女神と女豹と、光と波と。@Ever green
2010年4月17日 タカラヅカ 桜乃彩音ミュージック・サロン『Ever green』、初日は現実についていくのに必死だった。
オサ様の歌を歌うまっつ、わたしの花組ファン時代まんまを象徴する彩音ちゃんと別れるのだということ。
まっつとだいもんのとんでもないハーモニー。
心臓ばくばくして、勝手に涙が出て、大変だった。
2回観て、よかったのだと思う。1回だけでは情報を処理しきれなかった。
2日目は、落ち着いていた。純粋に公演としてのコンサートをたのしむことができた。
きらきら旅立ちの歌を歌う彩音ちゃんに涙が出るけど、それはあたりまえのことだから(笑)、別として。
ヅカメドレーでは、彩音ちゃんが演じてきたそれぞれのヒロインを、コンパクトに再現してくれる。
衣装はチガウのに、それでも曲ごとにその役になる。
タカラヅカは男役中心に出来上がっており、思い出の舞台曲を取り出してみると、デュエット曲はやっぱり娘役の方が副であり、従になっている。演出でヒロインをセンターにしているけれど、限度がある。
これがタカラヅカだから、それを無理にヒロイン用に曲を書き換える必要はない。そのままのタカラヅカを、なつかしい曲をたのしんで。
ほんとうに女の子を「主役」にしたいのなら、なつかしい曲や場面を使うのではなく、オリジナルになるんだなあ。
ヅカ曲とそれ以外が半々なのは正しい。最初はタンゴ、後半はジャズ。でもまったく耳馴染みのない曲ではなく、ヅカでもお馴染みの曲を、新たなショーの1曲として使用。
おかげで、このMSでは「かっこいい彩音ちゃん」が満載だ。
寄り添うことが義務付けられた「大劇場の、娘役トップスター」ではできない、「主役」の姿を見せてくれる。
彩音ちゃんは『虞美人』のよーな、まさに寄り添い系の古典的な娘役なんだろうけど、本人の性質とは別に、確実に、「かっこいいオンナ」という才能も持っていた。
黒トカゲ@『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴』や黒キハ@『太王四神記』がハマる、硬質かつ妖艶な美貌。
それを「真ん中」として「前へ」解放した姿が、とんでもなく気持ちいいMSだった。
いやもお、「アイガッチャ」がかっこよすぎて。
黒タキの男たちがそれぞれキザりまくり客席を釣りまくる、花組伝説の男祭り「アイガッチャ」。それを、娘役の彩音ちゃんを中心に、再現する。
彩音ちゃんが女豹サマ全開に、セクシーにワイルドに吠える。美男ふたりを従えて。
男たちもこれみよがしに流し目、セクシーボイス解禁。3人とも本気で色気を武器に歌い出す。客席を回り、釣りまくる。
たたみかける歌声の快感。
まっつとだいもんの声は、合う。ふたりの声が同質の響きを持って、重なり、追いかけ、波のように広がる。
そこにただひとりの女声、彩音ちゃんがかぶさる。
彩音ちゃんは歌がうまいわけではまったくないが(ごめん)、男たちの声に載せるのがうまい。男たちの声を押しのけて自己主張する声ではないんだ。
だから響き合う。3人の歌声。
それが「アイガッチャ」、セクシーワイルド、好戦的な欲望全開、さあ酔えと煽られる。
気持ちよすぎるから、そんなの!
