『ハウ・トゥー・サクシード』について、今ごろあれこれ。

 見た目の若さ可愛らしさで、一見キムみみコンビはこーゆー明るいコメディが似合っている、ように見える。
 実際、ふたりがにこにこキラキラじゃれていると、かわいい。幸せなキモチになる。

 でもさ。
 キムみみのいちばんの得意分野は、そうではないんじゃないかと。

 「まともに考えたらムカつく」系の、他人を陥れたり傷つけたりすることを笑うコメディである、『H2$』。
 主人公たちがどんだけ酷いことをしていても、人間として最低の行動を取っていても、それを観客に気付かせてはならない。
 明るく軽く、笑わせなければならない。

 キムくんは持ち前の明るさとさわやかさ、そして歌唱力他舞台人としての技術で、フィンチを演じてくれた。

 そう、明るく軽く。
 それがもっとも要求される、この芝居。

 なのに、ところどころで、キムの持つ「重さ」が出る。

 1幕にて、ローズマリー@みみちゃんに押し切られてデート、ローズマリーとふたり、下手にある階段に坐って話す。
 そこでローズマリーが「I Believe In You」を歌い出すわけだが。
 それに至るまでのふたりのかみ合っていない会話、どこか迷いや停滞を感じさせるフィンチ、ローズマリーの根拠のない信頼に心の角度を変えていく様。
 そこに、アメリカンな「フィンチ」というキャラクタではなく、日本人のキムくん自身の重みが見える。

 ここではあくまでも、ちらりと。

 そして次が、2幕の重役用洗面室。
 たったひとり、「I Believe In You」を歌うフィンチ。

 そこにいるのは、「努力しないで出世する」ことを望んでいる男じゃない。したいのは出世で、仕事じゃない。どんな会社、どんな職種でも良かった、てきとーに決めろと本に書いてある通りにてきとーに決めた、そんな男の顔じゃない。
 誰よりも努力の意味を知り、仕事への意欲と責任を持っている、ひとりのビジネスマンの顔をしている。
 周囲にいる男たちはみんな敵。仲間のふりして、彼の失脚を願う裏切り者たち。
 敵しかいない場所で、たったひとり、孤独に自分自身を見つめる。
 「I Believe In You」……信じている。自分の力、自分の才能。自分の未来。
 それは『H2$』という物語からはずれた深刻さ。
 繰り返す言葉は、ローズマリーの言葉。彼女が信じると言ってくれた、それを言い聞かせるように自分自身へ繰り返す。

 なんなのこの、突然はじまる、ドシリアス芝居。
 ここだけ見ると、別の作品みたい。

 ほんとうに「努力しないで出世する」ことをヨシとする主人公なら、ここでこうまで深刻なったらイカンやろう。
 別にここで、この仕事で、この人たちの間で成功する必要なんかない、また他のどこででも同じことをすればいい。努力しないで手に入れたものなんて、所詮その程度のモノだ。
 犠牲を払ってのたうちまわって手に入れたものと、たまたま拾っただけのものと、どちらに思い入れるか。
 シリアスにカッコつける場面ではあるけれど、ここまでレーゾンデートルを懸けた深刻芝居である必要はあるのか。
 世界観に合っていない、と思う。

 そしてそらに、今までの違和感が全解放されるのはなんといっても、2幕後半。
 大失態を犯し、すべてを失ってしまったフィンチと、それを慰め、叱るローズマリーの場面。
 ここでマジ泣きしているフィンチは「フィンチ」じゃないと思う。
 そんなフィンチに揺らぐことなく愛をぶつけるローズマリーも。

 『H2$』という芝居を離れ、忘れ、突然繰り広げられる、深刻芝居。
 ここだけ見ると、別の作品みたい。

 ……なんだけど、キムのフィンチとしてはこれが正しいんだよね。
 1幕のデート場面でも、そして2幕の重役用洗面室でも、『H2$』の世界観とはチガウ、キム自身のフィンチを見せていた。
 キムフィンチなら、挫折してマジ泣きして当然。彼はちっとも「努力しないで出世する」なんてのを、やってなかったもの。
 本気で努力して、望んで、がんばっていたんだもの。

 キムはキムとして筋が通っている。
 ……作品無視してるけど(笑)。
 フィンチの挫折をキムは本気で「絶望」として演じすぎているし、そんなフィンチの芝居をみみちゃんも一歩も譲らず本気で受け止めている。

 このふたりで、深刻芝居が観たい。

 こんなバカみたいな無神経コメディではなくて、本気で心のひりひりするような、重い重い芝居が観たいよ。
 と、痛いほど思った。願った。

 キムみみは見た目がかわいこちゃんだから、誤解されるんだねええ。
 大衆向けの大劇場では無理かもしれないけど、中劇場あたりでやって欲しいよ。本気の深刻芝居。

 と、思わせるような芝居を突然繰り広げるフィンチとローズマリーは、『H2$』には相応しくないんだろう。
 作品の世界観を壊している。
 でも。
 だからこそ、愛しい。

 この人を好きで良かったというか、間違ってなかったんだわというか。
 キムみみ、いいなあ。好きだなあ。


 わたしは『H2$』という作品が好きじゃない。
 フィンチもローズマリーも好きじゃない。

 だけど、キムが演じるフィンチは、キムらしい面だけ好きだ。
 脚本にある部分ではない、キムがキムだからこそ勝手に表現してしまっている部分。
 それがあったからこそ、わたしはこの公演を何度も観ることが出来たのだと思う。
 みみローズマリーもまた、そんなキムフィンチに全霊を挙げてついて行っているから、それゆえに好ましいキャラになっているし。

 彼らのそういう芸風が、愛しい。

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