だからわたしは、生きていける。
2010年9月24日 タカラヅカ「オサ様のファンなのに、まっつのファンってめずらしいね」
てなことを、オサコンの帰り道にnanaタンに言われた。
「オサ様とまっつって、一見似てるけど、歌手としては正反対だよね」
うん。
そーなんだよ。
そーなんですよ。
わたしはまずオサ様が好きで、オサ様を追いかけているうちに、まっつにうっかりハマっていた。
まったくもって、うっかりと。
そんなつもりは、カケラもなく。
こんなにこんなにオサ様が好きで、あの人の歌声が好きで、なのにどーして今、まっつなんだ。
そもそもわたしは、あのテの顔が好きだ。
オサ様を好きになったのは声とか歌とか以前、顔だ。
わたしは丸顔の男に興味がない。
男は面長! これ基本!
そして、存在感のある鼻。でかくて長いと理想、鉤鼻だったりするとなお萌え。
顔を鼻の下で真っ二つにしたとき、鼻から上の面積が大きい人が好き。つまりそんだけ鼻が長い人が好き。
目の大きさや形はどーでもいー。輪郭と鼻です、問題は。
でもって横顔命。
大きな鼻が存在を主張し、おでことアゴとできれいなカーブを描いているのが理想。おでこが丸かったりでっぱっていたりするとNG。
つーことで、オサ様はわたしの大好きな顔の人だった。
その大好きセンサーに、引っかかってきたのがまっつだ。
新公のアドリブで自らネタにしていたように、「ハルノスミレに似ている」のは当時の公式見解だったのだと思う。
面長小顔、華奢で美声の歌ウマ。
寿美礼サマに似ているから、ではなく、もともと好きな顔だから、好意は持っていた。
しかし、オサ様を差し置いて、ご贔屓、という位置に来てしまうとわ……。
わたしはもともとマンガヲタクで、自分でもポンチ絵を描いていた。
だから、キャライラストを描く上で「理想」のラインっちゅーもんがある。
おでこから鼻にかけてのライン、そこを描くのが好きで、いつもいつもその角度でキャラの顔を描いていた。目の下から頬のライン、鼻で少し隠れて、唇の厚みとアゴにたどりつくラインを描くのに夢中になっていた……その、マンガ的な理想のラインを、実はまつださんが持っているのですよ!!
まっつのイラストを描こうとしたときだっけか、画像をいじってオリジナルグッズを作ろうとしたときだったか、ソレに気づいたときは納得しましたね、だからこんなに好きなのかと。
このブログのタイトル・イラストは、実はまっつの横顔だったりするんだが(笑)、あえて切ってしまった鼻より上に、その理想のラインが表現されているんですよお客さん!!
顔から入ったんだよなあ……。
でもって次は、声、だったんだよなあ。博多座『マラケシュ』のクリフォードの手紙がめちゃくちゃ美声でなああ。
ナマの台詞声より、録音声の方が内蔵に響くって、あああ、まっつ一度声優やってほしいわマジで。
芝居スキーなので、基本的な技術のナイ人は苦手、その点まっつは男役としての技術も発声も、演技も歌も全部及第点だった。特に歌はめっちゃうまかった。
そりゃ好きになるだろう、って要素は全部そろっていた。
んで実際、まっつオチして早6年目。
オサ様の歌声を好きでしょうがない身としては、まっつとオサ様の歌声の違いを痛感する。
「歌手」としては、たぶん両極端、正反対の人たちだ。
わたしがまっつを好きになった頃、まっつはまだ活躍の場をほとんど与えられずにいた。
歌ウマなのは新公その他で知っているけれど、現実問題ナマでそれを聴く機会がない。番手外の彼には、ソロを歌う機会なんぞまわってこない。
たまにある歌を聴ける場では、なにしろたまになので、声を聴く場というか、技術の確かさがまず飛び込んできて「やっぱりうまい」「素敵」ってことで完結しちゃっていた。
本公演では相変わらず本気で歌唱力を披露する場はもらえていないけれど、『宝塚巴里祭2009』や彩音ちゃんMSで真正面から「歌」と向き合う姿を見ることができて。
