光に舞う。@ロック・オン!
 夢の国、タカラヅカを卒業する人は、最後の公演で「退団者オーラ」というものが出て、現実の人間にはない輝きや、透明感を持つ。
 ということを、経験上知っていたけれど、水しぇんにはそれを特に感じていなかった。

 わたしが、水くんを身近に感じすぎていたのかもしれない。
 や、もちろん彼は大スターで、わたしの手の届かないところにいるのだけど、何故か勝手に「水先輩」的なシンパシーを感じる。彼がいい人だとか、真面目な人だとか面倒見がいいとか、オネエ言葉だとか(笑)、その人格に、キャラクタに、全面の安心感があるというか。

 ある意味非人間的な、神格的な退団者オーラではなく、いつもの水先輩として眺めてしまったので、ムラでは前楽、千秋楽とナマで見てもなお、信じ切れていなかった。
 袴姿のパレードを見てなお、信じていなかった。

 水夏希が、いなくなってしまうこと。

 どこか他人事な、「だって、水くんはいなくならないもん! みんな嘘だもん! てゆーか、時間はまだまだあって、止まっていて、流れていなくて、水くんはずっとそこにいるんだもん!」的な、わけのわからない思いこみ、自己暗示があって。

 わかっていなかったのですよ。
 いくらアタマで理解しても、心は止まったままというか。

 そんなこんなで、9月12日。
 花組公演中だましだましで乗り切った体調不良のツケが一気に押し寄せ、病院通いだの検査続きだのでへろへろよろよろの状態で、夜行バスに乗って早朝に東京着、「我ながらひでー顔色(苦笑)」なまま、東宝前へ行く。
 遠征すること、前もって誰にもなにも言わなかったけれど、案の定、kineさんとドリーさんがいつもの場所でギャラリーしていたので合流、一緒になって雪組のみなさんを、そして退団者を待った。

 素顔のあずりんを見て、「ほんっとに緑野さんの好きそーな顔だわ」と、ツッコミ担当のドリーさんがしみじみ言っていたのが忘れられない(笑)。そうなの、ほんっとに好きな顔なの。

 ムラの千秋楽は入りから出のパレードまで、見事にひとりだったからなあ。友だちと一緒のギャラリーはいいな。
 「効率的な雪組、効率的な水さん」を合い言葉に、短時間ですっきりさっぱり行われた入りを堪能。退団者も「これぞ退団者ですわ!」という大仰な感じはなく、わりとふつーに……つーか、いろいろとゆるめ(笑)に、入っていったのがイイ。
 効率的なのよね、きっと。
 当の水くんだって、ふつーの車がふつーにやってきて(車のふつーさに、ギャラリーが一瞬ぴよってた)、本人もふつーに黒服だし、オープンカーだのなんだので登場してとかいう大騒ぎはやらなくて、実に効率的だった。
 
 大袈裟なことはしなくても、水くんは広範囲に渡って歩いてくれて、早朝から駆けつけた人たちのほとんどが、その姿を見られたことと思う。

 わたしはやはり、水くんについて、ギャラリーの後ろを追いかけて。
 人混みのいちばん後ろから、ずっとずっと眺めていた。
 白い花のゲートをくぐって、劇場ロビーで階段に勢揃いした組子たちが、なにかしら歌を歌って迎えているのを大ウケしながら味わっている水くんの背中を、ずっとずっと眺めていた。

 自分の体調がヤバいこともあり、「体力温存、最後まで参加する」ことが今回のテーマ、まだこれから1日長いぞという気負いもあり、「段取り」として必死に計算している部分があった。
 心を全開に、無防備にはできないというか。
 家で飲むならどんな醜態をさらしてもイイからいくらでも酔えるけど、外ではそうもいかないからどこかでサーモスタット入っているっていうか。

