どうやって伝えよう、君に。@ロミオとジュリエット
2011年4月8日 タカラヅカ ある日の『ロミオとジュリエット』のベンヴォーリオ@まっつ。
その日はあまりにノリノリでテンション高くて、格好いいところはさらに格好良く、かわいいところはアゴが落ちるくらいかわいく、そして親友を失ってからの喪失感・絶望感は半端なく、どえりゃーことになっていました。
高テンションで安定、しかも物語的にどんどん盛り上がっていく、その盛り上がり最高潮!なところで、ベンヴォーリオには最大の見せ場、長々としたソロがある!
ふつーここまでくれば、ものすごーく期待するでしょ。
こんだけハイテンションな芝居をしていて、クライマックス、最大の見せ場突入なら。
どんだけものすごいカタルシスが待っているのかと!
「狂気の沙汰」からジュリエット自殺、絶望のベン様は振り返り、悲しく歌い出す「どうやって伝えよう」。
はい、リセットされました。
いやはや。
機嫌良くムラ通いしていろんなベン様見てきて、その中でも目を疑うようなテンションで、この人いったいどうしちゃったの? どーなっちゃうの?! と思わせる勢いと温度だったのに。
最大の見せ場で、最低のテンションになる(笑)。
すんげー、肩すかし。
いっそ笑える。
それまでは、感覚でぶっ飛ばしてきたのに、最大の見せ場、逃げ隠れも誤魔化しもできないカーテン前ソロになると、一気に理性復活。
いつも通り、技術駆使して歌い出す。
計算された芝居と歌い方、少しずつクレッシェンド、はいここで喘いで、ここで一旦落として、ここで上げる!みたいな。
失敗するわけには、いかないからだ。
長丁場のソロ、ふつー芝居歌は1番のみだろうに、2番まで歌いますってな曲だ。ここから物語は佳境、一気に持っていく重要な場。
責任重大だからこそ、絶対にコケられない……ので、暴走はしない。それまでどんだけ無茶してても、ここでクールダウン。
って、気持ちはわかるけど、ここで?!
ベンヴォーリオ的にいちばん盛り上がるところで、何故盛り下がるの?!
いや、盛り下がる、と観客にわかるレベルではないのかもしれない。彼はちゃんと演技している、計算された技術と表現で歌っている。その通りに歌えばちゃんと感動的だ。
しかしこの日は、いつもとチガウ温度であったがために、「いつも」に戻ったソロとの落差が「いつも」がどんなもんか知るリピーターにはわかったというか。
や、あくまでもわたしひとりが勝手に言っていることに過ぎないが。
そっかあ、ココでサーモスタット掛かるのかあ。リセットされちゃうのかあ。
この人はとことん脇の人なんだなと思った。
勢いだけで感情だけで、暴走していいのは、主役のみだ。
お勉強の場ですと銘打たれている新人公演じゃない、安くはない観劇料の必要なプロの舞台で、役者が個人の感情で芝居を壊していいはずがない。
タカラヅカは暴走上等というか、役者個々のスタンドプレイもある程度容認されていると思う。芝居よりもスター個人を見に来るところだから。
だから「スター」として、トップ路線にいる人たちなら自制はしない、とにかく派手に感情を爆発させる、自分の感情に他人を巻き込む、観客を同調させることを学ぶ。
ぶっちゃけ、正しい音階で美しく歌うより、泣きながらボロボロの歌声を聴かせた方が観客は泣くんだ。
そうやってスターは「主役」になる方法を肌で学んでいく。
が、脇はそうじゃない。そんなことをやっていいのは真ん中の人だけ、脇がいちいち大泣きして場をさらっていたらウザすぎる。小芝居は小芝居だからいいのであって、真ん中を喰ったり邪魔になってはいけない。
脇の仕事は理性的に技術でもって、暴走するスターを支えること。真ん中の人を輝かせること。
そうやって、育って来ちゃったんだね。
暴走する習慣がないんだ……。
台詞のないモブでいろいろ楽しく遊んでいても、いざ自分の唯一の台詞の順番が来ると、失敗しないようみんなの足を引っ張らないよう、きちんと正しく前へ出て言う、そしてまたモブに戻る……なんて正しく脇育ち。
