彼がわたしに還る物語を・その3。@夢の浮橋
2008年12月5日 タカラヅカ 愉快なのは、明らかに、匂宮の片想いだということ。
浮舟に対してじゃないよ? 浮舟は、匂宮を好きだったと思う。
匂宮が一方的な想いを寄せていたのは、薫に対して。
腐った意味ではなく(笑)。や、腐ってても別にいいけど。なにしろ、大野くん作『宇治十帖』の二次創作『夢の浮橋』だから。
原作を下敷きにしているけれど、原作とは無関係っていうか。
史実のボニー&クライドと、オギーの『凍てついた明日』が無関係なのと同じっていうか。
「創作」てのは、これくらい自由であっていいと思っている。
原作はさておき、あくまでも、『夢の浮橋』の中での話。
匂宮は一途に薫にこだわり続けているけれど、薫の方は匂宮には大した興味はない。
匂宮が浮舟に手を出しているとわかったとき、匂宮には直接ナニも言わず、周囲の大人たち……権力者たちに密告して引き離そうとするあたり、愛情がない(笑)。
「女房が友人に寝取られた! くそー、友人の会社と取引先に『この男、不倫してますよ』って怪文書送ってやる!」
……とは、しないだろ、ふつー。
ふつーならまず、友人と話すだろ。……友人なら。
そんな手間を掛けるより、夕霧たちを動かす方が簡単だったんだね、薫の気持ち的に。また、その決断・行動の速さは、薫の正気の部分であり、優れた知性の持ち主である証拠なんだろう。実に的確で、無駄のない行動だ(笑)。
友人に対してそんな非道な手段を平気で執るあたり、薫の「心」の部分が蝕まれている証拠なんだろう。まるでなにかに操られるように、無表情に、他人の罪を責める。
「愛」と「罪」が同義語である薫にとっての、最後の砦が浮舟だった。
初恋の女一の宮にはその想いを過去形で、すでに失われたものとして話し、幼なじみの匂宮を平気で陥れる。
母は人形、自分は不義の子。
心から愛した大君は彼のものにはならず、失われた。
薫が浮舟を愛していたかどうかは、知らない。
浮舟はあまりに都合の良すぎる存在だ。
愛する大君に似ていて、愛する母のように人形めいた女。
浮舟を匂宮に盗られてはじめて、愛したんじゃないかとも思える。
浮舟は匂宮を愛することでさらに、「想い出の中の母」と符合したんだよね、
夫以外の男の子を産み、その夫ではない男のことでしか、感情を表さなかった母に。
盗られて惜しくなったとかではなく、はじめて「気づいた」んじゃないか。
自分が浮舟にナニを求めていたか。
罪しか知らない薫は、愛し方を知らない。
浮舟という理想の恋人を囲いながら、彼女になにを求めていいか、自分がなにを欲しているか、気づいてなかった。
匂宮に対して生身の女の感情を浮かべる浮舟を見て、はじめて、気づいた。
あれが、自分の欲しかったものだと。
だから薫は、浮舟をかき口説く。
もう一度自分とやり直してくれと。
欲しかったものはわかった。どうしたいのかわかった。
愛したいんだ。
生きている、女を。
人形ではなく、人間を。
薫の中の、正常な部分。半分闇に沈んでいた彼が、必死になって這い上がり、光射す方へと進み出した。
彼の出生、半生を思えば、どれほどのものを超えて、浮舟をかき口説いているか。
すがって、いるか。
ただの色恋の次元を超えて、魂を、現世を懸けて。
浮舟は肯いた。
薫とやり直すと、薫ものでいると応えた。
薫はよろこんで、浮舟を抱きしめる。
けれど。
薫は、気づいていない。
腕の中の浮舟が、すでに「ひと」ではないことを。
薫と、匂宮。選べなかった彼女は、心を失った。
彼女が愛していたのは、匂宮だと思う。だけど、薫の懇願をうち捨てられなかった。
薫が欲したのは、生身の女。
人形ではない、生きた人間。
なのに。
彼がすべてを懸けて欲した女は、彼の腕に落ちた瞬間、人形となった。
糸の切れたあやつり人形のような女を抱きしめ、薫は愛を歌う。
「罪も懼れない」と。
「愛」と「罪」が同義語であった薫が。
それらすべてを超えて。
超えて……、愛したのに。
薫が、哀れでならない。
結局薫には、人形しか残らない。
罪の子よ。
愛という罪を背負って生まれた子よ。
なにもかもが、彼の前を過ぎ去っていく。指の間をすり抜けていく。
最後の砦である浮舟を守ろうと、自分から「愛」を奪ってゆく匂宮に敵対する姿は、薫が「こちら側」で生きようとした証。
狂気の世界から、わたしたちのいる世界へ戻り、なんとか暮らしていこうとしていた。浮舟とふたりで、こちら側で生きようとしたんだ。
でもそれも、裏切られる。
浮舟の自殺によって。
未遂であったとこは、関係ない。死んでまで、薫から逃れようとした、その事実だけで。
薫がこの世界で、正気で、生きる理由が浮舟だったのに。
浮舟は、薫を全否定した。
浮舟が現世で生きる理由のすべてだったのだから、彼女からの否定は、世界からの否定だ。
薫は拒絶された。
「世界」に。
物語の中でただ一度、取り乱す薫。
浮舟の自殺を「お前のせいだ!」と匂宮に掴みかかる。
ただ、このときだけ。
「お前」……それまで、頑なに身分を全面に出した話し方しかしなかった薫が、なにもかもかなぐり捨てる。
たぶん、子どものころは「お前」呼びしていたのだろう。
そう、子どもの頃のように。
少年に返る薫とは対照的に、匂宮は大人の顔を見せる。
大人……自分の歩む道の先まで見据えた、哀れな大人の、顔を。
