところ、殿下はなにをお望みで?」
 役者は疲れた顔で坐り込む。
 殿下、と呼ばれた若い男は役者の傍らに立ち、傲慢な輝きに満ち言い捨てる。
「お前が欲しい」
「……私?」
 役者は笑う。
「いいでしょう、差し上げましょうとも。さて、殿下のお好みはハムレットですか? それともぐっと若くロミオがよろしい? お好きな私を差し上げましょう」
「……それらすべてを含め、お前自身が欲しい、エドモンド・キーン」
 殿下と呼ばれた男が、手にしたステッキの先で役者の顎を持ち上げる。役者の目が、はじめて男に向けられる。
「あるいは。それらすべてを必要としない、お前自身が欲しい」
 すべてを持つ男が言い放ち、彼の手の中の、自分自身すら持たない男は年若い征服者を鋭く見据え……やがて、その瞳を閉じた。
「お望みのままに……殿下」

                  ☆

 なんかもー、すげー萌えだったんですけど?!

 日生劇場公演『Kean(キーン)』

 はい、いつものよーに予備知識ナシ、誰が出るのかもわかっちゃいねー、記者会見に出ていた4人しか知らないよ状態で行ってきました。
 ので、幕開きからあまりの歌のアレさにべっくらこきましたが……。れ、れんたがんばれ……。

 あるシェイクスピア役者の物語。大人気で市民はおろか、貴族のサロンでもモテモテのエドモンド・キーン@トドロキ。
 しかしデンマーク大使夫人、エレナ・デ・コーバーグ公爵夫人@みなみとの不倫がきっかけで、話は転がりはじめる。
 キーンのパトロンであるプリンス・オブ・ウェールズ@れおんが、エレナをめぐってキーンの敵となったのだ。彼はあの手この手でキーンを追いつめていく。
 プリンスが道具として用意したのは、キーンにあこがれきっている豪商の娘アンナ・ダンビー@まりもで、キーンと彼女をくっつけて、エレナに愛想をつかさせようとする。
 エレナの夫、デンマーク大使@にしきさんや、アンナの婚約者@一輝慎も巻き込んで決闘だったり乱闘だったり未遂だったり口八丁だったり。まあいろいろと。
 客席であてつけるアンナとプリンスにキレたキーンは、舞台の上でプリンスを罵倒し、なにもかも失うことになるが……。

 
 えー、わたしは浅学なもので、シェークスピアなんてカケラも知りません。何回か観に行ったことはあるが、大抵爆睡したクチだ。学生時代、読もうとしたこともあるが、早々に挫折したくらい、肌に合いません。
 むしろ、シェイクスピア信者うぜぇ、と思っているクチです(笑)。や、自分が理解できないもんだから、ただの負け惜しみですが。

 それでもとくに問題なく、たのしく観劇できました。これでシェイクスピアに詳しい人なら、きっともっとたのしめるのだろうと思う。

 ただ、「この作品をタカラヅカでやる意義って、なんなんだろう」とは思いました。
 ヅカファンはこの作品を求めてないだろ……。

 まあ思うところはいろいろあるが、それらはあとに回すとして、今はまずミーハー感想。

 柚希礼音は、鬼畜でナンボの男です。

 いやー、久々に来ましたね、れおん万歳。
 ちえちゃんは鬼畜男を演じた方がツボります。
 健康的で大味すぎるれおんくん、わたしの好みからはかけ離れているんだが、唯一『龍星』ではわくわくさせてくれた。
 そーなのよ、「健康的で大味」じゃあダメなのよ。彼には「ゆがみ」がないとそそらないのよ。
 健康的で大味、路線として将来を約束された男。だからこそ持つ「ゆがみ」……それが感じられたとき、すげーそそるのよ、ドキドキするのよ。

 プリンス・オブ・ウェールズ最高っす。
 キーンを追いつめていく風情が、鬼畜でたまりません。
 苦悩するキーンを見つめる瞳に、愛情と憎悪が満ちています。自分で突き落としておきながら、やわらかな表情で彼を見守ったりしてます。

 もーね、1幕から「これって、プリンス×キーン? えええ、れおん×トドロキ? マジっすか?!!」と、うろたえていたんだけど。
 2幕がまたぶっちぎりでエロかったっす! プリンスったら鬼畜!!

 攻スキーなわたしのハートにジャストミートです、れおん殿下!

 殿下ったらね、キーンが女たちに贈った恋文の文章をそらんじているのよ。毎回同じ文面だからだって殿下は言うけどさ、毎回いちいち入手して読んでたんかいって、あたしゃ盛大に突っ込んだよ。
 これまでキーンがどんな女たちと遊んでいても、気にもとめなかった殿下。しかしエレナとの恋だけは、許せず割り込んできた。キーンが「これは真実の恋」と思い込んでいたせいだね。
 遊びの恋なら俯瞰もするが、本気ならば許さない。キーンが真実欲しいと思う女を、横からかすめ取っていく。
 しかも、キーンが唯一手にしている「舞台」という神聖な場で、キーンからその「舞台」すら奪っていく。

 どこまで鬼畜なんだ。
 キーンが自分を好きだということ……友人として愛していることを知っていながら。

 うん、キーンはプリンスを好きだと思う。
 下層階級の自分に劣等感を持ちながらも、それでも高貴な年下の友人を愛していたと思う。
 そんなキーンの複雑に屈折した心を知りながら、それでもなお、手のひらの上で転がそうとするんだ、プリンス・オブ・ウェールズったら!

 キーンがもっとも嫌う「身分の違い」を見せつけ、権力で彼を追いつめるんだ。

 キーンは「友人」だと信じていた相手に裏切られ、陥れられ、なにもかもなくすんだよ。
 そして、「舞台」の上に引きずり出され、辱められる。

 ……転げ回りたいくらい、エロいんですけど、あのふたりの関係。

 殿下はキーンを精神的にレイプしてるよねえ、アレ。「役者」を「舞台」の上で破滅させ、「舞台」の上で謝罪させるなんて、レイプだよ。
 魂の尊厳を踏みにじり、強姦してるんですけど。残酷だー。鬼畜だー。

 キーンの苦悩、プリンスに見せる憔悴と倦怠がいい。相手が彼だから……友人として心を許した相手だからこそ、その許した心のやわらかいところを傷つけられ、生命力に陰りを見せる。

 もういいよ、キーン。殿下の手の中に堕ちちゃいな。殿下はどんな姿のあなたも愛してくれるよ。

 と、心から萌えでした。

 トドロキとふたりのヒロインもの、みなみちゃんヒロインだなんてうれしー! とか思って観に行ったんだが。

 みなみちゃんはヒロインというほどでもなく、どっちかっつーとまりもちゃんがヒロイン、みなみちゃんはオイシイ2番手の女役って感じかな。
 そして、ほんとのところ、女ふたりはヒロインではあっても、「相手役」ではなかった。

 トドロキの相手役は、れおんでした。

 ふたりの男の、愛憎物語。真正面から向き合う物語。屈折しまくりながら、ね。

 いやあ、すばらしいっ。


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