その他、ジャズパートではもお、3人のハーモニーが気持ちよくて。
主役+ヒロインでハモるヅカソングとは、響きの作り方がチガウよね。
そして、圧巻の、「ジュピター」。
ゆるいトーク・コーナーが終わり、まっつとだいもんが退場したとき、ああこれで彼らの出番は終わりなんだなと思った。
残り1曲は彩音ちゃんのための書き下ろし曲、MSタイトルにもなっている「春風のように」。これを歌い終わって、あとはアンコール曲1曲でエンドだな。
彩音ちゃんMSなんだから、アンコール曲も彩音ちゃんひとりだろう、当然。『巴里祭』だって、アンコールはまっつひとりだった。
それまでがカラードレスばっかだから、お約束の白ドレスで締めて終了だな。まっつたちは最後のお辞儀くらいは出てくるかな。
と、思っていたのに。
最後の曲がさわやかにキラキラと終わり、礼を繰り返して退場した彩音ちゃん……鳴りやまない拍手のもと登場したのは、白い変わり燕尾の男たち。え、君たちも出るんですか、と驚いていたら、純白ドレスの彩音ちゃん登場。
アンコール曲は、プログラムにない。アンコールがあるのはお約束とはいえ、プログラムにはあらかじめ記載されていない。
それが、「ジュピター」だった。
この、曲が。
それまでも酔わせてくれた、3人のハーモニー。
重なり合う声のエクスタシー。
それがとんでもない集中力のもと、解き放たれる。
「音」という快感。
確実に音を刻むまっつ、豊かに通らせるだいもん、そして、男たちの声に載せ、つかず離れず声を出す、彩音ちゃん。
まるで、女神のように。
祈りのように。
音が響き合う。声が重なり、波となる。
ざわざわと、鳥肌立つ感覚。
ひとりの声ではない、重なる声の力。
まっつと、だいもん。「歌ウマ」と呼ばれる男たちが、本気で声を重ねると、ここまで来るのか。これほどまでに、響き合うのか。
調和する。
広がる。
振動は波動となって空間を満たす。
女神のもと、祈りが満ちる。
静かな光が、満ちる。
震撼。
予想だにしなかった、クライマックス。
ひとりでなく、出演者全員で作り上げる、最高の音楽。
誰が主役ではなく、それぞれが持てる力を解放して。
それが「桜乃彩音」のステージ。
彼女の選んだ、彼女のためのミュージック・サロンの、クライマックス。
歌声の力に圧倒された客席から拍手をあびつつ、あのかわいいはにかんだ笑顔になった彩音ちゃんは、タイトルになっている曲「春風のように」を「みんなで」歌って終わると言う。
さっきひとりでヒロインらしく歌った歌を、まっつとだいもんも加えた3人で歌って、このステージは終幕する。
……マジで、考えてなかったんだ。このMSがこれほどのクオリティを持つなんて。
そりゃまっつとだいもんは歌唱力に定評がある。でも彼らは所詮脇役だし、主役は歌が不得意な彩音ちゃんだし。退団MSなんだから、ファン・アイテムでしかないんだから、クオリティなんか二の次、興行することにのみ意味がある、てなもんで。
考えてなかった。
なんかすごいもん、観た……つか、聴いた……。
ところで、「春風のように」の作詞は稲葉くん? ツッコミたいこと満載だぞヲイ(笑)。
オサ様の歌を歌うまっつ、わたしの花組ファン時代まんまを象徴する彩音ちゃんと別れるのだということ。
まっつとだいもんのとんでもないハーモニー。
心臓ばくばくして、勝手に涙が出て、大変だった。
2回観て、よかったのだと思う。1回だけでは情報を処理しきれなかった。
2日目は、落ち着いていた。純粋に公演としてのコンサートをたのしむことができた。
きらきら旅立ちの歌を歌う彩音ちゃんに涙が出るけど、それはあたりまえのことだから(笑)、別として。
ヅカメドレーでは、彩音ちゃんが演じてきたそれぞれのヒロインを、コンパクトに再現してくれる。
衣装はチガウのに、それでも曲ごとにその役になる。
タカラヅカは男役中心に出来上がっており、思い出の舞台曲を取り出してみると、デュエット曲はやっぱり娘役の方が副であり、従になっている。演出でヒロインをセンターにしているけれど、限度がある。
これがタカラヅカだから、それを無理にヒロイン用に曲を書き換える必要はない。そのままのタカラヅカを、なつかしい曲をたのしんで。
ほんとうに女の子を「主役」にしたいのなら、なつかしい曲や場面を使うのではなく、オリジナルになるんだなあ。
ヅカ曲とそれ以外が半々なのは正しい。最初はタンゴ、後半はジャズ。でもまったく耳馴染みのない曲ではなく、ヅカでもお馴染みの曲を、新たなショーの1曲として使用。
おかげで、このMSでは「かっこいい彩音ちゃん」が満載だ。
寄り添うことが義務付けられた「大劇場の、娘役トップスター」ではできない、「主役」の姿を見せてくれる。
彩音ちゃんは『虞美人』のよーな、まさに寄り添い系の古典的な娘役なんだろうけど、本人の性質とは別に、確実に、「かっこいいオンナ」という才能も持っていた。
黒トカゲ@『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴』や黒キハ@『太王四神記』がハマる、硬質かつ妖艶な美貌。
それを「真ん中」として「前へ」解放した姿が、とんでもなく気持ちいいMSだった。
いやもお、「アイガッチャ」がかっこよすぎて。
黒タキの男たちがそれぞれキザりまくり客席を釣りまくる、花組伝説の男祭り「アイガッチャ」。それを、娘役の彩音ちゃんを中心に、再現する。
彩音ちゃんが女豹サマ全開に、セクシーにワイルドに吠える。美男ふたりを従えて。
男たちもこれみよがしに流し目、セクシーボイス解禁。3人とも本気で色気を武器に歌い出す。客席を回り、釣りまくる。
たたみかける歌声の快感。
まっつとだいもんの声は、合う。ふたりの声が同質の響きを持って、重なり、追いかけ、波のように広がる。
そこにただひとりの女声、彩音ちゃんがかぶさる。
彩音ちゃんは歌がうまいわけではまったくないが(ごめん)、男たちの声に載せるのがうまい。男たちの声を押しのけて自己主張する声ではないんだ。
だから響き合う。3人の歌声。
それが「アイガッチャ」、セクシーワイルド、好戦的な欲望全開、さあ酔えと煽られる。
気持ちよすぎるから、そんなの!
