向かうところがどこであれ。@太王四神記
2009年2月2日 タカラヅカ りせが、へなちょこじゃなかった……!!
へなちょこりせ、と言い続けて数年。そのへなちょこぶりも含め、愛でてきた。
最初の出会いは、『月の燈影』か。あまりのへたっぴさに、「どーしてこの子がこんな役を?!」と人事に理不尽さを感じ(笑)、その後『エリザベート』で「どこを見てもこの子が出てる、この子が目に付く」状態から、顔がすげーきれいなこともあり注目し、「そうか、あんなにダメダメだったのは日本物がヘタだってだけなのね」と誤解した。うん、誤解。『エリザベート』がまだ良かったのは、子役だったから。へたっぴでも子役はなんとかなるもんなんだ。
何故かずっと抜擢され続けたけれど、男役としての技術は向上しないまま、おバカな役やかわいこちゃん、子役ならハマるけれど、オトナの男にはなれないまま現在に至る。
それでもこの子に惹かれたのは、りせの持つ「いびつさ」もまた、タカラヅカというファンタジーが許容していたためだろう。
りせの演じる悪役が好きだった。
ギュンターとか、ロドリーゴとか。
(http://koalatta.blog48.fc2.com/blog-entry-1238.html@新人公演『落陽のパレルモ』感想)
あれほど抜擢続きだったのにさすがに最近はソレもなく、扱いが落ち着いてしまったタメに、「悪役」なんてオイシイ役は回ってこず。……あああ、バウでもDCでもなんでもいいから、まとまった期間のある公演で、りせの悪役が見たかったよ……。
りせの最後の作品である『太王四神記』にて、女兵士役が回ってきたのは、演出家の愛情だとは思う。
男役としての技術の低さ、へなちょこさを補うには、男勝りな女兵士役はうってつけだと思う。
実際、カクダン役は良かった。
りせの美しさが前面に出て、いろんなアレさは目立たなかった。
てゆーか、ほんとーにフェアリーなんだなと思う。
男ではないけれど、女性まんまでもない、不思議な存在。不思議な魅力。
中性というのでもない、りせは。
男としても女としても、等しく「足りていない」ものがあり、それゆえの不安定さ、いびつさが彼を「そこにいる」と注目させるのかもしれない。
カクダンは1幕最後で死んでしまうので、その後は名も無き男役としてあちこちにまざっている。王宮で大仰な衣装着て右往左往していたり、戦場で楯持って走り回ってたり。
細い、男役としてはへなちょこな姿で。
や、もお、ほんと、いいんだよ。
へなちょこでもなんでも。
りせはりせだからイイ。
間違いなく彼もファンタジー、現実ではない世界で生きる人。
彼がこの花園を去ることにはわたし的に覚悟と納得を決めていたので、わりと冷静に俯瞰して眺めているところがあったんだが。
それでも千秋楽、フィナーレの男役姿で胸に花なんか飾られて出てこられたら、涙腺決壊しますよ。
満面の笑みで踊る姿が、まぶしくて。愛しくて。
へなちょこ言うのがたのしかった。マイナスの言葉、悪口に分類される言葉かもしれない、ファンの人からすれば不快な表現だったかもしれないが、愛でる意味で使ってきた。
他に呼び名の上にそう付けて呼ぶ子はいない。特別な思い入れ。
へなちょこ、であってほしいと思っていたのかもしれない。
キャラとして、そうあってほしいというフィルターで見ていたのかもしれない。
最後の最後。
袴姿で挨拶をするりせは、へなちょこなんかじゃなかった。
感情に溺れることなく端正に言うべきコトを言葉にして、途中半端に起こった拍手を笑顔で受け流した。
一部の観客たちは話の流れとは無関係に「ありがとうございました」という言葉に反応して勝手に拍手をはじめるんだよな。アレ、なんとかして欲しい。話聞いてりゃまだ途中だってこと、これからも話が続くことはわかるだろうに、単語にのみ反応して「終わりの拍手」をするの。
せっかく淀みなく話していたのに、一部の「話の内容は聞いてませんが、単語だけ耳にして終わりだとカンチガイしました」な拍手で話をぶった切られてしまったりせが、それでも揺らぐことなくそれらを制したことで、オトコマエさを表していた。
かっこいい。
かっこいいよ、りせ!
