『仮面の男』東宝版の大きな変更のひとつに、「1ヶ月後」というのがある。
 この作品には時の流れが異次元になっていて、「時間の流れについては不問、聞かないで」という暗黙のルールがあった。
 ルイ/フィリップ@キムがいくつなのかとか、ダルタニアン@ちぎや三銃士たちがいくつなのかとか、それは「聞いてはならないこと」だ。
 そこを突くといろいろと不具合が生じる。

 ルイ14世は実在人物だけど、これは伝記ではなくフィクションだから、年表通りに出来事が進んでいなくてもかまわない。「史実とチガウ!」と文句言うのは野暮。
 でもそれは、あくまでも、作中で違和感なく時間処理がされている場合。史実に足を取られて思考停止するのは見る側が狭量だと思うが、史実とは無関係な、あくまでもこの「作品」内部のことで、「え、それっていつのこと??」と混乱させるのは作っている側が悪い。

 ムラ版では時の流れについて作中で台詞によって確定されていたのは、「今夜の成功を祝して」と「今から数年前」のみだ。
 「今夜」という限定の台詞があるために、ルイ/フィリップを入れ替えたその夜に、三銃士のたくらみはすべて水泡に化し、ダルタニアンに襲撃を受けたと判明した。
 また、ダルタニアンがルーヴォア@ひろみに「今から数年前、コンスタンス@あゆっちは殺された」と言うので、フィリップが鉄仮面を付けられて牢獄へ入れられたのが数年前……辞書によると「数年」は「2、3か5、6ぐらいの年数」らしいよ。2年と6年では大きな違いだが、それくらい曖昧な方が都合がいい。

 時間を表す台詞がこれだけであるため、いろいろと誤魔化しが効いていた。
 それこそ、コンスタンスはある程度大きくなったフィリップの世話係として抜擢され、「数年前」に殺されたので、ダルタニアンはまだぴっちぴちの青年である、とか。
 牢獄から助け出されたフィリップは、その翌日とかにルイと入れ替えられたのだとか。
 「明言されていない」から、観客が想像で補うことができた。

 なのに東宝版では、コンスタンスが赤ん坊のフィリップを抱いているところからはじまり、ムラ版であえてあやふやにされていた「時の流れ」のおかしさが、容赦なく突きつけられた。

 そう、台詞によって逃げ場なく明言されたんだ。

「ルイとフィリップを、1ヶ月後に入れ替える」と。

 これによって起こる、作品の齟齬。

 ルイとフィリップを入れ替えるため、1ヶ月かけて用意をしていた三銃士は、ルイーズ@みみになにも教えていなかった。
 ラウル@翔はその遺言で「ルイーズにこの愛を伝えて」と言っているにも関わらず、アトス@まっつは彼女をガン無視したらしい。
 おかげで、なにも知らないルイーズはこの1ヶ月、地獄の日々を過ごしただろう。ひとりの少女が、自分の命と引き替えに国王を殺そうというんだ、どんだけの絶望だったか。復讐の機会を作るのだって、自分の貞操を懸けてふたりきりになるよう仕組んだんだ。
 ひとりの少女にこれだけのことをさせる三銃士って、いったい……。

 また、フィリップとも1ヶ月共に暮らしていたのに、彼には自由も心の安らぎもなかったらしい。
 いざ正体がばれて、命を狙われた逃避行の最中、フィリップは「生まれてはじめてなんだ」と幸福そうに笑う。
 三銃士と過ごした一ヶ月は、牢獄と同じかそれ以上の苦痛をフィリップに与えていたらしい。

 さらに、「国家機密」である「仮面の男」を誘拐されたサンマール@コマは、どうしていたのか?
 ムラ版だとフィリップ誘拐の直後、日をおかずにルイと入れ替えたように見える。そのため、サンマールは保身のため上には報告せずにいたんだなと思うことが出来た。身の処し方を迷っていたとも考えられる。
 しかし、1ヶ月だ。
 丸1ヶ月間サンマールはナニをしていたんだ? フィリップを失ったことを誰にも告げずにいたのか? 仮面の男の監視をサンマールに命じたであろうルイもルーヴォアも、一大ページェントの様子からフィリップが行方不明であることはカケラも知らなかった模様。
 仮面の男の正体をサンマール以外のモノは知らないのだから、フィリップを逃がしたあとも部下を口止めし、代役を立てるなりして「日々変わりなし」と上には報告を続け、ナニゴトもなかったかのように過ごすことはできるだろう。1ヶ月でも、2ヶ月でも、それは可能なのかもしれない。
 だがそのまま一生、隠し通すのか? 逃げ出したフィリップが、どこかで名乗りを上げたらどうなる? サンマールは一生「フィリップが現れたらどうしよう」と怯えながら、牢獄で偽の仮面の男を監視して生きるつもりだったのか?
 国家を揺るがすほどの大失態を丸1ヶ月隠していた男が、ルイ/フィリップ入れ替え事件発覚後もなんのお咎めもなく、銃士隊として三銃士討伐軍に加わり、まだ看守長の地位のまま「会いたかったよ、仮面の男」とか言って登場するのか?
 おかしすぎるだろう?

 すべて「1ヶ月後」という言葉を使ったせい。
 具体的な「時の流れ」を明言してしまったために、問題が雪だるま式に発生。
 責任を取る覚悟もなく、その場しのぎのテキトーを言うと痛い目に遭う、という見本。

 東宝版で「1ヶ月後」という言葉が使われたのは、三銃士によるフィリップの国王教育場面が挿入されたため。
 たしかにムラ版のままでは、牢獄暮らしのフィリップが突然王様の代わりになれるはずがない、銃士隊長のダルタニアンと互角以上の剣の使い手であることなど、おかしなことばかり。
 付け焼き刃であっても、1ヶ月みっちり稽古を詰んで臨んだとわかれば、その一点に置いてのみは説明がつく。

 でも、説明がついたのは一点のみ、しかも入れ替えた数時間後にすべてバレているのは変わらないので、ムラ版から続けて観ていると、苦労した分無駄だったね感が強いっちゅーか、そんなことをしている間があるなら他のことをしろよと言いたくなるというか。
 ルイーズに真実を話しておけば、彼女がフィリップに襲いかかることもなく、フィリップがいきなり真実を打ち明けることもなく、ダルタニアンが立ち聞きすることもなく、ルイ/フィリップの入れ替えがたった数時間でバレることもなかったんだ。

 1ヶ月間、ナニしてたの?

 なんて無駄な時間を過ごしたんだ。

 フィリップとの心の絆は築かれず、彼が精神を病むほど痛めつけいじめ抜き、ルイーズが死ぬほど苦しみ思い詰めているのも放置していた三銃士。

 国家機密のフィリップが行方不明だっつーのに、なにもせずにいたサンマール、そんな状態に気づきもせずに生きていたらしいルイやルーヴォアたち。

 誰も彼もが、余計ひどいことになっている。「フィリップが剣を使えたのは、1ヶ月お稽古したからだよ」と言いたいがためだけに、それ以外のすべてを地に落とした。

 なんてアタマの悪い、改悪。

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