あの悪魔は、今ごろどうしているのだろう。海の底で。
2009年5月8日 タカラヅカ
トウコちゃんを眺める猫のトーコの図。→
いちばん、を決めるのは難しいし、そもそも意味のあることとも思えない。
だけど、卒業、という大きな区切りを迎え、振り返る意味で「いちばん」を考えてみるのもアリだろう。
てことで、わたしにとってのトウコちゃんの、いちばん好きな役を考えた。
そりゃいろいろあるけれど……ぶっちぎりで「いちばん」だと思えるのは、ディアボロ@『ドルチェ・ヴィータ!』だ。
トウコちゃんの魅力は、そりゃいろいろある。ブリリアントにいろんな輝きを持った人だ。
「スター」として舞台の真ん中に立ち、劇場の空気を自在に操ることもそうだし、エンターテイナーとして緩急自在に笑わせたり沸かせたりすることもそうだろう。ずば抜けた歌唱力もそうだし、ただ歌うだけでなく、歌で芝居をする、ドラマを作ることもそうだ。
美少年からエロおやぢまで演じきるところも、その芝居のきめ細やかさとリアリティ、温度と湿度、肉感のあるキャラクタ造形もそうだし、さわやかなお色気からすみれコードを心配してしまうよーなエロ満載なラヴシーンも得意だったりすることもそうだ。
それらを踏まえた上で、あくまでもわたしが、いちばん心ときめくのが、トウコの、傷ついた瞳だ。
壮絶な孤独や救いがたい痛み、そーゆーものに傷つききり、だけど倒れ伏して敗北するのではなく、ボロボロの姿でなお立ち続ける、戦い続ける姿。
ソレがもー、わたしが安蘭けいという役者を好きで好きでしょーがない要因となっている。
泣きわめくより悲しい瞳で、強がってみせられたりしたら、もお。もお。
机をばんばん叩きながら「ソコがいいのよ~~っ!!」と叫びますよ。
役者トウコに惚れ込んだ演出家オギーに、ディアボロ……「悪魔」と名付けられた役は、トウコのいろんな魅力が詰まっている、と思う。
いろんなタイプの歌を相当数まとまった長さで聴かせ、耽美ありーのハードありーのの世界観、そして忘れちゃならないお笑いのお遊びアリで、トウコがアドリブで毎回自由にできる場面アリ。
なによりも、孤独、絶望が全面に行き渡り、トウコの傷ついた瞳を堪能できる作り。
「見たい」と思えるトウコちゃんを、まるっと詰め込んでぎゅっとエキスを濃縮した感じがたまりません。
1時間で何作分も堪能できる(笑)。
『ドルチェ・ヴィータ!』がトウコ的にも作品的にもいちばん好きだが、トウコちゃんの「傷ついた瞳」だけに特化して愉しむならば、『龍星』ですな。
作品全体が同人誌っぽいので、「トウコ萌え」の女性同人作家がその妄想力でハァハァ描いたマンガ、みたいなハァトで愉しめます。
龍星@トウコの痛々しさが半端ナイから。
絶望に哄笑する姿にこちらも号泣ですよ。
同じカテゴリに、ジェレミー@『凍てついた明日』も入りますな。
「傷ついた瞳」を堪能できますぜ。
ただこちらは作品自体を好きすぎるので、キャラとして役として突出して「好き」だとは思えないのが惜しい(笑)。
好きな役はディアボロだけど、好きな「キャラクタ」だと、アンソニー@『愛するには短すぎる』だったりする。
『愛短』は正塚おじさんがいつもの男目線の男の美学で描いた作品なんだが、アンソニーはタカラヅカではめずらしい温度感のキャラクタに仕上がっている。
主人公の親友で恋敵だけどブラックにもダークにもディープにもならず、慟哭して愛と友情とで苦悩したりせず、かといって「身を引きましょう」といい人ぶったり「オレのことはいいからうまくやれよ」と間を取り持って偽善者ぶることもない。
軽いのに、深さを感じさせるという、不思議で愉快な存在。
トウコの芸達者ぶり、を堪能するキャラクタだと思う、アンソニーは。
シリアスもお笑いもおふざけもOK、されどどんなときも二枚目の枠は壊さない。
会話の妙、アドリブではなく役者同士の間で笑わせるって、すげー難しいはず。トウコちゃんは難なくクリアしてしまうけど。
アンソニーって実はすごく難易度の高いキャラだと思う。職人技があってこそ成り立つというか。技術やセンスの足りない人が演じると、お笑い度や破天荒度ばかり上がることになって(わかりやすいところに頼るしかないからそーなるだろう)、ウザいだけだろーなと。
アドリブ禁止、規定演技だけで笑わせる正塚芝居のしばりの中で、技術の高さを見せつけるトウコちゃんが好きだった。