へなちょこなんて言ってごめん。
オトコマエにやるべきことを果たしたりせが、カーテンコールでまとぶさんに促されてイレギュラーに挨拶するときには涙声で、でも泣き崩れることなく言葉を発する姿がまた、オトコマエだった。
ジェンヌはみないつか卒業していく。
向かう先がどこであれ、ナニであれ、幸多かれと心から願うよ。
東宝公演千秋楽まで、フェアリーとして輝き続けてくれ。
1ヶ月公演ってほんとに、短い。
中日とか博多とか、今までの外のハコでの公演くらいの感覚だ。はじまったと思ったら、もう終わり。
短いおかげか大作だからか客入りは悪くなく、どの組もまんべんなく1年通して平日ムラ通いする身には新鮮な客席だった。そりゃ満席にはなってないけど、平日のムラでましてや1月にあんだけ入ってるのは、昨今めずらしい(笑)。花組比でも、前回の『愛と死のアラビア』のときなんかは……ゲフンゲフン。
そして、次のトウコちゃん退団公演のチケ事情に震撼する……。
今の花組でこの『太王四神記』を観ることが出来て良かったと思う。
長い歴史の中、劇団はいつも変化してきたのだと思うが、その狭間にこのキャストでいられること。
それをとてもゼイタクに、また誇りに思う。
これから先、ナニが変わり、どこへ向かうにしろ。
へなちょこりせ、と言い続けて数年。そのへなちょこぶりも含め、愛でてきた。
最初の出会いは、『月の燈影』か。あまりのへたっぴさに、「どーしてこの子がこんな役を?!」と人事に理不尽さを感じ(笑)、その後『エリザベート』で「どこを見てもこの子が出てる、この子が目に付く」状態から、顔がすげーきれいなこともあり注目し、「そうか、あんなにダメダメだったのは日本物がヘタだってだけなのね」と誤解した。うん、誤解。『エリザベート』がまだ良かったのは、子役だったから。へたっぴでも子役はなんとかなるもんなんだ。
何故かずっと抜擢され続けたけれど、男役としての技術は向上しないまま、おバカな役やかわいこちゃん、子役ならハマるけれど、オトナの男にはなれないまま現在に至る。
それでもこの子に惹かれたのは、りせの持つ「いびつさ」もまた、タカラヅカというファンタジーが許容していたためだろう。
りせの演じる悪役が好きだった。
ギュンターとか、ロドリーゴとか。
(http://koalatta.blog48.fc2.com/blog-entry-1238.html@新人公演『落陽のパレルモ』感想)
あれほど抜擢続きだったのにさすがに最近はソレもなく、扱いが落ち着いてしまったタメに、「悪役」なんてオイシイ役は回ってこず。……あああ、バウでもDCでもなんでもいいから、まとまった期間のある公演で、りせの悪役が見たかったよ……。
りせの最後の作品である『太王四神記』にて、女兵士役が回ってきたのは、演出家の愛情だとは思う。
男役としての技術の低さ、へなちょこさを補うには、男勝りな女兵士役はうってつけだと思う。
実際、カクダン役は良かった。
りせの美しさが前面に出て、いろんなアレさは目立たなかった。
てゆーか、ほんとーにフェアリーなんだなと思う。
男ではないけれど、女性まんまでもない、不思議な存在。不思議な魅力。
中性というのでもない、りせは。
男としても女としても、等しく「足りていない」ものがあり、それゆえの不安定さ、いびつさが彼を「そこにいる」と注目させるのかもしれない。
カクダンは1幕最後で死んでしまうので、その後は名も無き男役としてあちこちにまざっている。王宮で大仰な衣装着て右往左往していたり、戦場で楯持って走り回ってたり。
細い、男役としてはへなちょこな姿で。
や、もお、ほんと、いいんだよ。
へなちょこでもなんでも。
りせはりせだからイイ。
間違いなく彼もファンタジー、現実ではない世界で生きる人。
彼がこの花園を去ることにはわたし的に覚悟と納得を決めていたので、わりと冷静に俯瞰して眺めているところがあったんだが。
それでも千秋楽、フィナーレの男役姿で胸に花なんか飾られて出てこられたら、涙腺決壊しますよ。
満面の笑みで踊る姿が、まぶしくて。愛しくて。
へなちょこ言うのがたのしかった。マイナスの言葉、悪口に分類される言葉かもしれない、ファンの人からすれば不快な表現だったかもしれないが、愛でる意味で使ってきた。
他に呼び名の上にそう付けて呼ぶ子はいない。特別な思い入れ。
へなちょこ、であってほしいと思っていたのかもしれない。
キャラとして、そうあってほしいというフィルターで見ていたのかもしれない。
最後の最後。
袴姿で挨拶をするりせは、へなちょこなんかじゃなかった。
感情に溺れることなく端正に言うべきコトを言葉にして、途中半端に起こった拍手を笑顔で受け流した。
一部の観客たちは話の流れとは無関係に「ありがとうございました」という言葉に反応して勝手に拍手をはじめるんだよな。アレ、なんとかして欲しい。話聞いてりゃまだ途中だってこと、これからも話が続くことはわかるだろうに、単語にのみ反応して「終わりの拍手」をするの。
せっかく淀みなく話していたのに、一部の「話の内容は聞いてませんが、単語だけ耳にして終わりだとカンチガイしました」な拍手で話をぶった切られてしまったりせが、それでも揺らぐことなくそれらを制したことで、オトコマエさを表していた。
かっこいい。
かっこいいよ、りせ!
へなちょこなんて言ってごめん。
オトコマエにやるべきことを果たしたりせが、カーテンコールでまとぶさんに促されてイレギュラーに挨拶するときには涙声で、でも泣き崩れることなく言葉を発する姿がまた、オトコマエだった。
ジェンヌはみないつか卒業していく。
向かう先がどこであれ、ナニであれ、幸多かれと心から願うよ。
東宝公演千秋楽まで、フェアリーとして輝き続けてくれ。
1ヶ月公演ってほんとに、短い。
中日とか博多とか、今までの外のハコでの公演くらいの感覚だ。はじまったと思ったら、もう終わり。
短いおかげか大作だからか客入りは悪くなく、どの組もまんべんなく1年通して平日ムラ通いする身には新鮮な客席だった。そりゃ満席にはなってないけど、平日のムラでましてや1月にあんだけ入ってるのは、昨今めずらしい(笑)。花組比でも、前回の『愛と死のアラビア』のときなんかは……ゲフンゲフン。
そして、次のトウコちゃん退団公演のチケ事情に震撼する……。
今の花組でこの『太王四神記』を観ることが出来て良かったと思う。
長い歴史の中、劇団はいつも変化してきたのだと思うが、その狭間にこのキャストでいられること。
それをとてもゼイタクに、また誇りに思う。
これから先、ナニが変わり、どこへ向かうにしろ。
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