そもそもの発端がまちがってしまっているために、その後のジェラールの行動すべてがおかしくなっている『アデュー・マルセイユ』

 シモンに金(と、封筒)をネコババさせたのはジェラール。
 大体、一緒に逃げればいいのにその場にとどまったのもジェラール。
 ヘタを打って見つかったのもジェラール。

 すべて自分が蒔いた種。
 なのにジェラールの脳内では「悪いのはシモン。俺は親友シモンをかばった英雄」ってことになっているのが、どーにも引っかかる。

 ここで引っかかってしまうと、せっかくの「孤独と秘密」が全部ジェラールの独りよがりになってしまう。

 悪いのは自分、他人の罪をかばっているわけではない。つまり自分の意志と判断でいくらでも「秘密」を捨てることができたし、「孤独」でなくなることもできたんだ。
 それをしなかったのは怠惰と無能のせいだろう? 「親友をかばう俺カッコイー」とかの自己陶酔ゆえか?

 少年院に送られても、最初の何年かが過ぎたあとは、どうやら、忘れられていたらしいしな。
 ジェラールをインターポールの刑事がスカウトに来ても、悪者たちは誰も気づかない。そもそも彼を少年院へ入れた悪徳刑事も、14年後に「少年院を出てから行方知れずになっていた」とのんきに思い出すくらい、ジェラール少年はどーでもいい存在だったんだ。
 孤独と秘密もないもんだ。ちょっとした才知がありゃあ、別の道で幸福になることもぜんぜんできたろうに。

 フィリップはどこまで理解してジェラールをスカウトしたのか。
 「友をかばって冤罪で投獄された少年」と思っているんだと思う。「ケンカで逮捕された」だけの少年に「鉄の意志」もなにもあったもんぢゃないからな。友でなくても、なにか大切なモノを守るために、秘密を守り続けているのだと思ったんだろ。
 つまり、フィリップが登場した段階で、ジェラールのマルセイユでの事件は「表向きとはチガウ、裏のある事件」だとICPOは認めているっつーわけだ。
 だからといってICPOが冤罪事件の真相を調べることはしなかったとしても、ジェラールが頼めば、もしくはジェラールの意志があれば、調査することができただろう?
 ジェラールは目の前で殺された「鞄の男」が何者なのか、悪者たちが追っていたモノはなんなのか、そもそも何故自分が少年院に何年も閉じこめられなければならなかったのか、まったく興味がなかったらしい。
 せっかく刑事になったあとも、調べることはせず。
 鞄の男も浮かばれないよな……。

 自分の意志で調査ができたのに、しなかった。マルセイユへも、帰りたくても帰れなかった、のではなく、ただ帰らなかっただけ。
 ジェラールが悪者の目の届かないところへ消えても平気なくらい、彼はもう忘れられていたんだから、故郷へ帰ることはたやすかったのに。
 自分の意志で帰らなかったんだ。

 地下水道事件の真相も調べないし、故郷にも帰らない。ネコババ品を押しつけた友人の様子も伺わない。
 で、本人は「孤独と秘密」と酔う。

 仕事でたまたまマルセイユへ行くことになり、善良なシモンを騙して彼のホテルへ逗留(浮いた経費は着服?)。
 仕事で追っていた事件がこれまたたまたま14年前の地下水道事件と関係があった。
 てゆーか。
 地下水道で殺された鞄の男は、当時の市長の汚職を告発しようとした助役だった。……てことがわかっただけで、「14年前の謎がすべて解けた」になるのは無理だろ。
 だって事件のこと、なにも調べてなかったじゃん? 関係なかったじゃん?

 当時の市長の汚職はどうなった? 14年前と現在のつながりは? 14年間ずーーっとすべての市長はスコルピオや悪徳刑事とつるんでいたのか?
 鞄の男の正体がわかって、わかったことって、モーリスが騙されていたってことだけじゃん。

 市長の汚職まで話を広げると、偽札事件とは別物語になっちゃうんだけどなあ。

 もちろんこれも、二転三転したプロットのなかに、

ジェラールは婦人参政権運動の活動家マリアンヌに出会う。彼女は汚職事件の最中、狙撃された元市長の娘だった。実はジェラールの母もその銃撃戦の流れ弾に当たり亡くなったのだった。

 てなものがあった名残だと思う。

 とにかく、プロットが二転三転……十転するうちに、わけがわかんなくなっちゃったんだね、イケコ自身が。
 これはプロットAのエピソード、これはプロットB、でもこの部分だけプロットAで、そこにプロットCのエピソードの一部分を付け足して、でもAとCは別の物語だったから辻褄は合わなくて……の、繰り返し。

 最初から、事件をひとつにし、主要キャラクタを決めて変更しなければよかったのに。

 プロットAの名残でジェラールとシモンは幼なじみで共に悪事を働いていて、でもプロットBではジェラールは正義の人で窃盗なんかしないから別の事件に巻き込まれて、そのことで14年も経ってからシモンに恩を着せて、プロットCの刑事ジェラールが追っているのは偽札事件なのに、プロットBの市長暗殺事件の一部が尾を引きずっていて……。
 別の話と、別のキャラクタを、ひとつの物語に混ぜるから失敗するんだ。
 ジェラールもシモンもマリアンヌも、プロットごとに別人でしょ? プロットを混ぜて人格めちゃくちゃにして、なにやってんだ?

 ストーリーの「動」部分でもこうやってわけわかんねーことになってるんだけど、そのうえさらに、ジェラールとマリアンヌは、いつからそんな関係に? てな「心」部分での薄っぺらさも露呈してるしなー。
 プロットが二転三転……十転しているうちに、ラヴストーリー書くの、忘れちゃったんだよね? プロットが二転三転……十転しているうちに、友情物語書くの、忘れちゃったのと同じで。

 あまりに書き込み不足で唐突すぎる、ふたりの恋愛。
 べつに恋しなくてもいいんじゃ? みたいな。
 そして、男ができるなり「婦人参政運動」はどーでもヨシ! という、「こんな女がいるから、女の社会的地位が上がらないんじゃん」という見本のよーな言動を、マリアンヌに取らせるしなー。
 なんでそうなるか、というと、オサに「サヨナラ公演らしい台詞を言わせるため」……ジェラールに、ではなく、オサに。

 物語的にもちっとも「故郷」に「永いサヨナラ」と言うような話ではないんだが、オサに「アデュー」と言わせたいがためだけに、内容と関係なく言わせて終わるしな。

 まあ、そこは座付き作者ゆえの愛情なんだろう……。
 作品を壊しても、サヨナラっぽくする、てのは。作品を壊している、ことに作者が気づいていなかったらどうしようという不安は残るけど(笑)。

 ほんとにイケコ、作劇の才能ないよな……。

 世界征服もマッドサイエンティストも変な機械も出てこないから、コワレ度は低い。プロットのつぎはぎだけど、とりあえず同じカラーのエピソードをつないでいるので、見た目もそれほど破綻していない。
 結果、小池修一郎のオリジナル作品としては、驚異的に「壊れていない」という評価になる。
 タカラヅカはステキなところだ(笑)。


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