彼が壮絶な「美しさ」を発する世界で。@A-“R”ex
2007年12月14日 タカラヅカ 瀬奈じゅんの美しさを、思い知る。
初日に行ってきました、『A-“R”ex』。
チケット持ってなかったけど、行けばなんとかなるさと。や、オペラグラスも持ってなかったんだけど、オギーだし初日だし。チケット掲示板の手応えから、こりゃサバキはけっこー出るなと踏んで。
びんぼーなので後方の安い席で観劇。
肉眼でも出演者少ないし半分以上役者の区別つくし、前方席のチケットはすでに押さえてあるし。最初は後方でざーっとオギー体験しましょ。
予備知識ナシ。
タイトルとあさことかなみん、シビさんラストってことと、マチオ先輩が出ることしか、知らなかった。
「半分以上役者の区別がつく」ってのは、出演者の発表があったときにそう思った、という記憶があるだけで、実際は誰が出るかわかっていないという(笑)。
だから誰か出てくるたびに、「あ、この子出てるんだ」と新鮮な驚きでした。
ええ、きりやんの登場にすら、驚いた。きりやん、出てたんだ!みたいな。
正直、あさこでオギーがナニやるんだろう、と思っていた。
あさこちゃんはオギー世界の住人ではないよなぁ、と。
かなみちゃんときりやんは、「毒」や「闇」も演じられる人たちだから問題ないだろうけど、あさこちゃんはどうなるんだろう? と。
まあ、太陽のワタル兄貴主役で作品書ける人だから、誰が主役でも良い仕事はするんだろうという安心感もあったけどな。
しかし……。
こうなるとは、思ってなかった。
これは、タカラヅカではない。
最初から、オギーの外部芝居のノリだった。今は亡きスパークヒップス系。
タキさん、シビさんがまた、容赦なく実力を見せつける。
かなみん、きりやんも安定した技術と華と「毒」を披露する。
脇の子たちもまた、それぞれ役割に応じて「仕事」をしている。
女の子たちはそれぞれ見せ場があってキャラがあってオイシイ。
狂気の花嫁@りんかの美しさとヒビの入った透明さがこわい。
まさきの華と実力、強さのある毒がまぶしい。
だがソレは、「タカラヅカ」ではない。
舞台構成も、衣装も、セットも、なにもかも「タカラヅカ」ではない。
美しくない。
キャラクタも、ストーリーも、美術も、画面も。
どろどろと、おぞましい。
これは、外部でタカラヅカOGを使ってやるべき芝居だ。
その方が、さらに「活きた」と思う。
だって。
その「タカラヅカ」的でない世界の真ん中で、アレックス@瀬奈じゅんが、あまりにも「タカラヅカ」だからだ。
「タカラヅカ」であることを否定した世界で、アレックスひとりが「タカラヅカ」なんだ。
彼ひとりが場にも役にもそぐわない、世界観を無視した「タカラヅカ」な衣装を着る。
彼ひとり、演技の質が違い、存在がチガウ。
彼ひとりが、美しい。
壮絶に。
悲しくて。
痛くて。
あさこファンでなくてよかった、と思った。
わたしなら、自分の贔屓がこんな痛々しい役を演じている様を見るのはつらい。
最初から、なにもかも語られている。
台詞の洪水。
テーマもストーリーも、なにもかも言葉遊びのように皮肉のように風刺のように、なにもかも投げ出されている。
アレクサンダーを演じる役者でもあるあさこは、最初から「世界」から突き放されている。
彼は「主役」であり、「ナニを着ても良い」「なんでもいい」と烙印を押されている。
彼がどうであれ、彼は「真ん中」に立ち、彼を中心に物語は進む。
いや、進んでいるのは「世界」でしかなく、彼はそこに「在る」だけだ。
ひとりだけ、きれいな衣装を着て。
ぽつんと。
ひとりぼっちで。
同じ舞台にいるのに、彼だけが、別の世界にいる。
彼が放つ、真っ白い光。
現実ではない、美しすぎる光。
その無意味さ、無力さが、かなしくて。つらくて。痛くて。
なんでオギー、ここまでやる?
