退院のめどがついていないときから、「『ミーマイ』新公は絶対行くからねーっ!」と意気をあげ、友人たちをあきれさせておりました。
 だって『ミーマイ』本公最前列、観られなかったんだよ? 新公だけは絶対行くー!!

 で、ちゃーんとそれまでに退院できたし(もぎ取った感はある・笑)、新公前に本公も観なきゃだし、新公日はWヘッダするぞぉーっ。
 ひさしぶりのムラだー、タカラヅカだー、と朝からわくわく用意をしていたら、nanaタンから電話。今日ひょっとしてWする気? と。

「病み上がりが心配だから、家まで車で迎えに行く」

 えー?
 新公観るわけだから、ムラでは会えるだろうと思ってたけど……nanaタンの方がムラの近くに住んでるから、オレんちに来るっつーのは、逆方向で……。

 えっと、オレ、愛されてる?(オレ女やめなさい)

 いい人だnanaタン。
 往復送り迎え付き、とってもお大尽な1日でした。ありがとうありがとう。
 もちろん車の中では『ミロワール』実況CDがエンドレス……(笑)。ゆみこちゃんはいっぱい歌ってるなあ。そして水しぇんはあんまり歌ってないんだなあ……CDだとよくわかる、この歌バランス。

 
 ひさしぶりのムラは、桜が終わりかけておりました。
 1年経つのって早い。

 んで、「最前列でミーマイ!ができなかった」としょぼくれていたわたし、当日券であっさり6列目センターGET。
 えええ、すげー席じゃんちょっと。いちまんえんの5列目より、びんぼなわたしにはお得だわ。

 『ミーマイ』に縁がない、なんてことを言わず、堪能しなさいってことなんだわ……神様ありがとう。

 
 そんなこんなで、あちこち感謝モード、しあわせいっぱいモードで『ME AND MY GIRL』観劇開始。タカラヅカが観られるシアワセ噛みしめて。

 
 たのしかった。

 
 すごーくたのしくて、とってもしあわせだった。

 わたしは笑いツボがひとよりかなり少ないので、笑うことはほとんどなかったけれど(海外ミュージカルのユーモアはわたしのツボとかけ離れている)、別に喜劇を求めてないのでどーでもいい。
 罪なく純粋にしあわせに浸っていれるのがいい。

 そして、二重三重映しになる、記憶。

 まったく自覚していなかったが、実際に『ME AND MY GIRL』を観劇すると、過去に観た『ミーマイ』がいろいろ思い出されてくるんだ。
 『エリザベート』のように台詞全部歌全部場面全部おぼえてるよね、なんて勢いで記憶しているわけじゃない、遠い昔に天海版1回、久世版1回観ただけなのに。

 舞台だけでなく、それを観ていたときの自分ごと。感情ごと。

 その郷愁も込めて、甘酸っぱい幸福感と、一抹の切なさになる。

 
 とってもたのしく拍手して手拍子して。
 6列目でもオペラ使ってきゃーきゃーミーハーして。

 それでも少し、気になったこと。

 なんか、バランス悪い?
 「タカラヅカ」と「ミュージカル」の。

 どっちを観ているのか、や、どっちでもいいし区別の必要もないものだとわかってはいるが……演技や存在にムラがあることが、気になった。
 あさこちゃん中心になると「タカラヅカ」になり、それ以外の人たちだと「ミュージカル」になる。
 微妙な差というか感覚なんだけど……この違和感が終始つきまとった。
 
 どちらかに統一しなければならない、というようなものでもないんだろうし、これはこれでよいのだろうけど。
 主役と主要人物たちの演技のカラーがチガウのは、『ミーマイ』だからなのか。ふつーに「タカラヅカ」な作品なら、こんな違和感は起こらないのか。
 よくわからない。

 んで、天海版よりのんちゃん版の方が強く記憶に残っているわたしはわかっていなかったんだが、この芝居、銀橋使わないんだね。
 のんちゃんは中日公演で銀橋のない舞台だったから、気づいてなかった。
 タカラヅカの特徴であるエプロン・ステージ、銀橋をほとんど使わない演出。

 海外ミュージカルをそのままスライドさせたとしても、ハコに合わせて演出を変更することは可能だと思う。決めになるソロとか、ちょっとした会話だけとかを、銀橋に出てきて演じさせることは、いくらでもできるだろう。
 でもそれを、あえてしていない。
 きっとこだわりがあるんだろうな。

 銀橋の存在なんかすっかり忘れて見入っていたので、ランベス・ウォークのとこでみんなが銀橋に出てきて、びっくりした。
 そうかこの劇場、エプロン・ステージあったんだ!! あるのに演出上、劇場の構造無視して「ない」ことになってたから、客席降りをする途中の場所として銀橋が使用されたときに、おどろいた。

 タカラヅカはトップスター中心が正しいと思っているので、あさこちゃんのカラーに合わせて、もう少し「タカラヅカ」寄りの演出にしてもよかったんじゃないかなあ、とは思う。
 「ミュージカル」寄りの演出はきりやんの博多座に任せて、大劇場では銀橋もばんばん使う、あさこのための演出に。
 そうしたらあさこと他出演者たちとの違和感も、薄れただろうし。
 過去作品をそのまま再現するのではなく、現在に合わせて、スターのカラーに合わせて再構築する……てのは、「名作サマ」でしてはいけないことなのかなぁ。版権とかあって、変更は一切ダメ、とかいう可能性もあるか。
 それに「変えない」ことを残念に思う人より、「変えた」ことで不満を言う人たちの方が圧倒的に多いもんだしなあ。『ミーマイ』に限らず、過去の記憶は美化される一方だし。ヘタに手を加えない方が無難で安全ってもんだし。

 たんに、こんな良席に坐れることなんてそうそうあり得ないのに、銀橋使用不可芝居だったことが残念だったなと(笑)。

 
 それでも短いフィナーレと、初舞台生ロケットに「これぞタカラヅカ!」なキモチを盛り上げられ、大階段と舞台、ものすげー人口密度っぷりに仰天する。
 ……こんなものすごい人数いたの? このハコでこの人数でやる芝居ぢゃないだろうに……ゲフンゲフン。
 いやその、このゼイタクっぷりが素晴らしいのよ。ほんとすげーや。
 役と呼べるほどの役がなくても、みんな作品を、世界を愛し、前を向いてきらきらしている。

 
 やっぱタカラヅカいいなあ。
 健康第一、元気にあと50年はヅカファンやるぞぉ! と新たに感激したのでした。


コメント

日記内を検索