その他、ジャズパートではもお、3人のハーモニーが気持ちよくて。
主役+ヒロインでハモるヅカソングとは、響きの作り方がチガウよね。
そして、圧巻の、「ジュピター」。
ゆるいトーク・コーナーが終わり、まっつとだいもんが退場したとき、ああこれで彼らの出番は終わりなんだなと思った。
残り1曲は彩音ちゃんのための書き下ろし曲、MSタイトルにもなっている「春風のように」。これを歌い終わって、あとはアンコール曲1曲でエンドだな。
彩音ちゃんMSなんだから、アンコール曲も彩音ちゃんひとりだろう、当然。『巴里祭』だって、アンコールはまっつひとりだった。
それまでがカラードレスばっかだから、お約束の白ドレスで締めて終了だな。まっつたちは最後のお辞儀くらいは出てくるかな。
と、思っていたのに。
最後の曲がさわやかにキラキラと終わり、礼を繰り返して退場した彩音ちゃん……鳴りやまない拍手のもと登場したのは、白い変わり燕尾の男たち。え、君たちも出るんですか、と驚いていたら、純白ドレスの彩音ちゃん登場。
アンコール曲は、プログラムにない。アンコールがあるのはお約束とはいえ、プログラムにはあらかじめ記載されていない。
それが、「ジュピター」だった。
この、曲が。
それまでも酔わせてくれた、3人のハーモニー。
重なり合う声のエクスタシー。
それがとんでもない集中力のもと、解き放たれる。
「音」という快感。
確実に音を刻むまっつ、豊かに通らせるだいもん、そして、男たちの声に載せ、つかず離れず声を出す、彩音ちゃん。
まるで、女神のように。
祈りのように。
音が響き合う。声が重なり、波となる。
ざわざわと、鳥肌立つ感覚。
ひとりの声ではない、重なる声の力。
まっつと、だいもん。「歌ウマ」と呼ばれる男たちが、本気で声を重ねると、ここまで来るのか。これほどまでに、響き合うのか。
調和する。
広がる。
振動は波動となって空間を満たす。
女神のもと、祈りが満ちる。
静かな光が、満ちる。
震撼。
予想だにしなかった、クライマックス。
ひとりでなく、出演者全員で作り上げる、最高の音楽。
誰が主役ではなく、それぞれが持てる力を解放して。
それが「桜乃彩音」のステージ。
彼女の選んだ、彼女のためのミュージック・サロンの、クライマックス。
歌声の力に圧倒された客席から拍手をあびつつ、あのかわいいはにかんだ笑顔になった彩音ちゃんは、タイトルになっている曲「春風のように」を「みんなで」歌って終わると言う。
さっきひとりでヒロインらしく歌った歌を、まっつとだいもんも加えた3人で歌って、このステージは終幕する。
……マジで、考えてなかったんだ。このMSがこれほどのクオリティを持つなんて。
そりゃまっつとだいもんは歌唱力に定評がある。でも彼らは所詮脇役だし、主役は歌が不得意な彩音ちゃんだし。退団MSなんだから、ファン・アイテムでしかないんだから、クオリティなんか二の次、興行することにのみ意味がある、てなもんで。
考えてなかった。
なんかすごいもん、観た……つか、聴いた……。
ところで、「春風のように」の作詞は稲葉くん? ツッコミたいこと満載だぞヲイ(笑)。
コメント