それは、6年前のことだ。
 ぼくは砂漠にいた。操縦していた飛行機が故障し、不時着した。
 人里から1000マイルも離れた、誰もいない場所。筏に乗って太平洋の真ん中を漂うよりもさらに孤独だった……そのときに。
 声を、かけられた。

「ヒツジの絵を描いてくれ」

 そこには、純白の燕尾服を着た青年がいた。
 何故、砂漠の真ん中で白燕尾?! ぼくは目を疑い、次の瞬間「関わらないでおこう」と背を向けた。
 なのに。
「だから、ヒツジの絵を絵を描いてくれって言ってるんだ。僕が言っているんだから、さっさと描け」
 何故、命令形?! ぼくは耳を疑い、次の瞬間「逆らわないでおこう」と、黙ってペンを握った。
「ちがうちがう。ウワバミに飲まれたゾウの絵なんか描けと言ってない」
 この絵が、ウワバミに飲まれたゾウの絵だとわかったのか? そんな人間に会うのははじめてだ。
 ぼくは驚いて、改めてその青年を見た。
 そこにはいつの間にか、青年以外のモノもあった。
 砂漠の真ん中で、TPO無視の応接セット、無駄に豪華な社長椅子。そこにふんぞりかえった彼は、高々と足を組み、きどったポーズで紙にペンを走らせている。
「ほら、ヒツジっていうのは、こう描くんだ」
 彼が意気揚々と見せてくれた絵は、なかなか達者で、単純な造形ながら味がある。
「うまいんだな」
「まあね」
 それなら何故、ぼくに描かせたんだ。そう思ったが、得意げに口角を上げている彼の顔を見ると、つっこむ気にもならなかった。
「なにを見ているんだ?」
「……ミーアキャットに似ている」
 思わず、つぶやいてしまった。
「ミーアキャット? ミーアキャットって、なんだ?」
 青年が興味津々に聞き返してくる。
 しまった、余計なことを言うんじゃなかった。
「動物だよ」
「どんな動物? さあ、そのミーアキャットとやらを、描くんだ」
 心から、後悔した。
 青年は、ぼくが絵を描ききるまで納得してくれず、えんえんえんえん書き直しを命じたからだ。
「だから何故命令形……」

 これが、ぼくと王子さまの出会いだった。


             ☆

 『星の王子さま』が大好きで、大泣きしながら何度も読んだ。
 最初は学校の図書館で、それからおこづかいで、自分で買った。大切な大切な1冊。
 すぐに本棚がいっぱいになってしまうので、増える分だけ捨ててきたけれど、『星の王子さま』はずーーっと持っている。

 谷せんせがサン・テグジュペリを書く。
 と聞いても別に、なんとも思わない。サン・テグジュペリという男を主人公に作品を書く、ならば、はいはい、どうぞお好きに、それもありでしょう。と、思う。

 あくまでも、サン・テグジュペリが主人公の、現実の話。

 ……あのう、谷せんせの『サン・テグジュペリ』に、『星の王子さま』出るんですか……? 使うんですか……?

 えーっと。

 谷せんせいってすごく、直接的というか即物的な作風の人、ですよね……?
 情緒とか繊細さに欠ける人ですよね……?
 悲しい=人の死、とか、そーゆー、とてもわかりやすいモチーフで構築する人ですよね……?
「愛! 愛! 愛!」
「ダビデ! ダビデ! ダビデ!」
「白い血の病気! ミャハ!」
「命ありがとう」
 てな語彙センスと考え方の人よね。

 ふ、不安だ……。

 『星の王子さま』の叙情性を再現できるとは思えん……。

 出てくるキャラクタをそのまんまコスプレして「『星の王子さま』の世界でっす☆」とかやられたら、どうしよう。
 うまく使ってくれることを、心から祈ります。『星の王子さま』ファンとして、タカラヅカファンとして。

 題材はすげーおもしろそうだから。
 うまく料理してくれることを願ってる。


 ああそして、時間さえあれば、わたしの『星の王子さま』……上から目線でドSな王子さまと、彼に振り回される善良な操縦士の話を最後まで書きたい。
 えりたんえりたん、あなたはわたしの癒しです。

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