いやその、トウコちゃんのサービス精神たっぷりのアドリブお笑い場面も、好きは好きですけどね……。
しばりがある方が、より研ぎ澄まされた演技をしてくれる気がする。
痛々しい系の魅力として龍星を挙げたけれど、それによりアニメ的英雄像を付け加えたのがサイトーくん作品だと思う。
五右衛門@『花吹雪恋吹雪』、小次郎@『厳流』、ティリアン@『エル・アルコン』。
傷ついた瞳、「抱きしめてあげたい」「守ってあげたい」……それと同時に「させに泣かせたい」と思わせるトウコちゃんの萌え要素、ソレだけ特化ではなく、「カッコイイっ」とわくわくさせる英雄的魅力をミックスさせたのが、サイトー作品の魅力。
かっこいいヒーロー度の高さと、繊細に崩れる萌え度の高さ、このふたつの落差が大きいがゆえに、カタルシスも大きい。
うおおおかっけーーっ!と盛り上げて、あああ切ないーかわいそーと胸を締め付ける、コレですよ!!(笑)
舞台人トウコのハッタリの良さ、ケレン味の豪快さ。それに、必殺技の「傷ついた瞳」を要所に加えることで、最強っすよ、まったく。
ヒーローがハマる人だからこそ、マンドラン@『バッカスと呼ばれた男』とか、クロバエ@『アナジ』など、絵空事的英雄タイプ(すげーありがちで、ご都合主義・笑)も、好きだ。
ヤン・パラフ@『プラハの春』になると、そのヒーローぶりに「傷ついた瞳」要素もプラスされるしな。
谷正純作品のトウコもいいよねー。男役と舞台人としての基礎が出来ていて、なおかつ古典的な「見せ方」を知っている人でないと谷作品はハマらないからなー。
……て、好きな役を並べていくだけだといくら書いても足りなくなるから、系統として、「傷ついた瞳」を堪能できる役と、ハッタリの効いた英雄役、その両方を兼ね備えた英雄だけど傷ついてうるうるな役、これらに分類される役が好きかな。
それらすべてを兼ね備えた役が、ディアボロだとわたしは思っている。
いちばん好きな役は、ディアボロ。
そして、いちばん好きなキャラクタは、アンソニー。
作品まるまる「トウコ萌え」するなら『龍星』。
作品まるまる感動するなら『凍てついた明日』。
そんな感じ?
いちばん、を決めるのは難しいし、そもそも意味のあることとも思えない。
だけど、卒業、という大きな区切りを迎え、振り返る意味で「いちばん」を考えてみるのもアリだろう。
てことで、わたしにとってのトウコちゃんの、いちばん好きな役を考えた。
そりゃいろいろあるけれど……ぶっちぎりで「いちばん」だと思えるのは、ディアボロ@『ドルチェ・ヴィータ!』だ。
トウコちゃんの魅力は、そりゃいろいろある。ブリリアントにいろんな輝きを持った人だ。
「スター」として舞台の真ん中に立ち、劇場の空気を自在に操ることもそうだし、エンターテイナーとして緩急自在に笑わせたり沸かせたりすることもそうだろう。ずば抜けた歌唱力もそうだし、ただ歌うだけでなく、歌で芝居をする、ドラマを作ることもそうだ。
美少年からエロおやぢまで演じきるところも、その芝居のきめ細やかさとリアリティ、温度と湿度、肉感のあるキャラクタ造形もそうだし、さわやかなお色気からすみれコードを心配してしまうよーなエロ満載なラヴシーンも得意だったりすることもそうだ。
それらを踏まえた上で、あくまでもわたしが、いちばん心ときめくのが、トウコの、傷ついた瞳だ。
壮絶な孤独や救いがたい痛み、そーゆーものに傷つききり、だけど倒れ伏して敗北するのではなく、ボロボロの姿でなお立ち続ける、戦い続ける姿。
ソレがもー、わたしが安蘭けいという役者を好きで好きでしょーがない要因となっている。
泣きわめくより悲しい瞳で、強がってみせられたりしたら、もお。もお。
机をばんばん叩きながら「ソコがいいのよ~~っ!!」と叫びますよ。
役者トウコに惚れ込んだ演出家オギーに、ディアボロ……「悪魔」と名付けられた役は、トウコのいろんな魅力が詰まっている、と思う。
いろんなタイプの歌を相当数まとまった長さで聴かせ、耽美ありーのハードありーのの世界観、そして忘れちゃならないお笑いのお遊びアリで、トウコがアドリブで毎回自由にできる場面アリ。
なによりも、孤独、絶望が全面に行き渡り、トウコの傷ついた瞳を堪能できる作り。
「見たい」と思えるトウコちゃんを、まるっと詰め込んでぎゅっとエキスを濃縮した感じがたまりません。