あさこに対して、ここまでやっちゃうのかよ。
外部で、卒業したばかりのヅカOGでやるべき芝居だ。
本物の男性がいた方がいい。そして、アレックス役はヅカOGの男役が演じる。
その方が、さらに世界観とアレックスの孤独が浮き彫りになっただろう。
現役で見るのは、つらい。痛い。
あさこがオギー世界の住人でないからこその扱いがまた、痛い。ソレを逆手にとって出来た作品だと、つまりあさこへのアテ書きだとこうなるのだということがまた、痛い。
あさこがどれほど美しいか、これほど堪能できる作品はない。
だけど、彼の美しさが、つらすぎる。
ナニもかも「語りすぎ」な作品なんだけど、初日の組長の挨拶まで「語りすぎ」だったことには笑った。
タキさん、「この作品の見方」を、説明してました。げげげ。あ、ありえねー。出演者が「この作品は、こんなふうに見るもんなんですよ」と例を出して解説するなんて。
でもまあ、仕方ないわなあ。
客席はぽかーんとしていて、幕間の他の客の会話を聞いていたけどみんな「わけわかんねー」「こんな芝居やりたいなら、どっか他でやってよ」系のことを言ってたしなー。
オギーの芝居がわけわからんのはいつものことだが、それでも今までの作品は最低限「美しかった」からな。
美しくもないんじゃ、そりゃ苦情も出るわ。
だからこそ、タキさんが挨拶でわざわざ事細かに「解説」したんだな。
や、あくまでも「挨拶」の範疇に収めていたけど、アレはまちがいなく「作品の見方」「解説」ですよ(笑)。
あ、マチオ先輩はナレーターです。
大仰な衣装で登場して、空気をぶっ壊して行きます。この作品の、大切な「癒し系」です(笑)。
初日に行ってきました、『A-“R”ex』。
チケット持ってなかったけど、行けばなんとかなるさと。や、オペラグラスも持ってなかったんだけど、オギーだし初日だし。チケット掲示板の手応えから、こりゃサバキはけっこー出るなと踏んで。
びんぼーなので後方の安い席で観劇。
肉眼でも出演者少ないし半分以上役者の区別つくし、前方席のチケットはすでに押さえてあるし。最初は後方でざーっとオギー体験しましょ。
予備知識ナシ。
タイトルとあさことかなみん、シビさんラストってことと、マチオ先輩が出ることしか、知らなかった。
「半分以上役者の区別がつく」ってのは、出演者の発表があったときにそう思った、という記憶があるだけで、実際は誰が出るかわかっていないという(笑)。
だから誰か出てくるたびに、「あ、この子出てるんだ」と新鮮な驚きでした。
ええ、きりやんの登場にすら、驚いた。きりやん、出てたんだ!みたいな。
正直、あさこでオギーがナニやるんだろう、と思っていた。
あさこちゃんはオギー世界の住人ではないよなぁ、と。
かなみちゃんときりやんは、「毒」や「闇」も演じられる人たちだから問題ないだろうけど、あさこちゃんはどうなるんだろう? と。
まあ、太陽のワタル兄貴主役で作品書ける人だから、誰が主役でも良い仕事はするんだろうという安心感もあったけどな。
しかし……。
こうなるとは、思ってなかった。
これは、タカラヅカではない。
最初から、オギーの外部芝居のノリだった。今は亡きスパークヒップス系。
タキさん、シビさんがまた、容赦なく実力を見せつける。
かなみん、きりやんも安定した技術と華と「毒」を披露する。
脇の子たちもまた、それぞれ役割に応じて「仕事」をしている。
女の子たちはそれぞれ見せ場があってキャラがあってオイシイ。
狂気の花嫁@りんかの美しさとヒビの入った透明さがこわい。
まさきの華と実力、強さのある毒がまぶしい。