真ん中やったことナイ人だからなあ。
育った過程っていうのは、こんなところにも出るもんなんだ。
と、しみじみ感心しました。
いやもちろん、性格もあると思います。
どんなに脇でも……というか、一応新公主演やって、まったくモブではなく真ん中寄りのところにいたんだから、「暴走上等! 真ん中じゃなくオレを見ろ!」な人なら十分、感情爆発させた演技はすると思う。
でもそんなタイプの人だったら、この学年まで花組のあの立場で残ってなかったと思う。
きちんと脇の仕事をする人だから、ここまでタカラヅカの舞台に残り、またその実力を買われてきたんだと思う。
まっつがもしも、ちゃんと「真ん中」としての教育を受けて育っていたら、どんな舞台人になっていたのかなあ。
今は「どうやって伝えよう」でテンションをリセットしちゃう人だからなあ(笑)。
……でもソレは、今まで真ん中に無関係な立場だったからで。
芝居でもショーでも、自分ひとりで場面任されたことがなかった、いつも誰かのバックにいるだけの人だったからで。
今後、場面のセンター務めるようになったら、「真ん中」がどういうものかわかるよねえ。いつまで、どんな立場で、タカラヅカにいてくれるのかわかんないけど、少なくとも次の全ツは2番手だから、真ん中立たなきゃなんないだろーし。
これから彼がどう変わり、また変わらないのか、楽しみです。
今はただ、こんだけハイテンションで感情暴走! 喪失すげえ絶望すげえ!の直後の見せ場で、一気に冷静沈着、テクニックで歌い上げます。という展開に、いっそツボった(笑)。
おかげでそのあとのマントヴァにて、ロミオ@キムくんにジュリエットの死を告げるところも予定調和。はい、いつものベン様。
とまあ盛大に肩すかし喰らったあとだったんで、ラストの霊廟もふつうかなと思ったら、ここでもちゃんとテンション高かったし……ほんとに、「自分ひとりの場面」だけセーブしてやがる……(笑)。
逆だから、セーブするところと暴走するところ!
いっそ面白いけど、いろいろとがんばれー(笑)。
その日はあまりにノリノリでテンション高くて、格好いいところはさらに格好良く、かわいいところはアゴが落ちるくらいかわいく、そして親友を失ってからの喪失感・絶望感は半端なく、どえりゃーことになっていました。
高テンションで安定、しかも物語的にどんどん盛り上がっていく、その盛り上がり最高潮!なところで、ベンヴォーリオには最大の見せ場、長々としたソロがある!
ふつーここまでくれば、ものすごーく期待するでしょ。
こんだけハイテンションな芝居をしていて、クライマックス、最大の見せ場突入なら。
どんだけものすごいカタルシスが待っているのかと!
「狂気の沙汰」からジュリエット自殺、絶望のベン様は振り返り、悲しく歌い出す「どうやって伝えよう」。
はい、リセットされました。
いやはや。
機嫌良くムラ通いしていろんなベン様見てきて、その中でも目を疑うようなテンションで、この人いったいどうしちゃったの? どーなっちゃうの?! と思わせる勢いと温度だったのに。
最大の見せ場で、最低のテンションになる(笑)。
すんげー、肩すかし。
いっそ笑える。
それまでは、感覚でぶっ飛ばしてきたのに、最大の見せ場、逃げ隠れも誤魔化しもできないカーテン前ソロになると、一気に理性復活。
いつも通り、技術駆使して歌い出す。
計算された芝居と歌い方、少しずつクレッシェンド、はいここで喘いで、ここで一旦落として、ここで上げる!みたいな。
失敗するわけには、いかないからだ。
長丁場のソロ、ふつー芝居歌は1番のみだろうに、2番まで歌いますってな曲だ。ここから物語は佳境、一気に持っていく重要な場。
責任重大だからこそ、絶対にコケられない……ので、暴走はしない。それまでどんだけ無茶してても、ここでクールダウン。
って、気持ちはわかるけど、ここで?!
ベンヴォーリオ的にいちばん盛り上がるところで、何故盛り下がるの?!