続く。
浮舟に対してじゃないよ? 浮舟は、匂宮を好きだったと思う。
匂宮が一方的な想いを寄せていたのは、薫に対して。
腐った意味ではなく(笑)。や、腐ってても別にいいけど。なにしろ、大野くん作『宇治十帖』の二次創作『夢の浮橋』だから。
原作を下敷きにしているけれど、原作とは無関係っていうか。
史実のボニー&クライドと、オギーの『凍てついた明日』が無関係なのと同じっていうか。
「創作」てのは、これくらい自由であっていいと思っている。
原作はさておき、あくまでも、『夢の浮橋』の中での話。
匂宮は一途に薫にこだわり続けているけれど、薫の方は匂宮には大した興味はない。
匂宮が浮舟に手を出しているとわかったとき、匂宮には直接ナニも言わず、周囲の大人たち……権力者たちに密告して引き離そうとするあたり、愛情がない(笑)。
「女房が友人に寝取られた! くそー、友人の会社と取引先に『この男、不倫してますよ』って怪文書送ってやる!」
……とは、しないだろ、ふつー。
ふつーならまず、友人と話すだろ。……友人なら。
そんな手間を掛けるより、夕霧たちを動かす方が簡単だったんだね、薫の気持ち的に。また、その決断・行動の速さは、薫の正気の部分であり、優れた知性の持ち主である証拠なんだろう。実に的確で、無駄のない行動だ(笑)。
友人に対してそんな非道な手段を平気で執るあたり、薫の「心」の部分が蝕まれている証拠なんだろう。まるでなにかに操られるように、無表情に、他人の罪を責める。
「愛」と「罪」が同義語である薫にとっての、最後の砦が浮舟だった。
初恋の女一の宮にはその想いを過去形で、すでに失われたものとして話し、幼なじみの匂宮を平気で陥れる。
母は人形、自分は不義の子。
心から愛した大君は彼のものにはならず、失われた。
薫が浮舟を愛していたかどうかは、知らない。
浮舟はあまりに都合の良すぎる存在だ。
愛する大君に似ていて、愛する母のように人形めいた女。
浮舟を匂宮に盗られてはじめて、愛したんじゃないかとも思える。
浮舟は匂宮を愛することでさらに、「想い出の中の母」と符合したんだよね、
夫以外の男の子を産み、その夫ではない男のことでしか、感情を表さなかった母に。
盗られて惜しくなったとかではなく、はじめて「気づいた」んじゃないか。
自分が浮舟にナニを求めていたか。
罪しか知らない薫は、愛し方を知らない。
浮舟という理想の恋人を囲いながら、彼女になにを求めていいか、自分がなにを欲しているか、気づいてなかった。
匂宮に対して生身の女の感情を浮かべる浮舟を見て、はじめて、気づいた。
あれが、自分の欲しかったものだと。
だから薫は、浮舟をかき口説く。
もう一度自分とやり直してくれと。
欲しかったものはわかった。どうしたいのかわかった。
愛したいんだ。
生きている、女を。
人形ではなく、人間を。
薫の中の、正常な部分。半分闇に沈んでいた彼が、必死になって這い上がり、光射す方へと進み出した。
彼の出生、半生を思えば、どれほどのものを超えて、浮舟をかき口説いているか。
すがって、いるか。
ただの色恋の次元を超えて、魂を、現世を懸けて。
浮舟は肯いた。
薫とやり直すと、薫ものでいると応えた。
薫はよろこんで、浮舟を抱きしめる。
けれど。
薫は、気づいていない。
腕の中の浮舟が、すでに「ひと」ではないことを。
薫と、匂宮。選べなかった彼女は、心を失った。
彼女が愛していたのは、匂宮だと思う。だけど、薫の懇願をうち捨てられなかった。
薫が欲したのは、生身の女。
人形ではない、生きた人間。
なのに。
彼がすべてを懸けて欲した女は、彼の腕に落ちた瞬間、人形となった。
糸の切れたあやつり人形のような女を抱きしめ、薫は愛を歌う。
「罪も懼れない」と。
「愛」と「罪」が同義語であった薫が。
それらすべてを超えて。
超えて……、愛したのに。
薫が、哀れでならない。
結局薫には、人形しか残らない。
罪の子よ。
愛という罪を背負って生まれた子よ。
なにもかもが、彼の前を過ぎ去っていく。指の間をすり抜けていく。
最後の砦である浮舟を守ろうと、自分から「愛」を奪ってゆく匂宮に敵対する姿は、薫が「こちら側」で生きようとした証。
狂気の世界から、わたしたちのいる世界へ戻り、なんとか暮らしていこうとしていた。浮舟とふたりで、こちら側で生きようとしたんだ。
でもそれも、裏切られる。
浮舟の自殺によって。
未遂であったとこは、関係ない。死んでまで、薫から逃れようとした、その事実だけで。
薫がこの世界で、正気で、生きる理由が浮舟だったのに。
浮舟は、薫を全否定した。
浮舟が現世で生きる理由のすべてだったのだから、彼女からの否定は、世界からの否定だ。
薫は拒絶された。
「世界」に。
物語の中でただ一度、取り乱す薫。
浮舟の自殺を「お前のせいだ!」と匂宮に掴みかかる。
ただ、このときだけ。
「お前」……それまで、頑なに身分を全面に出した話し方しかしなかった薫が、なにもかもかなぐり捨てる。
たぶん、子どものころは「お前」呼びしていたのだろう。
そう、子どもの頃のように。
少年に返る薫とは対照的に、匂宮は大人の顔を見せる。
大人……自分の歩む道の先まで見据えた、哀れな大人の、顔を。
続く。
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