1時間で何作分も堪能できる(笑)。
『ドルチェ・ヴィータ!』がトウコ的にも作品的にもいちばん好きだが、トウコちゃんの「傷ついた瞳」だけに特化して愉しむならば、『龍星』ですな。
作品全体が同人誌っぽいので、「トウコ萌え」の女性同人作家がその妄想力でハァハァ描いたマンガ、みたいなハァトで愉しめます。
龍星@トウコの痛々しさが半端ナイから。
絶望に哄笑する姿にこちらも号泣ですよ。
同じカテゴリに、ジェレミー@『凍てついた明日』も入りますな。
「傷ついた瞳」を堪能できますぜ。
ただこちらは作品自体を好きすぎるので、キャラとして役として突出して「好き」だとは思えないのが惜しい(笑)。
好きな役はディアボロだけど、好きな「キャラクタ」だと、アンソニー@『愛するには短すぎる』だったりする。
『愛短』は正塚おじさんがいつもの男目線の男の美学で描いた作品なんだが、アンソニーはタカラヅカではめずらしい温度感のキャラクタに仕上がっている。
主人公の親友で恋敵だけどブラックにもダークにもディープにもならず、慟哭して愛と友情とで苦悩したりせず、かといって「身を引きましょう」といい人ぶったり「オレのことはいいからうまくやれよ」と間を取り持って偽善者ぶることもない。
軽いのに、深さを感じさせるという、不思議で愉快な存在。
トウコの芸達者ぶり、を堪能するキャラクタだと思う、アンソニーは。
シリアスもお笑いもおふざけもOK、されどどんなときも二枚目の枠は壊さない。
会話の妙、アドリブではなく役者同士の間で笑わせるって、すげー難しいはず。トウコちゃんは難なくクリアしてしまうけど。
アンソニーって実はすごく難易度の高いキャラだと思う。職人技があってこそ成り立つというか。技術やセンスの足りない人が演じると、お笑い度や破天荒度ばかり上がることになって(わかりやすいところに頼るしかないからそーなるだろう)、ウザいだけだろーなと。
アドリブ禁止、規定演技だけで笑わせる正塚芝居のしばりの中で、技術の高さを見せつけるトウコちゃんが好きだった。
いやその、トウコちゃんのサービス精神たっぷりのアドリブお笑い場面も、好きは好きですけどね……。
しばりがある方が、より研ぎ澄まされた演技をしてくれる気がする。
痛々しい系の魅力として龍星を挙げたけれど、それによりアニメ的英雄像を付け加えたのがサイトーくん作品だと思う。
五右衛門@『花吹雪恋吹雪』、小次郎@『厳流』、ティリアン@『エル・アルコン』。
傷ついた瞳、「抱きしめてあげたい」「守ってあげたい」……それと同時に「させに泣かせたい」と思わせるトウコちゃんの萌え要素、ソレだけ特化ではなく、「カッコイイっ」とわくわくさせる英雄的魅力をミックスさせたのが、サイトー作品の魅力。
かっこいいヒーロー度の高さと、繊細に崩れる萌え度の高さ、このふたつの落差が大きいがゆえに、カタルシスも大きい。
うおおおかっけーーっ!と盛り上げて、あああ切ないーかわいそーと胸を締め付ける、コレですよ!!(笑)
舞台人トウコのハッタリの良さ、ケレン味の豪快さ。それに、必殺技の「傷ついた瞳」を要所に加えることで、最強っすよ、まったく。
ヒーローがハマる人だからこそ、マンドラン@『バッカスと呼ばれた男』とか、クロバエ@『アナジ』など、絵空事的英雄タイプ(すげーありがちで、ご都合主義・笑)も、好きだ。
ヤン・パラフ@『プラハの春』になると、そのヒーローぶりに「傷ついた瞳」要素もプラスされるしな。
谷正純作品のトウコもいいよねー。男役と舞台人としての基礎が出来ていて、なおかつ古典的な「見せ方」を知っている人でないと谷作品はハマらないからなー。
……て、好きな役を並べていくだけだといくら書いても足りなくなるから、系統として、「傷ついた瞳」を堪能できる役と、ハッタリの効いた英雄役、その両方を兼ね備えた英雄だけど傷ついてうるうるな役、これらに分類される役が好きかな。
それらすべてを兼ね備えた役が、ディアボロだとわたしは思っている。
いちばん好きな役は、ディアボロ。
そして、いちばん好きなキャラクタは、アンソニー。
作品まるまる「トウコ萌え」するなら『龍星』。
作品まるまる感動するなら『凍てついた明日』。
そんな感じ?
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