いや、盛り下がる、と観客にわかるレベルではないのかもしれない。彼はちゃんと演技している、計算された技術と表現で歌っている。その通りに歌えばちゃんと感動的だ。
しかしこの日は、いつもとチガウ温度であったがために、「いつも」に戻ったソロとの落差が「いつも」がどんなもんか知るリピーターにはわかったというか。
や、あくまでもわたしひとりが勝手に言っていることに過ぎないが。
そっかあ、ココでサーモスタット掛かるのかあ。リセットされちゃうのかあ。
この人はとことん脇の人なんだなと思った。
勢いだけで感情だけで、暴走していいのは、主役のみだ。
お勉強の場ですと銘打たれている新人公演じゃない、安くはない観劇料の必要なプロの舞台で、役者が個人の感情で芝居を壊していいはずがない。
タカラヅカは暴走上等というか、役者個々のスタンドプレイもある程度容認されていると思う。芝居よりもスター個人を見に来るところだから。
だから「スター」として、トップ路線にいる人たちなら自制はしない、とにかく派手に感情を爆発させる、自分の感情に他人を巻き込む、観客を同調させることを学ぶ。
ぶっちゃけ、正しい音階で美しく歌うより、泣きながらボロボロの歌声を聴かせた方が観客は泣くんだ。
そうやってスターは「主役」になる方法を肌で学んでいく。
が、脇はそうじゃない。そんなことをやっていいのは真ん中の人だけ、脇がいちいち大泣きして場をさらっていたらウザすぎる。小芝居は小芝居だからいいのであって、真ん中を喰ったり邪魔になってはいけない。
脇の仕事は理性的に技術でもって、暴走するスターを支えること。真ん中の人を輝かせること。
そうやって、育って来ちゃったんだね。
暴走する習慣がないんだ……。
台詞のないモブでいろいろ楽しく遊んでいても、いざ自分の唯一の台詞の順番が来ると、失敗しないようみんなの足を引っ張らないよう、きちんと正しく前へ出て言う、そしてまたモブに戻る……なんて正しく脇育ち。
真ん中やったことナイ人だからなあ。
育った過程っていうのは、こんなところにも出るもんなんだ。
と、しみじみ感心しました。
いやもちろん、性格もあると思います。
どんなに脇でも……というか、一応新公主演やって、まったくモブではなく真ん中寄りのところにいたんだから、「暴走上等! 真ん中じゃなくオレを見ろ!」な人なら十分、感情爆発させた演技はすると思う。
でもそんなタイプの人だったら、この学年まで花組のあの立場で残ってなかったと思う。
きちんと脇の仕事をする人だから、ここまでタカラヅカの舞台に残り、またその実力を買われてきたんだと思う。
まっつがもしも、ちゃんと「真ん中」としての教育を受けて育っていたら、どんな舞台人になっていたのかなあ。
今は「どうやって伝えよう」でテンションをリセットしちゃう人だからなあ(笑)。
……でもソレは、今まで真ん中に無関係な立場だったからで。
芝居でもショーでも、自分ひとりで場面任されたことがなかった、いつも誰かのバックにいるだけの人だったからで。
今後、場面のセンター務めるようになったら、「真ん中」がどういうものかわかるよねえ。いつまで、どんな立場で、タカラヅカにいてくれるのかわかんないけど、少なくとも次の全ツは2番手だから、真ん中立たなきゃなんないだろーし。
これから彼がどう変わり、また変わらないのか、楽しみです。
今はただ、こんだけハイテンションで感情暴走! 喪失すげえ絶望すげえ!の直後の見せ場で、一気に冷静沈着、テクニックで歌い上げます。という展開に、いっそツボった(笑)。
おかげでそのあとのマントヴァにて、ロミオ@キムくんにジュリエットの死を告げるところも予定調和。はい、いつものベン様。
とまあ盛大に肩すかし喰らったあとだったんで、ラストの霊廟もふつうかなと思ったら、ここでもちゃんとテンション高かったし……ほんとに、「自分ひとりの場面」だけセーブしてやがる……(笑)。
逆だから、セーブするところと暴走するところ!
いっそ面白いけど、いろいろとがんばれー(笑)。
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