いろいろと、彼の持ち味……つーか、限界も見えた。
表現する、てのは、まっつの苦手分野ですかね。
音階通りに歌うのは得意だけど、そこに感情を乗せるのは、ましてや派手に爆発させるのは。
どっかでまっつのことを「歌大根」と表現されているのを見て、そう書かれちゃうことはしょんぼりだけど納得するところでもあるなと思った。
クールといえば聞こえはいいが、感情の見えにくい歌声なんだ。
正確で端正だけど、つまらない歌。
そうばっさり言い切ることもできる。
寿美礼サマとは、正反対。
彼……もとい、(卒業しちゃったから)彼女の歌声は、おもしろい。正しい正しくない以前に、めちゃくちゃおもしろい。
わたしは、オサ様の歌声が好き。
同じモノがただひとつとてない、毎回チガウ、変わり続けて原型もなくなっちゃうよーな、フリーダムな歌声が好き。
あの情報量の多い、色彩が、細胞が、原子が、あふれかえっているよーな歌声が好き。(「かもすぞー」とゆるいキャラたちが画面いっぱいにひろがる絵面を想像しちゃった自分自重)
オサ様を好きでたまらなくて、オサ様から入ったくせに、何故、まっつなのか。
自分でも辻褄合ってないというか、納得いかないんだが。
それでも、まっつが好きだ。
あの硬質な歌声ごと。
技術だけでなく、これから表現力だって磨かれるかもしれないじゃん。
オサ様みたいな歌い方になる必要はないけれど、感情を歌で爆発させるのも今後必要だと思うので、まったりわくわく見守りまっつ。
相沢くん@『舞姫』とか、バウサイズではできんこともないので、大劇場サイズで歌えるのかどうか。
オサ様の歌声はわたしの癒し、生きる糧。
まっつの歌声はわたしの萌え、生きる活力。
まっつに会いたいっす……。
てなことを、オサコンの帰り道にnanaタンに言われた。
「オサ様とまっつって、一見似てるけど、歌手としては正反対だよね」
うん。
そーなんだよ。
そーなんですよ。
わたしはまずオサ様が好きで、オサ様を追いかけているうちに、まっつにうっかりハマっていた。
まったくもって、うっかりと。
そんなつもりは、カケラもなく。
こんなにこんなにオサ様が好きで、あの人の歌声が好きで、なのにどーして今、まっつなんだ。
そもそもわたしは、あのテの顔が好きだ。
オサ様を好きになったのは声とか歌とか以前、顔だ。
わたしは丸顔の男に興味がない。
男は面長! これ基本!
そして、存在感のある鼻。でかくて長いと理想、鉤鼻だったりするとなお萌え。
顔を鼻の下で真っ二つにしたとき、鼻から上の面積が大きい人が好き。つまりそんだけ鼻が長い人が好き。
目の大きさや形はどーでもいー。輪郭と鼻です、問題は。
でもって横顔命。
大きな鼻が存在を主張し、おでことアゴとできれいなカーブを描いているのが理想。おでこが丸かったりでっぱっていたりするとNG。
つーことで、オサ様はわたしの大好きな顔の人だった。
その大好きセンサーに、引っかかってきたのがまっつだ。
新公のアドリブで自らネタにしていたように、「ハルノスミレに似ている」のは当時の公式見解だったのだと思う。
面長小顔、華奢で美声の歌ウマ。
寿美礼サマに似ているから、ではなく、もともと好きな顔だから、好意は持っていた。
しかし、オサ様を差し置いて、ご贔屓、という位置に来てしまうとわ……。
わたしはもともとマンガヲタクで、自分でもポンチ絵を描いていた。
だから、キャライラストを描く上で「理想」のラインっちゅーもんがある。
おでこから鼻にかけてのライン、そこを描くのが好きで、いつもいつもその角度でキャラの顔を描いていた。目の下から頬のライン、鼻で少し隠れて、唇の厚みとアゴにたどりつくラインを描くのに夢中になっていた……その、マンガ的な理想のラインを、実はまつださんが持っているのですよ!!
