昔、『ONE-PIECE』というマンガが週刊少年ジャンプではじまった、その連載第1回をおぼえている。
 巻頭カラー、最初の1ページ。「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ」「探してみろ、この世のすべてをそこに置いてきた」英雄の最期、そして“世は大海賊時代を迎える--”
 人々の歓声を眺めながら1枚めくるとそこに、喜びを全身で表現しているひとたちの姿。

 その作品を好きかどうかをアタマ悪く「涙」で判断するわたしは、ここですでに「このマンガ好きだ」と思った。
 最初の1ページと、見開きの表紙。これだけで、ぶわーっと泣けたからだ。
 大海賊時代がはじまる。夢に向かって一途に突っ走る時代がはじまる。みんなみんな、待っていたんだ、欲しいモノを欲しいと言って、走り出せる時代を。

 わたしには、そーゆーツボがあるらしい。
 少年マンガの持つ、「いちばんになりたいツボ」。
 少年たちは「オンリーワン」より「ナンバーワン」を求める。いちばん強い、いちばんくわしい、いちばんえらい。とにかく「いちばん」が好き。
 みんな等しく素晴らしいから、競うなんて馬鹿らしいのよ、と一列に手をつないでゴールインなんてナンセンス、「優勝したい」と熱望する主人公があくなき努力を重ね、友情やら挫折やらを積み重ね、望みを勝ち取る物語が好きだ。
 
 いちばんになりたい。夢を叶えたい。のぞむ自分自身になりたい。
 そのために、自由競争に身を投じる、投じていい、時代の到来。祝砲が鳴る、さあ走れ、欲望のままに、本能のままに。
 夢を見ること、希望を持つこと、それはすべの人に与えられるべきものだから。
 『ONE-PIECE』の連載第1回のオープニングと表紙に泣くほどわくわくした。

 つーことで、わたしはキムシンの描くところの「男はみんな王になりたい」を全面支持。
 いちばんになりたい、と瞳をきらきらさせる男たちが好きだ。萌えツボなんだ。

 始皇帝の死、戦国時代の到来。
 「誰もが天子になれる」……男たちは夢を見る。

 『虞美人』は項羽@まとぶんが主役だから、項羽が銀橋に出て「私には羽根がある」と歌うけれど、ほんとのところどの男たちだってそう思っている。
 自分こそが天下を取れると、夢を見る。……夢と現実は違い、多くの者たちは見るだけで実行しない、そこであきらめてしまうけれど、見るだけは見る。
 そして居酒屋で騒ぐわけだ、誰に付けば得か、生き残れるか。自分が兵を起こし軍を率いて世の中を変えるのではなく、そーゆー特別な人の尻馬に乗ろうとする。
 
 「誰もが天子になれる」と男たちは夢を見るが、実際に歴史に台頭してくるのは限られた男たちだ。
 クチばかりの烏合の衆の中、「漢はいないのか」と檄を飛ばすよーに、実際に飛ぶ勇気のあった者と、飛ぼうとしなかった者たちが描かれているんだ。

 「私には羽根がある」と内心思っていても、本当にその羽根を使う覚悟のあった者だけが、なにかしらカタチを残した。

 項羽の傲慢さが、心地よい。
 彼は有言実行、欲望と自負を素直に表し、それゆえの泥も被る。
 キレイゴトだけ言って自分ではナニもせず、ナニかした人に文句ばかり言う匿名の民衆たちとは違うんだ。

 いちばんになりたい。
 最上級のものしか欲しくない、次善のものはそれだけで心を傷つける。

 いちばんになったからといって、それでナニがしたいわけでもなさそーなとこが、項羽のあやうさ。
 武人だから戦うことに幸福を感じると本人が言うように、いちばんになることだけが欲求で、夢のために努力し続けることこそが幸福で、夢を叶えたそのあとには、特にナニもないんだね。
 戦う人であって、治める人ではない。古い時代を破壊して、更地にするために、天が必要とした男。更地の上に新しい時代を築くのは、また別の人の仕事。

 そんな項羽だから、虞美人がいる。

 いちばんになりたい。なったからといって、どうすることもない、ただなりたいと闘い続ける……そんな男を、受け止め、許容し、肯定し続ける。

 項羽はほんっとーに、しあわせだった思う。
 裏切られ無惨な最期を迎えるにしろ、最後の言葉は負け惜しみでもなんでもない、ほんとうに心からの言葉だろうと思う。

 「私には羽根がある」と信じ、心のままに戦うことが出来た。戦っていい時代に青年期を過ごせた。
 大海賊時代の幕開けに歓声を上げた人々のように。夢に生きていい時代に生き、夢に向かって生きた。
 周囲の雑音なんか関係なかった、彼のそばにはいつも彼だけを全肯定する愛する女がいた。
 
 そりゃしあわせだろうよ。
 ちょっとナイくらい、完璧な幸福の図だわ。

 物語は「項羽と劉邦」であり、ふたりの対比を元に進んでいく。
 それでも主人公は項羽であり、タイトルは『虞美人』である。

 自由に牙をむいていい時代に、信念を貫く自由を行使した男、項羽。
 自由だからって、自由に発言したら攻撃されるんだよ、出る杭は打たれるんだから。その矛盾は、普遍的なもの。人間ってそーゆーもの。
 その軋みや痛みを、虞美人が癒す。全肯定することで。

 泣けるほど主人公は項羽で、テーマは虞美人なんだなと思う。

 
 わたしはもともとキムシンととても波長が合うので、彼の掲げるテーマが好きだ。
 彼が描こうとするモノが好きだ。

 だから結局のところ『虞美人』も、好きだとは思う。

 でもな。
 今回のこの『虞美人』に関しては、不満アリまくりだ(笑)。

 盛り上がりに欠けるとか人の出し入れがワンパタだとか、前に書いたそーゆーことではなくて。

 キムシンらしくないところ。が、いちばん不満(笑)。

 もっともっとウザいくらい主義主張を叫ぼうよ。愚かで無責任な民衆の醜さを描こうよ。愛について説教カマそうよ(笑)。
 ついでに、トンデモSONGとトンデモ台詞で、タカラヅカ史にまた名前を残そうよ。

 もっとカマしてくれると思ってたのになあ。
 ふつーになっていて、そこがいちばんつまんない。

 根っこの部分は相変わらず大好きなんだが、それを表現する部分がすげー平板だ。
 もっとキムシン全開にしてくれりゃいいのに、ナニあのふつーっぷり。ふつーになったらただのつまんない話じゃん。
 キムシンのいいところは、「蛇蝎の如く忌み嫌われるモノは書いても、印象に残らないつまらないモノは書かない」ことでしょうに(笑)。

 てなわけで、「キムシン節が足りない!」についてはまた別欄にて。

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