雪組全国ツアー『黒い瞳』、プガチョフ@まっつと、ニコライ@キム。

 ニコライの愛情がぐいーんと大きくプガチョフを取り巻くことで、プガチョフも変わる気がした。
 これだけ純粋な愛情を向けられて、てらいなく突きつけられて、心の動かない人間はいない。

 ニコライはプガチョフを愛している。
 少年らしい純粋さで、まっすぐに。
 少年の瞳には嘘や欺瞞がない。剥き出しの激しさがある。

 いろんなものに汚れ、絶望しているプガチョフには、ニコライの汚れなさが痛い。彼を直視できないくらい。
 歌うニコライから目をそらし、どこでもない空間を見つめるプガチョフの哀しさ。

 キムくんってやっぱすごいと思う。
 彼がぴたりと照準を合わせたことで、どんだけ視界がクリアになったか。
 まっつのブレすら正してしまうんだ、彼は。

 ニコライの少年らしさと愛情が際立つことにより、それを拒否して破滅へ進むプガチョフの悲劇性も増した。

 そりゃ、この子のことを好きだろうよ、プガチョフ。
 こんなにまっすぐ愛してくれる人がいたか、今まで?
 プガチョフの周りには蛾のように、彼の光や甘い汁に群がる者たちがいただろう。
 でも純粋に、彼を愛してくれた人は……?

 ソリの場面のニコライの痛々しさ、そしてマーシャを取り戻したあと、別れるプガチョフを見つめる姿に、こっちまで胸が痛くなった。
 ほんとにプガチョフのこと好きなんだ……そんなに好きなんだ……。

 そして当たり前だけど、ニコライの中では、プガチョフへの愛情と、マーシャへの愛情が同居している。
 プガチョフを切ない目で見送ったあと、マーシャを振り返って微笑むんだ。

 わたしがマーシャなら絶対つらい(笑)。
 自分の恋人が、自分以外にあんな目をしていたら。

 聡明なマーシャはナニも言わない。
 でも薄々感じている、ニコライの、プガチョフへの傾倒ぶりが半端ナイこと。
 だからいざ別れを切り出されたとき、泣いて嫌がるわけだ。
 戦い云々を理由にしているけど、もちろんそれも本心だろうけど、ほんとのとこ嫌だったと思うよ、恋人に一時的でも別れを切り出される理由がプガチョフに会うためだなんて。
 ニコライはマーシャへの愛と区別して考えているようだけど、女の立場からしたら一緒じゃん。愛は全部欲しいもの。

 ニコライはプガチョフという男を知っている。
 彼が、破滅するために進んでいることを。
 どれほど止めたところで、彼の人生を変えられないのだということを。
 だからニコライは言う「プガチョフの敗北を見届けたい」と。

 この辺が男子だなーと思う。
 女子ではありえない思考回路(笑)。

 ニコライは男の子だから、愛した男の最期を見守りたいんだ。
 プガチョフを助けたいとか生きていて欲しいとかじゃないんだ。
 彼が、志を全うすることを望み、それを助けたいと思っているんだ。
 プガチョフの望みが死なら、破滅なら、正しく死を、破滅を得るべきだと思っている。
 彼を愛する自分こそが、それを見守るべきなのだと。

 だから、戦場へ向かうニコライの決意が痛い。
 彼は本当に、悲しいまでの覚悟をして、決戦に臨んでいる。

 破滅を望んでいたプガチョフの、最後の戦いもまた、壮絶を極める。
 剣を手に戦場を駆ける彼の、壮絶な美しさ。
 仲間だった、腹心だった元帥たち@ひろみ、朝風くんの裏切り。
 プガチョフと最後まで一緒だった、彼を守ろうとしたのがシヴァーブリン@コマだという事実。
 マタギ衣装のシヴァくんは最後まで戦ってるよなあ。ニコライを狙ったのに間違えて仲間撃ったりしてるけど(笑)。

 そして、最後の場面。
 処刑場へ向かうプガチョフと、最後の再会をするニコライ。

 民衆になじられながら歩き、テーマソング?を歌うプガチョフ。このときの彼がどう感じているのか。それはいろいろと妄想できることなので、置くとして。

 問題は、ニコライを見つけたとき。

 「やあ、先生」と声を掛けるプガチョフ。
 このとき彼は、救われたのだと思う。

 わたしはどうしたってプガチョフ寄り……というか、まっつ中心の視点しか持たない。
 だからこの悲しい瞳の英雄に惹かれ、彼の人生を見守り、追体験している。
 その最期の瞬間に出会うのが、ニコライで。

 英雄だと持ち上げられていたはずなのに、今では罵られ、(梅田ではなくなっていたが)モノをぶつけられるよーな蔑まれ方をしていて。
 そんな死刑囚の前に現れて、泣きじゃくる少年。

 ニコライ、泣いてるし。
 キムくんの瞳に涙が盛り上がって、ぽろぽろこぼれる。

 それを見て、微笑むプガチョフ。
 肯定されたね。
 プガチョフの人生が、人格が、肯定された。
 こうして彼を愛し、彼のために手放しで泣く少年の存在で。

 救われた。
 ニコライの涙に、その、愛に。
 プガチョフに感情移入していたわたしは。そしておそらく、プガチョフ自身も。

 最後の微笑みは、演技でも計算でもない。
 ほんとうに、こぼれたんだ。
 自分のために泣くニコライを見て。

 だから、胸を張る。
 ニコライの涙に。愛に。
 相応しいだけの美しい姿を見せる。

 プガチョフが何故、ニコライを愛したのか。
 その答えを得た気がする。

 プガチョフには、ニコライが必要だったんだ。彼の荒ぶる人生に、寂寥の瞳に。少年のまっすぐな愛情が、尊敬が。
 出会ったそのとき、なんの屈託もなく酒やら高価なウサギの外套やらを差し出してくれた、純粋な好意。
 その真っ白な魂に惹かれた。癒された。

 ニコライが、プガチョフの強さに惹かれたように。

 まさしく運命の出会い、運命のふたりだったんだ。
 まっすぐに生きる者と、まっすぐに破滅する者と。

 ボロボロに泣きながらプガチョフを見送り、「まだ終わってない。僕の大切なモノが消えてしまった」とかなんとか言い募るニコライ。
 それはプガチョフのことを言っているようでもある。
 ニコライの中では、プガチョフへの想いとマーシャへの想いは当たり前に同居しているから。
 マーシャの名を呼びながら走っていくニコライは、ほんとにマジ泣きしていて。泣き声の幼さに、泣けて仕方がない。

 男であるプガチョフのことは、死を見取る。女であるマーシャのことは、守り共に生きていく。
 それでいい。ニコライは、男だから。

 ラストシーンにて、コサックだから貴族だからと人間に、愛情に壁を作ることの愚かさを言及するニコライがいい。
 確かにニコライは革命を起こしたりしない。
 だけど彼は、コサックの少女を愛する。
 貴族の彼がコサックの少女を愛するように、他のみんな、ひとりひとりが身分とか国とか民族とか、そんな壁を越えて誰かを愛すれば、いつかそんな壁はなくなるんだ。エライ人が命令するとか、武力によって傷つけ合うとかしなくても。

 ただ、目の前の人を愛する。偏見とか差別とかを捨てて。大切な人を、大切だと言う。
 それがいつか、世界を革命する。

 白いコサック衣装のプガチョフが雪の精となって、愛し合う恋人たちを見守るラストシーンに、涙が止まらない。

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