まっつのイラストを描こうとしたときだっけか、画像をいじってオリジナルグッズを作ろうとしたときだったか、ソレに気づいたときは納得しましたね、だからこんなに好きなのかと。
このブログのタイトル・イラストは、実はまっつの横顔だったりするんだが(笑)、あえて切ってしまった鼻より上に、その理想のラインが表現されているんですよお客さん!!
顔から入ったんだよなあ……。
でもって次は、声、だったんだよなあ。博多座『マラケシュ』のクリフォードの手紙がめちゃくちゃ美声でなああ。
ナマの台詞声より、録音声の方が内蔵に響くって、あああ、まっつ一度声優やってほしいわマジで。
芝居スキーなので、基本的な技術のナイ人は苦手、その点まっつは男役としての技術も発声も、演技も歌も全部及第点だった。特に歌はめっちゃうまかった。
そりゃ好きになるだろう、って要素は全部そろっていた。
んで実際、まっつオチして早6年目。
オサ様の歌声を好きでしょうがない身としては、まっつとオサ様の歌声の違いを痛感する。
「歌手」としては、たぶん両極端、正反対の人たちだ。
わたしがまっつを好きになった頃、まっつはまだ活躍の場をほとんど与えられずにいた。
歌ウマなのは新公その他で知っているけれど、現実問題ナマでそれを聴く機会がない。番手外の彼には、ソロを歌う機会なんぞまわってこない。
たまにある歌を聴ける場では、なにしろたまになので、声を聴く場というか、技術の確かさがまず飛び込んできて「やっぱりうまい」「素敵」ってことで完結しちゃっていた。
本公演では相変わらず本気で歌唱力を披露する場はもらえていないけれど、『宝塚巴里祭2009』や彩音ちゃんMSで真正面から「歌」と向き合う姿を見ることができて。
いろいろと、彼の持ち味……つーか、限界も見えた。
表現する、てのは、まっつの苦手分野ですかね。
音階通りに歌うのは得意だけど、そこに感情を乗せるのは、ましてや派手に爆発させるのは。
どっかでまっつのことを「歌大根」と表現されているのを見て、そう書かれちゃうことはしょんぼりだけど納得するところでもあるなと思った。
クールといえば聞こえはいいが、感情の見えにくい歌声なんだ。
正確で端正だけど、つまらない歌。
そうばっさり言い切ることもできる。
寿美礼サマとは、正反対。
彼……もとい、(卒業しちゃったから)彼女の歌声は、おもしろい。正しい正しくない以前に、めちゃくちゃおもしろい。
わたしは、オサ様の歌声が好き。
同じモノがただひとつとてない、毎回チガウ、変わり続けて原型もなくなっちゃうよーな、フリーダムな歌声が好き。
あの情報量の多い、色彩が、細胞が、原子が、あふれかえっているよーな歌声が好き。(「かもすぞー」とゆるいキャラたちが画面いっぱいにひろがる絵面を想像しちゃった自分自重)
オサ様を好きでたまらなくて、オサ様から入ったくせに、何故、まっつなのか。
自分でも辻褄合ってないというか、納得いかないんだが。
それでも、まっつが好きだ。
あの硬質な歌声ごと。
技術だけでなく、これから表現力だって磨かれるかもしれないじゃん。
オサ様みたいな歌い方になる必要はないけれど、感情を歌で爆発させるのも今後必要だと思うので、まったりわくわく見守りまっつ。
相沢くん@『舞姫』とか、バウサイズではできんこともないので、大劇場サイズで歌えるのかどうか。
オサ様の歌声はわたしの癒し、生きる糧。
まっつの歌声はわたしの萌え、生きる活力。
まっつに会いたいっす……。
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