 気負っていて、角張っていて、頑張っていて、「現実」はどこか他人事だった。

 最後の『ロジェ』で、今までない大泣きをしつつも、幕間はべそかきながらミニパソに感想書き殴っていても、それでもなんかどこか、違っていた。

 水くん、ほんとに、いなくなっちゃうの?
 ……受け止めきれないままに。

 それが。

 『ロック・オン!』の、月の王の場面にて。
 ええ、金髪耽美水しぇんが登場するあの場面にて。

 ラストシーン、たったひとりで踊り狂う月の王。
 長い金髪を振り乱して。

 なにもない舞台、空っぽの舞台。
 そこにあるのは、月の王……水夏希だけ。

 踊る水しぇんに、ライトが当たる。
 暗い舞台の中、水くんにだけライトが集まる。
 集まった光の中、ひとり踊る水くんが。

 浮かんで、いた。

 宙に。
 金色の光の中に。

 地面を離れ、なにもない空間に、浮かんでいた。
 光の中にいた。

 夢の国、タカラヅカを卒業する人は、最後の公演で「退団者オーラ」というものが出て、現実の人間にはない輝きや、透明感を持つ。
 でも水しぇんには、それを感じていなかった……はず。
 感じられなかったんだ、わたしが。
 現実をうまく受け入れられなくて。

 それが、今。

 水くんは、宙を舞っている。
 光の中、靴先が舞台を離れている。

 う……わ。

 思わず、口元を押さえた。
 声を抑えるために。

 水夏希は、こんなところにいた。

 わたしが気づいていなかった、認めていなかっただけで、ここまで来ていた。退団オーラなんてシラナイ、だって水先輩はここにいるもん……そうやって見ないでいた、彼の集大成の輝き。
 水くんは、重力無視して宙に浮かんでしまうくらい、「タカラジェンヌ」として「夢を与えるフェアリー」として、完成されていたんだ。

 目の錯覚でも思いこみゆえの脳内映像でも、なんと評してくれてもいいよ。

 でも、わたしの目には、そう見えたんだ。
 水くんが、光の中で浮かんでたんだ。
 現実とか常識とか無関係に。
 そしてわたしは、ほんとうに彼がそこまで到達したんだと、すこんと受け入れたんだ。そんなのあり得ない、と思うのではなく、あるだろう、だって彼はフェアリーだもん!と。

 もお、がつんと。

 クチを覆わないといけないくらいに。
 思い知らされた。

 水くんは、いなくなる。

 だって、宙飛んじゃうんだよ?
 そこまでフェアリー極めたら、そりゃもう、この地にはいられないじゃないか。

 水くんはそこまでたどり着き、他の誰もたどり着けない境地にたどり着き(実際、宙に浮いて見えたジェンヌは彼がはじめてだ)、光の中に、消えてしまった。
 満場の拍手の中、月の王の場面は終わった。

 いや、もおね。
 あまりに急に、がつんと来て。
 ぐわーって涙の固まりが襲ってきて。
 そっから先は、しばらく記憶朦朧。

 なんか、すごいもん見た。
 すごいもん見た。すごいもん見た。

 光の中の水しぇん。金髪と、満面の笑顔。
 行ってしまったよ。行ってしまうんだよ。
 光の中へ、あのひとは行ってしまうの。

 止まっていた時が、涙が、一気に動き出して。
 どうしていいか、わからない。

 
 退団挨拶とか、カーテンコールの仕切ぶりとか。
 それはいつもの水しぇんで、ほっこりして笑って終わったのだけど。

 「舞台」の上で、タカラジェンヌ水夏希のすごさは、思い知らされたよ。
 ああわたし、すごい人を好きだったんだな。
 そう、しみじみと思った。

 
 劇場前のパレードまで全部全部終わってしまったあと。
 ドリーさんとkineさんと夜道をてくてく歩きながら。

「あたし、水、好きだった。そうだ、あたし、好きだったんだ」
 ツッコミ担当のドリーさんが、なんか憑かれたみたいに繰り返してたのが、忘れられない。
 今まで水くんを好きだなんて、とくに聞いたおぼえのない人なのに。『マリポサ』とか『ロジェ』とか、「あんな男嫌いっ!!」てな話は山ほど聞いたが。←正塚作品嫌い(笑)

「もともと好きは好きだったよ、いい男役だと思ってた、でもほんとに好きだったんだ。うわああん、好きだったよ!」
 誰に言うでもなく、ひとりで言ってる、勝手に言ってる。言わずには、いられない。そんな想い、そんな日。

 うん。

 勝手に言うよ。
 好きだったよ。好きだったんだ。

 ただ、それだけ。

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