だがソレは、「タカラヅカ」ではない。
舞台構成も、衣装も、セットも、なにもかも「タカラヅカ」ではない。
美しくない。
キャラクタも、ストーリーも、美術も、画面も。
どろどろと、おぞましい。
これは、外部でタカラヅカOGを使ってやるべき芝居だ。
その方が、さらに「活きた」と思う。
だって。
その「タカラヅカ」的でない世界の真ん中で、アレックス@瀬奈じゅんが、あまりにも「タカラヅカ」だからだ。
「タカラヅカ」であることを否定した世界で、アレックスひとりが「タカラヅカ」なんだ。
彼ひとりが場にも役にもそぐわない、世界観を無視した「タカラヅカ」な衣装を着る。
彼ひとり、演技の質が違い、存在がチガウ。
彼ひとりが、美しい。
壮絶に。
悲しくて。
痛くて。
あさこファンでなくてよかった、と思った。
わたしなら、自分の贔屓がこんな痛々しい役を演じている様を見るのはつらい。
最初から、なにもかも語られている。
台詞の洪水。
テーマもストーリーも、なにもかも言葉遊びのように皮肉のように風刺のように、なにもかも投げ出されている。
アレクサンダーを演じる役者でもあるあさこは、最初から「世界」から突き放されている。
彼は「主役」であり、「ナニを着ても良い」「なんでもいい」と烙印を押されている。
彼がどうであれ、彼は「真ん中」に立ち、彼を中心に物語は進む。
いや、進んでいるのは「世界」でしかなく、彼はそこに「在る」だけだ。
ひとりだけ、きれいな衣装を着て。
ぽつんと。
ひとりぼっちで。
同じ舞台にいるのに、彼だけが、別の世界にいる。
彼が放つ、真っ白い光。
現実ではない、美しすぎる光。
その無意味さ、無力さが、かなしくて。つらくて。痛くて。
なんでオギー、ここまでやる?
あさこに対して、ここまでやっちゃうのかよ。
外部で、卒業したばかりのヅカOGでやるべき芝居だ。
本物の男性がいた方がいい。そして、アレックス役はヅカOGの男役が演じる。
その方が、さらに世界観とアレックスの孤独が浮き彫りになっただろう。
現役で見るのは、つらい。痛い。
あさこがオギー世界の住人でないからこその扱いがまた、痛い。ソレを逆手にとって出来た作品だと、つまりあさこへのアテ書きだとこうなるのだということがまた、痛い。
あさこがどれほど美しいか、これほど堪能できる作品はない。
だけど、彼の美しさが、つらすぎる。
ナニもかも「語りすぎ」な作品なんだけど、初日の組長の挨拶まで「語りすぎ」だったことには笑った。
タキさん、「この作品の見方」を、説明してました。げげげ。あ、ありえねー。出演者が「この作品は、こんなふうに見るもんなんですよ」と例を出して解説するなんて。
でもまあ、仕方ないわなあ。
客席はぽかーんとしていて、幕間の他の客の会話を聞いていたけどみんな「わけわかんねー」「こんな芝居やりたいなら、どっか他でやってよ」系のことを言ってたしなー。
オギーの芝居がわけわからんのはいつものことだが、それでも今までの作品は最低限「美しかった」からな。
美しくもないんじゃ、そりゃ苦情も出るわ。
だからこそ、タキさんが挨拶でわざわざ事細かに「解説」したんだな。
や、あくまでも「挨拶」の範疇に収めていたけど、アレはまちがいなく「作品の見方」「解説」ですよ(笑)。
あ、マチオ先輩はナレーターです。
大仰な衣装で登場して、空気をぶっ壊して行きます。この作品の、大切な「癒し系」です(笑)。
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