『ドン・カルロス』は、すれ違いによって起こる悲劇を描いている。
 心を開いて、ちゃんと「会話」していたら起こらなかった悲劇。

 ふつーにリビングルームのある家庭ではなく、会って話すのにしきたりがある王家だから、「会話」しにくくて、こじれてしまっているけど。
 それを努力で超えて会話することは可能だったはず、それをしなかったからえーらいこっちゃになっていった、と。

 会話できていない、真実が見えない、心が見えない……ことによるすれ違いを描いているわけだから、誰がナニを知り得て、ナニを知り得なかったのかを、きちんと書いてあることが、すっげー気持ちいい。

 前回の『仮面の男』と正反対。
 『仮面の男』は、作者自身が知っていることは、登場人物すべてが知っていることになっていた。どう考えても知りようのないこと・いつ知ったかわからないことを、キャラクタたちはいつの間にか知っていた。
 物語を作る・書くということを根本から理解していない人が、思いつきだけで作った話だった。
 その苛々が、相当ストレスだったんだなー。頭悪い話は疲れるんだよなー。

 『ドン・カルロス』 のキャラクタたちは、みな自分が知り得たことだけしか、知らない。それゆえにすれ違いが起こる。

 元凶である、フェリペ二世@まっつ。
 愛しすぎた妻を失ったがゆえに心を閉ざした、寂しい人。
 守りたいのは自分の心、傷つきたくないからとすべてのことに無関心。で、無関心だからいくらでも冷酷になれる。カルロス@キムが、イサベル@あゆみちゃんが、どんだけ傷つこうとまったく知らないまま。
 で、カルロスやイサベルがどんな人でナニを思って生きているかも知らないもんだから、ふたりの不倫を疑ってしまう。

 彼が疑っていたのは息子と嫁の不倫、血を分けた息子が自分を裏切っているのかどうかだけだ。
 カルロスがネーデルラント問題に興味を持っていることなんか知らないし、また、禁断の書を持っていることなんて、まーーったく知らない。

 フェリペ二世にとって、クライマックスの裁判は、異端審問ではなくただの不倫裁判だった。
 ……カルロスが裁かれているのは不倫問題以上に、禁断の書を所持していたことゆえなんだ、つーのが、無関心な王には実感できていなかった。

 不倫疑惑が晴れても、異端者疑惑は晴れない。だからカルロスは死刑。
 ……と言い渡されて、フェリペ二世大ショック。コトが宗教だから、王ではなく異端審問会に全権がある。
 取り繕った王の仮面の下、人間らしい素顔で取り乱す。

 フェリペ二世は最初から最後まで、ちゃんと彼自身の視点と思考によって動いている。


 そのフェリペ二世の手先となる、ポーザ侯爵@ちぎ。
 博愛についての感動的な論文を述べた、そうで、ほんとに誠実で聡明な青年貴族だったんだろう。
 夢と希望を胸にネーデルラントへ旅立ち……そこで、絶望した。
 かわいがっていた少女が無残な死を遂げたことで、心身共にぼろぼろになり、一時帰国……エボリ公女@あゆっちの毒牙に掛かる(笑)。
 それでもネーデルラントから逃げ出すことはせず、一旦戻り、1年後に志新たにスペインに帰ってくる。
 ネーデルラントを救うために。

 カルロスと親友だったかどうか、はっきりいって怪しい(笑)。
 カルロスと友人たちの関係はほとんど描かれていないためだ。この点は残念だなーと思う。
 カルロスとフアン@ヲヅキは幼なじみの親戚だからほんとに仲良かったんだろーと思うし、ずっとマドリードにいた学友たちとは仲良かった気がする。
 しかし、何年もネーデルラントにいて先日帰国しました、なポーザ侯爵が親友だったかというと……えー?(疑惑の声)
 カルロスは、親友フアンの心酔している相手だから、親友呼びしてたんじゃないかな。その程度じゃね? 親友呼びはただの敬称、社交辞令な気がする。

 親友だったら、カルロスがイサベラと不倫するわけがないと思うはず。実際、フアンだったらそんなことを一笑に伏しただろう。
 名ばかりの親友、ただの友人だったから、ポーザ侯爵はカルロスをよく知らない。
 継母と不倫もするだろうってことで、王と取引し、ネーデルラント総督の座を得ようとする。

 ポーザ侯爵は、レオノール@みみちゃんを知らない。ただの女官と呼ぶ。
 お仕着せの茶色いドレスを着た一団の区別なんかついてない、する必要もない。ポーザ侯爵には、レオノールは個人ではなく、ただのパーツでしかない。
 一般的な貴族の感覚、視点として、女官はそんなもん。まさかその女官こそが恋人だなんて、夢にも思わない。

 ポーザ侯爵が密告したのは、あくまでも「不倫問題」だ。
 カルロスはポーザ侯爵にネーデルラント救済を拒絶した。まさか彼が、そのために動いていたなんて知らない。
 だから密告した。
 不倫問題だけなら、死刑まではいかないだろう。ポーザ侯爵は友人を殺すつもりなんてなかった。

 いざカルロスが捕まると、不倫騒動ではなく、異端審問になっていて。
 異端の書を所持していたことについて、カルロスは沈黙を守っているし。
 ……ポーザ侯爵、生きた心地しないわなー……。

 カルロスが口を閉ざしているのは、不倫疑惑に対してはイサベルを守るため……引いては王のためであり、異端疑惑についてはポーザ侯爵と友人たちを守るためだ。

 異端審問の間、ポーザ侯爵の苦悩っぷりがすごい。
 真実を述べれば自分が死刑になり、ネーデルラントも救えない。かといって、このままカルロスを身代わりに殺していいのか。

 ……もしもカルロスが「無実の証拠がある」と生きるための闘いをはじめなかったら、ポーザ侯爵は名乗り出ていたのだと思う。
 結局彼は、カルロスを見殺しに出来ない。無垢な少女の死をきっかけに立ち上がった男だ、自分をかばって友人が死んでいくのを見過ごせる人格じゃない。
 カルロスの宣言とほぼ同時に、名乗り出るべく立ち上がっている。

 ポーザ侯爵も最初から最後まで、ちゃんと彼自身の視点と思考によって動いている。


 フアンたちの視点だと、カルロスはネーデルラント問題を却下、協力しないと言ったところまでしかわかってない。
 なのに異端の書を持って王妃と密会していたと知り、「ひとりでネーデルラント救済のために動いていた」と判断する。
 カルロスは仲間たちに、命を捨てる覚悟があるのかと問うていた。それに対し、仲間たちは言葉を濁した。覚悟があるならまずひとりで行動しろ、わたしならそうする……そう言っていたから。

 仲間たちは誰も、「カルロスの不倫」はスルーしているの。そんなことするわけないってわかってるのね。
 不倫のためにではなく、ネーデルラント問題ゆえに会っていたと思っている。


 フアナ@リサリサは、カルロスとレオノールが愛し合っていることに、唯一気づいていた人物だと思う。
 彼女はもちろん、王子と女官が結ばれないことも知っている。だから、レオノールの縁談を決め、本人よりもまずカルロスに告げている。
 フアナの視点では、カルロスとイサベルの不倫なんて、想像もしない、ありえないこと。カルロスが愛しているのはレオノールだもの。
 だからフェリペ二世に、カルロスとレオノールの牢獄での語らいを見せる。


 誰もがみんな、知らないことは知らないまま。
 最初から最後まで、ちゃんとその人自身の視点と思考によって動いている。

 それによって、すれ違いが起こる。

 作者がそれぞれの視点をちゃんと計算して書いている、そのことがうれしい。

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